シロクマの屑籠

p_shirokuma(熊代亨)のブログです。原稿に追われてブログ記事はちょっと少なめです

「うつ病は誰でもなる病気」は、そろそろやめませんか?

 
 一時期、『うつ病は誰でもなる病気』みたいなキャッチコピーを耳にすることがありました。そんなバカな、どうしてそんなことを宣伝してまわるんだ、と日頃思っていた身としては、最近あまり見かけなくなって良かったと思っています。
 
 

メンタルヘルスが破綻した時の精神疾患には、個人差がある

 
 過労でも不摂生でも引越しでも何でもいいですが、きっかけになるような出来事の後に精神疾患が出てくるというパターンは確かによくあります。じゃあ、本人の負荷を超えたストレスがかかった時に、みんながみんなうつ病になるかっていうと、そうでもないって事はもっと知られてもいいような気がします。
 
 例えば、ストレスがかかり過ぎた際、「まるで別人格のような振る舞いをして」「失踪したり」「でも本人はその間の記憶が無い」という人がいますが、こんな症状は、うつ病の診断基準のどこにも載ってません。でも、こういう人が世の中には確かに存在します(解離性障害)。
 
 また、幻聴が聞こえてきたり、被害妄想が嵩じてしまうような人も、うつ病とは随分雰囲気が違います。統合失調症のような、うつ病とは違うジャンルの精神疾患を疑ったほうがいいかもしれません。
 
 そして意外と多いのが、うつ病のようにみえて、じつは双極性障害*1だったという人です。うつ病っぽい症状の時期も一応あるけれど、よく確かめると制御不能なハイテンションの時期が混じっていて、ハイテンションな時には心の手綱がすっかりコントロール不能になっちゃって、FXで大損したり、浪費しまくっていたりというタイプです。
 
 これら、うつ病以外の精神疾患を、うつ病と同じように対処してもたいてい上手くいきません。薬物療法も、抗うつ薬ではなく、抗精神病薬や気分安定薬といった、全然別のジャンルのものが必要だったりします。
 
 誰だって、本人の限界を超えたストレスに長期間暴露されれば、メンタルヘルスを損ねる可能性はあるでしょう。だから「誰でも精神疾患になり得る」という物言いはまず妥当だとは思います。けれどもメンタルヘルスを損ねる際の症状のバリエーションのなかで、うつ病だけがメジャーな精神疾患だと思うべきではなく、「うつ病は誰でもなる病気」というフレーズは現実とは違っている、と思ってかからなければなりません。いろいろ、あるんですよ。
 
 

「うつ病は心の風邪」より→「うつ病は心の肺炎」ぐらい

 
 ついでに難癖をつけるなら、『うつ病は心の風邪』ってキャッチコピーも???です。
 
 いや、心療内科を気軽に受診できるように配慮し、うつ病は治りやすいというニュアンスを伝えるための喩えだってことはわかってるつもりなんですけど。でも、喩えだとしても、もっと上手い喩えは無かったものかと思います。
 
 だって、「風邪みたく、数日でうつ病が治ってスッキリ!」なんて話、滅多に聞かないじゃないですか*2。一度うつ病にかかると、治りの早いコースでも数ヶ月かかり、おおむね復帰した後も自分の健康状態を心配する時期が長く続いたりもします。そして実際には、なかなか治らないうつ病の患者さんや、それが祟って命を落とす患者さんもいるんですから、うつ病は、風邪と喩えるにはハイリスクすぎます
 
 『うつ病は心の風邪』っていうより『うつ病は心の肺炎』ぐらいの深刻度のほうが、喩えとしてはまだしも妥当かもしれません。少なくとも肺炎ぐらいには治療に時間を要し、体力を削ぎ取り、放置すると危ない疾患だと思って構わないのですから。医療にかからずに治すのが困難という意味でも、うつ病は風邪よりも肺炎に似ています。その一方で、肺炎と同じぐらいには治療効果の期待できる疾患だとも言え、悲観しすぎるものでもありません。
 
 

うつ病治療の敷居を下げようという方便の副産物

 
 そういうわけで、「うつ病は誰でもなる病気」「うつ病は心の風邪」っていうキャッチコピーは、精神疾患やうつ病の実際とは違ったズレを含んでいるといえます。ただし、これらのフレーズが悪意から生まれたものかというと、たぶんそうではなかったのでしょう。
 
 ちょっと昔まで、うつ病で精神科/心療内科を受診する敷居が高かった時代がありました。そんな時代に、うつ病の治療を少しでも普及させるため・うつ病がほったらかしになるのを防ぐために、よりキャッチーでわかりやすい、精神科/心療内科をお手軽に受診しやすいような表現が必要とされた時期が確かにあったと思います。そうした、うつ病治療の敷居を下げるための方便としては、こうしたキャッチコピーは実際に有用だったのではないかと思います。
 
 けれども2010年現在、精神科/心療内科を受診するための敷居はかなり下がっており、割と誰でも受診しやすくなりました。少なくとも、キャバクラやホストクラブで話すような話を病院や診療所で相談しようとする人が見受けられるぐらいには、間近になったと言えます。その一方で、メンタルヘルスの問題をやたら何でもうつ病だと思い込む人や、うつ病を必ず治る病気だと思い込む人も現れてきているように思えます。全然違う精神疾患なのに「俺はうつ病だ。SSRIをよこせ」と言う人や「うつ病なんだから楽勝だよね」と侮ってかかる人が増えても、混乱が増すばかりであんまりいいことは無いと私は思います。
 
 かつて、うつ病治療への敷居を下げるのに役立った方便も、今となっては、勘違いという名の副作用のほうが気になるようになってきたように思えてなりません。こういった古いキャッチコピーは、もうお払い箱にしたほうが良いのではないでしょうか。
 
 だから、
 「うつ病は誰でもなる病気」
 「うつ病は心の風邪」
 っていうのを見かけたら、「ちょっと時代遅れかな。」とみていいんじゃないかと。
 そろそろ引っ込めてもいいんじゃないですかね、こういう方便。
 
 うつ病は風邪より手強いし、うつ病以外の精神疾患にかかる人も実際にはたくさんいるわけですから。
 
 

*1:躁病や躁うつ病のカテゴリ

*2:もし、そういうものがあるように感じられたら、そりゃ最初からうつ病じゃないでしょう。