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『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』著者・中島岳志氏インタビュー

「秋葉原事件」とはなんだったのか 気鋭の言論人が追った加藤智大の横顔

akibajiken.jpg北海道大学公共政策大学院准教授・
中島岳志氏。

 2008年6月8日12時30分ごろ、東京・秋葉原で無差別殺傷事件が発生した。歩行者天国にトラックで突っ込み、ダガーナイフで通行人を切りつけるという残忍なこの事件によって死者7人、負傷者10人という被害者が出た。

 その規模の大きさだけでなく、加害者である加藤智大にまつわる「非正規雇用」「ネット掲示板」といったキーワードがセンセーショナルにメディアを騒がせたこの事件。果たして、彼はどうしてこのような事件を起こすまでに追い込まれていったのか? そして、このような事件が引き起こされてしまう現代とは、どのような時代なのだろうか? これまで論壇誌などで数々の社会的な事件について寄稿し、今年3月にノンフィクション『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』(朝日新聞出版)を上梓した北海道大学公共政策大学院准教授・中島岳志氏にお話を伺った。

――秋葉原事件について中島さんは、事件発生当初からどのように動かれていたんでしょうか?

「事件直後からさまざまな取材の依頼が来たんですが、そのほとんどを断っていました。加藤の全貌が把握できず、語ることができなかったんです。裁判が始まり、実際に彼自身の言葉が語られるようになったのが昨夏ごろ。それから裁判に出席したり、加藤の出身地である青森に足を運んだり、彼の友人に話を聞いたりと本書のための取材を開始しました」

――裁判で見る被告の姿はいかがでしたか?

「小柄でびっくりしましたね。いつも同じスーツを着ているんですが、スーツに着せられているように感じました。線が細くて小柄な彼の体は、あの事件の大きさととても結び付きにくかった。また、裁判中はピクリとも動かず、感情の動きが外からは見えにくい人だなと感じましたね」

――本書では、加藤被告の精神構造を「ネタ化」「ベタ化」といった言葉で分析されています。

「彼が言っていることを整理すると、『建前』『本音』『本心』はどれも違うと主張している点がポイントです。現実の世界は、彼にとっては『建前』の関係で、本当のことなんて言えない世界です。一方、ネットは彼にとっては『本音』の世界でした。ただし『本音』と『本心』は異なります。例えば、彼は『ゲーセンでイチャついているカップルに火をつけたい』といった内容を掲示板に書き込んでいるんですが、これは『本音』だけど『本心』ではありません。本当に火をつけたいわけじゃないけど『うっとうしい』という気持ちはあるんです。その気持ちを『ネタ』にしているのが書き込みなんです。そして、その皮肉を分かってくれる人とベタな『友達』になりたかった」

――加藤被告としては、あくまで「本音」のレベルでの関係を求めていたんでしょうか。

「そうだと思います。ネットで知り合った人に、彼は自分の悩みを相談していました。そういう関係性を具体的に結びたいと思っていたんでしょうね。『ネタ』を繰り出せるのが自分の才能だと思っていたから、その『ネタ』を面白がってくれる人は彼にとって自分の才能を認めてくれる人だったんです。その承認を得た上で『ベタ』な悩みを共有でき、手を取り合える関係を望んでいたんです」

――この事件は、当初から非正規雇用の問題が語られていました。中島さんも以前非正規雇用者として働いていたそうですが、この労働形態についても問題を感じますか?

「僕は31歳まで一種の非正規で、不安定な就労形態だったんですが、僕の場合はそんなに過酷な仕事ではありませんでした。ただその不安はよく分かりますね。非正規雇用のつらさは代替可能性の問題です。『あなたでなくても別の誰かを雇ったらいい』という関係でしか扱われないんです」

――「自分でなくてもいい」という事実は、仕事のやる気も失わせますね。

「非正規労働者には『自分がいないと社会が回らない』『自分は重要な仕事をしている』といったアイデンティティーが初めから失われています。いつでも付け替え可能で便利な他者として扱われているんですね。これは人間としてキツいことです。自分の居場所と言えるようなものがないんです」

――仕事場だけでなく、家庭や友人関係の中にも、加藤被告はそのような居場所を持ち得なかった。

「けれども、それを持ち得た瞬間はあったんです。加藤にも真剣に向き合って話をしてくれた他者がいました。青森で加藤と一緒に仕事をしていた藤川さん(仮名)という人物がそうです。彼は加藤に『なに勘違いしてんだ!』と怒鳴り、しっかりと向き合ってくれた人でした。藤川さん以外にも、そうやって向き合ってくれた人が彼の人生には何人か現れます。加藤はそれらの人たちに本音を吐露し、涙を流すことがあったんですが、最終的には向き合うことができなかった」

■加藤智大に届く言葉とは?

――本書では藤川さんの発したような「言葉」の重要性にも言及されていますね。

「加藤のような人間にも届く言葉があると思うんです。彼が事件直前に派遣先で暴れた後に、掲示板に書き込んだのがBUMP OF CHICKENの『ギルド』の歌詞でした。バンプの曲が彼の根源的なところに届いたんですね。加藤のような人が何十万人といる社会に、どんな言葉を投げ掛けられるのか? 加藤を通じて自分と向き合いたいというのが本書の狙いのひとつでした」

――インターネット上に限らず、言葉は社会にあふれています。どうしてそれらの言葉は加藤被告には届かないのでしょうか?

「例えばネット上で『死ね』と言っても、加藤にとっては何の意味もありません。裁判中にピクリとも動かない彼が反応した言葉は、ある被害者からの『一つでもいいから世の中のためにいいことをしてください』というものでした。定型句ではなく、『なんとかあなたのことを理解したいから、あなたは自分と向き合ってほしい』という言葉に加藤は反応しました」

――「自分の言葉」でしっかりと向き合えば、加藤被告はそれに対して向き合うことができた。

「『自己責任』などの定型句が飛び交う世の中で、本当に他者に届く言葉を僕たちは発しているのでしょうか? 一瞬でも真剣に自分と向き合ってくれた言葉に加藤は動かされたんです」

――一方、加藤被告の発した「誰でも良かった」という言葉を中島さんはどのように受け止めますか?

「逆に言うと、殺したい人は特定の誰かではなかったんです。ただ本当に誰でもいいわけではありません。彼は『秋葉原』という場所を選んでいますよね。彼の価値観における世界の中心は秋葉原であり、秋葉原で事件を起こすということに意義があったんです。職場である静岡では意味がなかったんですね」

――お話を伺っていると、この事件はあらためて現代を象徴するようなものだったと感じます。

「加藤の暴力は他者に向かったから注目されましたが、その暴力が『自分』に向かうことで引き起こされるのが、毎年3万人以上の自殺者です。現代の日本社会は自殺と他殺が背中合わせなんだと思います」

――本書では、1995年のオウム事件以降続く、世の中の「分かりやすさブーム」への警鐘も鳴らしています。この「分かりやすさ」とはどういった種類のものでしょうか?

「分かりやすいことはもちろん重要だと思っているんです。けれども、現代では『分かりやすさ=単純化』と勘違いされています。以前、NHKの歴史番組『その時歴史が動いた』のリサーチャーをやっていたんですが、そこで感じたのが分かりやすさという名の単純化でした。そもそも『その時』に歴史なんて動かないんですよ。それなのに、さまざまな枝葉を切り、単一の原因に帰結させていってしまう。そもそも人間や世の中は合理的ではないし、複雑なものだと思うんです。それを丁寧に説明していくのが『分かりやすさ』ではないでしょうか。世の中は『○か×か』という結論に持っていきがちですよね。これはヤバいのではないかと思っています」

――確かに、メディアは物事を単純化して報道をしてしまいがちですね

「もっと重層的に考えなきゃならないんです。すごく短い時間で『秋葉原事件はこういう事件だった』という結論のような言説が生み出されてしまう。さらに、それで分からなければ、理解しようとする手だてすら放棄して『モンスター』と言い出すんです。さまざまなものを丁寧に見ようとしない時代になってしまったんじゃないでしょうか」

—-―最後に、中島さんとして、全国にいる「加藤のような人」に対して、どんな言葉を投げ掛けられますか?

「もちろん一言で言えないからこんな長い本を書いたので、簡単なものではありません。ただ、ギリギリ言えることは自分を考えるためにこの『秋葉原事件』を読んでほしいですね。加藤が事件を起こすまでのプロセスを経ることで、自分はどう感じることができるのかという問いを持ってほしいです」
(取材・文・写真=萩原雄太[かもめマシーン]

●なかじま・たけし
1975年、大阪府出身。99年、大阪外国語大学外国語学部卒、2004年、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科博士課程修了。現在、北海道大学公共政策大学院准教授。学術博士(地域研究)。専門は南アジア地域研究、日本思想史。05年、『中村屋のボース』(白水社)で大佛次郎論壇賞を受賞。10年より朝日新聞書評委員を務める。

秋葉原事件―加藤智大の軌跡

定価1,470円/朝日新聞出版刊

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最終更新:2013/09/12 21:07
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