あえて問う。長時間労働も辞さない「ぐるなび」の選択

「社員のモチベーションが企業を繁栄させる」
「ぐるなび」HPより

 前回の本コラムで、NECの改革では新しいことに挑戦できない人事制度が「抵抗勢力」なっていると書いた。筆者が大企業のサラリーマンを取材しても、やる気をなくすような成果主義や効率性を阻む「コンプライアンス対応」に憤りを感じている人も多かった。定量的には図りづらい問題ではあるが、日本企業の競争力が失われている要因のひとつは、社員のモチベーション低下にあるのではないだろうか。

 こうしたことに問題意識をもって会社のかじ取りをしている経営者もいる。その一人が飲食店情報などをインターネットで提供する、ぐるなびの創業者である同社の滝久雄会長だ。ぐるなびは、滝氏が1996年にサービスを開始し、2000年に分社独立、05年に上場を果たした。

 上場直後の2006年3月期連結決算の売上高が約86億円、営業利益が約14億円だったのが、2010年3月期は、売上高が約242億円、営業利益が約45億にまで伸びた。少子高齢化が進む国内市場をターゲットにした「内需企業」でありながら4年間で営業利益は3倍以上に膨らんでいる勢いのある企業だ。

 滝氏の持論はこうだ。「社員のモチベーションこそが企業が永続して繁栄していくためのすべて」

 ぐるなびの特徴は、全社員約1800人のうち約1000人を占める営業系スタッフにある。顧客が抱えるリアルな問題に対応する営業を展開している。飲食店の販促プランから経営に至るまでの相談を受け、効果的な提案をする営業担当者、ぐるなびからの情報伝達と飲食店の要望を吸い上げる御用聞き専門の巡回スタッフ、電話でのサポートをするカスタマーサポートセンター、飲食店関係者にぐるなびの上手な活用方法や計数管理、店舗展開などのノウハウを伝授する「ぐるなび大学」などの営業体制を構築し、飲食店との絆を深めている。

 ぐるなびは、サービスに応じて1店舗から1ヵ月に1万円---10万円程度の手数料をもらっている。単にネット上で情報を出し入れするのがビジネスモデルではなく、泥臭く地べたを這う営業部隊そのものがぐるなびのインフラであり、だから、滝氏は社員のモチベーションにこだわるのだ。

 社員のモチベーションが高ければ、よいアイデアが次々に生まれ、それをマニュアル化していく。そのマニュアルも日々更新していく。管理職は自分がまずやって見せて、マニュアルのレベルアップの仕方を実戦形式で教えていく。こうした仕事の進め方を、ぐるなびでは理想に掲げている。

 ぐるなびに限らず、現場での理想の仕事の進め方として、企業では「PDCA」を回すという言い方がされるケースがある。P(プラン)は計画、D(ドゥ)は実行、C(チェツク)は実行後の確認、A(アクション)は確認後に問題点をクリアして再実行という意味である。実はP→D→C→Aの後にはSが来る。Sとはスタンダーザイゼーション(標準化)であり、平たく言えばマニュアル化のことである。

 このP→D→C→A→Sサイクルを繰り返して、日々環境が変わってくる現場では柔軟に対応できるようにしておかなければならない。もちろん、サイクルがうまく回っていく前提条件として、経営者が優れたビジョンや戦略を打ち出し、それに対応する形でそのサイクルを回すことが求められるのだ。

 滝氏は人事などの管理部門が幅を利かせるようになると企業の勢いは衰え始めると考える。「法律を守ることは当然のことですが、行き過ぎた残業規制やコンプライアンスの強化など企業の実態と合わない諸制度によって、正しいことをやる会社が居心地の悪い会社になっていませんか」

 そしてこう付け加える。「人事制度や評価システムは会社内の『憲法』として必要かもしれませんが、その結果、管理志向が強くなり、現場を知らない人事部が権力を持ちすぎると社員のモチベーションを潰してしまいかねない」

「日本人は勤勉で中国人は働かない」は俗説

 ぐるなびでは昨年3月---9月まで「決志隊プロジェクト」を実施した。第二創業期と位置付けている今、新規事業などを考えるプロジェクトであり、全国から100人近くの希望者が集まった。滝会長によれば、「仕事を趣味にするためのプロジェクトでもある」という。

 1日16時間働くと想定して、16時間から所定の勤務時間8時間を引いた残りの時間はプロジェクトに当てるやり方だ。交通費は会社でもつが、残業代は出ない。毎週土曜日は夕方6時から夜10時まで滝会長も出席して会議に当てる。食費は滝会長がポケットマネーから出した。参加に当り会社からひとつ付けた条件は「奥さんの了解を得ること」だけだった。

 業績が駄目になった企業を買収し、再建する手腕に定評があるモーター大手の日本電産の猛烈社長、永守重信氏が1日16時間働くことにヒントを得た。業績のよい会社はみな長く働いているからだ。世界を見渡しても、第一線で働くエリート層は睡眠時間を惜しんでも働く。滝氏は言う。

「仕事を趣味にする会社が伸びます。(米国のエンロン事件以降に米国でできた内部統制強化の仕組みをそのまま導入した)J-SOX法など蔓延る管理主義に対抗する気持ちもあります」

 ぐるなびはオーナー企業であるため、滝氏という経営者自身が人事部といった側面もある。しかし、オーナーと呼ばれる以上、自分の会社の業績が悪化することは、自分の体調が悪くなるのと同じ気分であろう。数年で入れ替わり、在任期間だけ業績がよければいいサラリーマン経営者とはその点が大きく違うのだ。

 サービス残業に近い長時間労働に対しては批判の声もあるだろう。また、長い時間働くことよりも生産性の向上、すなわち効率的な働き方を尊重する流れもある。日本では「ワークライフバランス」という言葉も生まれ、ゆとりのある働き方を求める傾向にもある。

 しかし、世界のエリートビジネスマンたちは睡眠時間を惜しんでまでも猛烈に働いているという現実もある。昨年、筆者は中国に4回出張して、リーダー層も現場も猛烈に働いている現場を見た。「日本人は勤勉で中国人はあまり働かない」と言われているのは、俗説に過ぎないと感じた。ビジネスでの熾烈な競争に勝つためには、「ゆとりある働き方」は邪魔なのではないかと思ったほどだ。

 長時間働いた結果、会社の業績も向上し、給料やボーナスが上がることはいいことだと思う。そんな会社では、リストラで職を失う不安もないだろう。要は楽をして給料はもらい、雇用も守ってくださいという虫のいい考えは、国際競争の中では「負け組」を養成することにつながりかねない。
 

現代ビジネスブック 第1弾
田原 総一朗
『Twitterの神々 新聞・テレビの時代は終わった』
(講談社刊、税込み1,575円)
発売中

amazonこちらをご覧ください。

楽天ブックスこちらをご覧ください。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら

関連記事