もし五島勉がノストラダムスの『百詩篇集』を読んだら
ぼくは、仙台で「せんだい文学塾」、山形で「小説家になろう講座」という二つの講座を受けています。どちらも、文芸評論家の池上冬樹先生がコーディネーターをつとめ、有名な作家や一流出版社の編集者を講師に迎えて、文章の書き方や読み方についてレクチャーする講座です。ここで教材として使われるテキストは、受講生から提出されたものを、講師との相性を考慮して池上先生が選考されます。
なので、この二つの講座を受講しているぼくは、ふつうの人に比べて「プロの水準に達していない文章」を読む機会は多いと思います。
そんなぼくですが、さすがに『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』レベルの文章にはなかなかお目にかかれません。語尾にやたら「〜した。」「〜だった。」が多い、主語と述語のつながりがおかしい、状況の説明ばかりで描写がちっともない、などダメ出ししたいポイントがあまりに目立ちすぎ、「これは小説になっていない」と判断するのに一分とかかりませんでした。
そんな本が、なぜ270万部も売れるのか。売れた商品はどこか良いところがあるから売れたのではないか、と考える人は多いでしょう。たとえば、マクドナルドのハンバーガーがよく売れるのは、安くて早くてそんなにマズくないからだし、ユニクロの服がよく売れるのは、安くて豊富でそんなにダサくないからです。ところが、本というのはいささか特殊な商品で、売れたからといっていい本とはまったく限らないのが不思議なところです。
石原慎太郎吐痴児の本も最速でベストセラーになっていますし、藤原正彦キョージュほかの『なんちゃらの品格』シリーズもすぐに思いつくところですが、歴史上有名なところでは、1973年に発行された、五島勉の『ノストラダムスの大予言』があります。
ノストラダムスの大予言―迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日 (ノン・ブック 55)
- 作者: 五島勉
- 出版社/メーカー: 祥伝社
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この本がいかにデタラメでトンデモない代物だったか、今は広く知られていますが、当時は本気で怯えた人も少なくなく、また、映画化された作品も多くの人にトラウマを与えています。
封印作品の謎―ウルトラセブンからブラック・ジャックまで (だいわ文庫)
- 作者: 安藤健二
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もちろん、1999年7月に人類が滅亡するようなことはありませんでしたし、それどころか、この本が提示した終末思想が、オウム真理教などの危険なカルト宗教に少なからず影響を与えたという弊害も指摘されています。ちなみに五島勉は予言が外れたことについてとくに責任を取ることもなく、2000年以降はさすがに高齢のためか刊行ペースは衰えましたが、2010年にもまだ予言をテーマにした著作を発表しています。
未来仏ミロクの指は何をさしているか―2012年・25年・39年の秘予言
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まぁ『もしドラ』に弊害があるとしたら「こんな文章でもプロの小説家になれる」と、小説家志望者に間違った認識を与えてしまうことぐらいでしょうけどね。
そんな『もしドラ』の作者さんが、「文章がヘタだ」「内容が不合理だ」と指摘されたことでだいぶアタマにきたようで、こんな反論エントリを書いていました。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20110812/1313128129
本を書く人が、「ここが意味わかんない」と言われて「それは読解力が足りないからだ」と答えるのはかなりカッコ悪いと思うのですが、そもそもこの反論エントリもまた悪文の見本みたいなもんですね。
だいたい、ハックルのおっさんは、
今でも『もしドラ』のことを「表紙とタイトルだけで売れた」「アイデアはいいけど内容がない」「文章が下手」ととらえている人たちがいる。しかしそれは、あまりにも合理性を欠いた意見だ。
そもそも『もしドラ』がブームと世間で認知され始めたのは、2010年3月にNHKの『クローズアップ現代』で取りあげられた頃からである(実際にはもっと早く、2010年初頭には書店で話題になっていた)。そうして、それから実に1年半近くもの歳月が経過したが、その間に上記3つのような評価――すなわち「表紙とタイトルだけで売れた」「アイデアはいいけど内容がない」「文章が下手」のどれか一つでも確定され、そのことのコンセンサスが醸成されるようになったならば、どこかでいわゆるブームというものは収束して、とっくに売れなくなっていたはずだろう。
と書いていますが、「表紙とタイトルだけで売れた」「アイデアはいいけど内容がない」「文章が下手」というのを三つに分割して考える時点ですでに言語センスが崩壊しているとしか思えません。ぜんぶ同じことだよ! 「表紙とタイトルだけ」ってのは「内容がない」って意味だし、内容がないのは「文章が下手」だからだよ!
そして、ハックルのおっさんは「Amazonで酷評している人は160人ぐらいで、270万人のうちの160人しかこの本に不満を持っていない」と、酷評しているのはノイジー・マイノリティで残りのサイレント・マジョリティはみんな自分を支持している、と自信満々に語っているのですが、買ったものの「ツマンネ」と放り出してあとは思い出しもしない人の存在を考えたことはないんでしょうか。「サイレント・マジョリティ」という言葉は自分に都合よく使いやすいので、注意しなければならないところです。かの石田衣良先生もネットで使って批判されたことがあるぐらいですからね。
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そして、不合理と批判された点(書店員が女子高生にいきなりドラッカーの本を薦める)について、
「武道の達人が構えを見たただけで相手の弱点を見抜くようなものだ」(原文ママ)
と、ただの書店員を塩田剛三かなんかみたいに例えて説明しています。
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ところで小説家講座に話をもどしますと、ぼくも以前、自分の短篇を提出したことがありました。それは、クトゥルー神話の中からメジャーなエピソードを三つばかり(『ダニッチの怪』『狂気の山脈にて』『インスマウスの影』)マッシュアップして舞台を日本に置き換えた、安直ではありますが自分では「わかりやすい」作品だと思って提出したものです。
ところが、フタを開けてみれば、受講生から「意味がわからない」「謎が何も明かされない」との批判が相次ぎ、「あれはこういう意味で……」と、元ネタについて説明しなければならなくなりました。すると、講師を務められた逢坂剛先生から、「作者が説明しなくちゃわからないような小説はダメですよ」と、ありがたいご指導をいただいたものです。
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ハックルのおっさんは、「不合理だ」と批判してきた読者に対し、懇々と説明した上で「自らの誤りを認め、読み方を正してほしい」「素直さや謙虚さの欠如に起因するもので、このままでは、今後も小説を楽しく読むことができないのはもちろん、人生を楽しく生きるということさえ阻害されてしまう。これについては、問答無用で直されることをお勧めしたい」とまで説教しています。なにその偉そうな態度。何様のつもりなんでしょう。小説家として、逢坂先生のツメの垢でも煎じて飲んでもらいたいものです。もっとも、逢坂先生はスパニッシュ・ギターの名手で、指はよくお手入れされてますのでツメに垢はたまってませんけどね。
そんで、そうやって批判してきた読者にすげえ上から目線で説教してきたハックルのおっさんは、こんど『小説の読み方の教科書』という本を出すそうです。かつて、ガルシア=マルケスの「マジックリアリズム」について「読者に手品的経験をさせる手法」という斬新すぎる解釈をしていた人が、他人に「小説の読み方を教えてあげようエッヘン」というのだから開いた口がふさがらないというものです。
リンク先では、
しかしもちろん、その本は「誰でも読むべき本」などであるはずがなく、『もしドラ』や『マネジメント』と同じように、それを必要とする人だけが読めばいい本であるというのを、最後につけ加えておく。
こうしめくくっています。ンなモンを必要とする人がどれだけいるんでしょうね。これも「炎上マーケティング」ってやつなんでしょうけど、そんなことばっかりやってたら誰からも必要とされなくなっちゃいますよ。
本当に「小説の読み方」「小説の書き方」を学びたい人は、とりあえず中条省平先生の『小説の解剖学』と『小説家になる!』を読みましょう。
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そして、可能ならば「せんだい文学塾」を受講されますと、本物の一流作家と直接お話できますので、必ず参考になりますよ!
http://sites.google.com/site/sendaibungakujuku/
今月の講座は8月27日に、深町秋生先生と柚月裕子先生を講師にお迎えいたします!
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