ブラック・スワンBLACK SWAN/2010年/アメリカ/ダーレン・アロノフスキー
その爪先は、狂気の縁に立っていました。
あらすじ:「白鳥の湖」のプリマドンナに抜擢され、スワンクイーンとしてオデット(白鳥)とオディール(黒鳥)を演じることになったナタリー・ポートマンが、おきちがい様になっていくというお話です。言ってしまえばほんとにこれだけなのです。でもこれだけのことがとても面白いんです。
2010年4月2日に海外版ブルーレイで鑑賞しました。わたしは英語があまり得意でないので台詞は3分の1くらいしか解りませんでしたが、お話が非常にわかりやすいこととほとんど映像で説明してくれるため、理解するのに問題はありませんでした。ちなみに一番せりふが聞き取りやすかったのはヴァンサン・カッセルです。
ニナ(ナタリー・ポートマン)は、ニューヨークのバレエ団に所属するダンサーです。20代後半で彼氏なし、あまり社交的ではありません。暗い夜道で自分の幻覚を見たりします。そう、しょっぱなっから割と具合がわるいのです。
ニナは、憧れのダンサー、ベス(ウィノナ・ライダー)の口紅を盗みます。万引きが問題になったウィノナ・ライダーの口紅を盗むとか、ダーレン・アロノフスキーはいじわるだと思います。
ベス(ウィノナ・ライダー)はプリマドンナでしたが、バレエ団から無理矢理に引退させられたようです。レセプションパーティーで、酔っ払ったベスはニナに詰め寄ります。
「あんた監督と寝たんでしょ、この娼婦! わたしが主役だったのに! バカ! 死ね!」
バカ死ねとまでは言っていないかもしれませんが雰囲気としてはこんな感じです。プリマの座をめぐってギスギスしあう女二人…ああ恐ろしい。40年前ならトゥシューズに画鋲を入れられるところです。少女漫画です。
監督です。ヴァンサン・カッセルです。ニナに「お前は技術はあるからホワイトスワンは出来るが、情熱が足りないからブラックスワンは出来ない」と言います。
そしてセクハラまがいのことを、というか「まがい」でなくてずばりセクハラをするんですが、ニナさんはどうも断りきれなくてふらっとしてしまうんですね。反撃もしますけれどね。
ニナさんの心の弱さは、強めな人の言うことを断れないところにあると思います。ああ、断れないというわけではなく、どうしてもブラックスワンを完璧に演じたいと思っているから、そのためならなんでもしますということですね。
お母さん(バーバラ・ハーシー)は、元バレリーナです。自分はプリマになれなかったので、なんとかして娘をプリマにしようと必死です。普段はニナに甘すぎるんですが、ニナがちょっとでもお母さんを否定するようなことを言うと、ぶんむくれてしまいます。めんどうくさいです。
ニナさんの部屋は超少女趣味で、真っピンクなんですよね。ぬいぐるみも山ほどあって。黒鳥のぬいぐるみもありますけれど、ほとんどがクマさんとかです。
リリー(ミラ・クニス)はスワンクイーンの代役です。監督は、彼女の表現力を高く評価しています。
リリーさんは、ニナさんについての悪い噂を広めているようです。弱っているニナさんに近づき、悩みを聞くんですが、なんかチクッと余計なことを言ってしまったようで(何を言ったのかよくわからないんですが、ニナさんの反応から想像するとですね)、ニナさんは怒っちゃいます。リリーさんは勝気で、いじめっ子フェイスなんですよね。背中に刺青入っていますしね。刺青入っててバレリーナできるんですかね。
抑圧された心が身体に影響を及ぼし、無意識のうちに自傷したり、ヤケクソな行動をとったりと、ニナさんはどんどん自分で自分を追い詰めます。幻覚幻聴、さらに他人と自分の区別がつかなくなったりします。統失! わたしはほんとうに、誰が正しいのかわからないとか、自分と他人の区別がつかないとかいう映画がだいすきなんですよねえ〜。
ワッと何かが出てきてビックリ、みたいなシーンも多いのですが、ニナさんの憔悴っぷりをあらわすかのような不安定なカメラワークなどが、キリキリするくらい恐ろしいです。痛いシーンもちょいちょい出てきて、それがね、身体の末端が地味に痛いっていうのばっかりなので、もうね、ああいやだ。
首をズバーンって切り落とされたりするのは、ビックリするけど痛くないじゃないですか、わからないから。でも指先とかは痛いですよねえ。「レクイエム・フォー・ドリーム」で、同じ場所に何度も注射して腕がぐちゃぐちゃになってまして、あれも痛かったですよね。
なにをおいてもとにかくナタリー・ポートマンの「はわわ、もうなにがなにやらわからないです…」という困った人の演技が素晴らしいです。他の人達もみんなとんでもなく素晴らしい、鬼気迫る演技でね、じくじくとニナさんを追い詰めていくわけです。
ニナさんの感情がダイレクトに伝わり、どんどん増幅される恐怖に飲み込まれるようでした。「パーフェクトブルー」と「ブラックスワン」についての記事のほうに詳しく書きましたので、あわせてどうぞ。
ヴァンサン・カッセルが演じる役は、トマス・ルロイ(Thomas Leroy)という名前です。"Leroy"はフランス語で"the king"という意味の"le roi"と似た発音です。ニナが演じる役とニナ自身との間に密接な関係があることを表しています。
映画のほぼすべてのシーンで、鏡や映り込み(床などへの)があります。ニナが黒鳥を演じているシーンには、鏡も映り込みもほとんどありません。分裂していたニナさんは、ダークサイドに落ちたとき初めてひとりの人間になれたということでしょうか。ニナが流す血は、月経を象徴しているのかもしれないと思います。少女の自分を殺し、女性へ成長する…でも、ラストで血を流しているのはニナ自身なので、その時点ではまだ少女のままだということかもしれません。
最初はこの話、バレリーナとレスラーの情事にまつわるあれこれとして「レスラー」に組み込まれる予定だったそうです。さすがにダーレン・アロノフスキーは「ひとつの映画にプロレスとバレエを入れるのは多いわ。ごめんごめん」と早めに気づいたみたいですよ。ですよねー。
リリー役のミラ・クニスは、ナタリー・ポートマンが「わたしの共演者、ミラ・クニスがいいんじゃないかと思うんですけど、どうですかねえ」とダーレン・アロノフスキーに提案したのだそうです。そしてダーレン・アロノフスキーとミラ・クニスがSkypeで話し、オーディションなしでこの役に決まったそうです。やりおるな。
ところで、ナタリー・ポートマンがアカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得した後、ナタリー・ポートマンの代役であるバレリーナが「ほとんどの部分をわたしが踊っています! プロなめんな!」と言い出してグダグダしていますけれども、いち観客としては、それは別にどうでもいいんじゃないかと思いますね…。映画を見ていて、明らかに代役だろうとわかるようなところはなかったですし、話が進むと、どこが代役か粗探しする余裕もないですから。それどころではないです。
ちょこちょこと海外の感想を読んでみたりしましたが、「ブラックスワン」が『ホラー映画である』という点において評価がバッキリ分かれているようです。
『怖かったけど良かった』という人と、『バレエ映画だと思って観に行ったのに、" ただの " ホラー映画じゃねえかこのやろう』という人です。ホラーですけどもゴア描写はないです。だから、血がどっぱどっぱ出る映画が苦手な人でも大丈夫。ものすごく怖くておすすめですよ!
- ブラック・スワン 3枚組ブルーレイ&DVD&デジタルコピー(ブルーレイケース)〔初回生産限定〕 [Blu-ray]
- 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン 2011-09-07
- 売り上げランキング : 16
- 評価
by G-Tools , 2011/08/10