自分で考え始めた若者たち

最近の若い人は本当に偉いよね。今回ドラフトで日本ハムが交渉権を得た早大の斎藤佑樹投手。甲子園での駒大苫小牧高、田中将大投手(当時)との投げあいを覚えている人も多いはず。その相手の田中まーくんは既にWBCも経験し、プロとして着々と経験と実績を積みつつある。だからといって斉藤投手が大学進学を後悔したり、焦ったりしているわけではないでしょう。

ちきりんが偉いと思うのは、彼らが「自分で人生を選んでいる感」があることだ。


高校を卒業した時、直接プロに行くのか、大学を経てからプロに行くのか、ふたりには迷いがなかった(ように見えた)。まーくんは最初からプロに行くに決まってるだろ、的な闘志をみなぎらせていたし、斉藤選手(なんとか王子だっけ・・)は「学生生活も楽しみたい」という意思が明確だった。

既に着々と英語の勉強をしているまーくんに対し、日本に残ると明言し続けるダルビッシュ投手にも同じことを感じる。将来意見が変わるにしろ、彼からも「自分で考えている」雰囲気が伝わってくる。「みんなが行くから俺も大リーグ」ではないのだ。


ゴルフの石川遼君が高校の途中でプロになる、でも高校は卒業する、と決めたこととか、宮里藍ちゃんがあのタイミングでアメリカで勝負すると決めたこととか、みんな若いのに「自分の人生を、自分で決めている」というのが、すごくクリアに伝わってくる。

あれだけの才能があれば、そりゃーなんでも好きなことができるでしょ、と思う人もいるのかもしれない。でも、ちきりんは反対だと思ってる。

才能があればあるほど選択肢はたくさんある。才能があればあるほどいろんな人が寄ってたかって(ありがたい)アドバイスをしにやってくる。その中で、自分が本当に進みたい道を“意識”するのは簡単なことじゃない。なんの才能もなくて道がひとつしかなければ、むしろそのほうが道の選択は楽でしょう。


ちなみに、この「若い子が自分で人生を選び始めている」のは、天才的な資質に恵まれたスポーツ選手だけじゃない。就職活動をする普通の大学生だって、ちきりんが就職活動をした頃みたいな、のーてんきな学生はどんどん減っている。不況云々もあるけれどそれだけじゃない。

「自分で考える」という人が増えてきていることが、一番大きな違いだ。


ちきりんの頃なんて「いけるところで一番いい大学にいく」「いける会社で一番人気の企業に行く」以外の選択肢を考えていた学生なんてほんとに少なかった。100人に一人とかの割合だったと思う。相当「変な奴だな、あいつ」って感じだった。

ちきりん感覚だと、今は100人に10人くらいが自分で考えてる。これが30人になったら、マジですごい。


今と昔の一番大きな違いは「大人になる時期が早くなった」ということだ。そして、その背景には圧倒的に多くの情報に小さい頃から触れられるようになったことがある。

昔は情報がないから、子供は周囲の大人のいうことを“大人が言っている”という理由でもって自動的に正しいことだと思っていた。周囲の大人のレベルを判定するための情報がなかったからだ。子供からみると周囲の大人たちは、“どんな大人であれ”世の中がわかっている人、に見えていた。


でも、マスコミもネットも含め、今は子供にも世界の情報が直接的に大量に手にいれられるようになった。だから、中学校や高校でそういう情報に触れた子達が、自分で判断するようになっている。「僕の周りの大人の人たちが言ってることって、どうなのかな・・」と気が付くようになっている。

そうすると「世界で勝負します!」とか「中退します!」とか「いえ、僕は大学に行きます。プロはその後でいい。」とか、判断できるようになる。


子供は子供らしく、という方針の人もいるだろう。それはそれで反対しない。でも、ちきりんとしては、子供が大人になる時期が早まって、その子らが早期から自分で判断をし始めるのは、すごく大きな可能性をその子自身に開くことだと感じてる。

たまたま“ぼんくらな大人”に囲まれて育ったために、それが世の中の大人な判断なのだと(長らく)信じて育ってしまったらかわいそうでしょ。


大人のアドバイスをよく聞く子では、過去の中で育ってきた大人を超えられない。
子供らに自分で判断させたほうがいい。
そのほうが圧倒的に正しいよ、きっと。



そんじゃーねー