「キャベツの千切り」アジアへ 世界水準の技術輸出
国内市場は縮小傾向 進化する食品機械(下)
料理や調理方法が違えば加工機械も全く別――。食文化の影響を色濃く受ける食品機械は、内需型の製品の代表選手といえる。日本製食品機械の輸出比率はわずか5%程度(日本食品機械工業会まとめ)で推移し、海外製で日本に入ってくるのも国内販売台数のわずか数%にとどまるという。人口減少で国内市場の拡大が望めないなか、高い経済成長を維持しているアジア市場に挑み始めた企業の姿を追う。
中国輸出、一気に20倍に
東京ビッグサイト(東京・江東)で開かれた「フーマジャパン2011 国際食品工業展」で8日午後、オレンジ色の看板を掲げた野菜加工機械メーカー、ドリマックス(埼玉県川口市)のブースにインドの食品メーカーの担当者が訪れた。
「掃除もしやすく衛生的ですよ」。自ら英語で機械の説明をしたのは松本英司社長。ブースに設置した機械に大根やニンジンなどを実際に入れて、カットやすりおろしの性能を熱心に訴えた。
北米の日本料理店向けなど一部を除けば、同社の機械はこれまで国内向けの出荷がほとんどだった。昨秋、初めて中国への輸出を始め、今年3月までの約半年で、中国だけでキャベツを千切りする小型機械など50台を出荷。今月中には約100台を売る契約を新たに結ぶ予定だ。
中国は潜在的な食品機械の巨大市場だ。「上海のホテルや火鍋店など売り込み先は多い。日本では考えられないペースで引き合いが増えている」(松本社長)。ドリマックスも、2011年3月期に国内で食品メーカー用の大型機種を100台、飲食店向けなどの小型機種2500台程度、自社ブランド製品を販売した。12年3月期は中国だけで1000台規模を出荷する目標を掲げている。在庫を極力持たないようにしてきた部品も、注文から納品まで2カ月程度かかるモーターでは受注機会を逃さないよう数百台単位で取引先に先行発注した。
有望市場は中国だけではない。東南アジアやインドなども今後、食品加工機械の需要が急拡大すると見込まれている。今春には英語やマレー語、北京語、広東語が話せる人材を現地のメンテナンス要員として新たに採用した。松本社長自身も、今回の展示会終了後にはドバイへと飛ぶ予定で、トップセールスで海外営業に取り組む。
少子高齢化、生産の海外移管…伸び悩む国内市場
バブル崩壊以降、食品機械の国内市場は漸減傾向が続く。国内販売額はこの10年間、4000億円台で安定。輸出額も200億円前後で推移し、大きな伸びは無い。少子高齢化や食品加工の海外移管などで、国内での食品機械の受注は成長余地は限られている。
海外進出が進まなかった最大の理由は、各国・地域ごとの食文化や食材の事情に対応する必要があり、量産機械を売りにくかったからだ。例えば野菜。同じ品種でも、季節や産地ごと規格が違う。食文化が違う外国では、なおのこと同じ機械は売れない。「業界として海外市場を意識しないわけでなかった」(日本食品機械工業会の尾上昇会長)が、「まんじゅう製造機を欧米で販売しようとしても、まんじゅうを食べない国・地域で機械の出荷が増えるはずがない」(同)。特定用途に使い勝手のよい食品機械を作り込むほど、世界市場を見据えた事業には壁が立ちはだかる。
そんななか、国内各社が期待を寄せているのがアジア市場だ。「欧米よりも食文化が日本に似ているうえ、日本食への関心も高まっている」(日本貿易振興機構=ジェトロ=の担当者)など日本勢に優位な条件がそろっているからだ。
食文化の近さ強みに
ギョーザの製造機械を手掛ける東亜工業(浜松市)。08年に対中輸出したのを皮切りに、数年前までは全体の数パーセントだった海外部門の売上高が09年7月期は1割強に拡大した。10年7月期は約3割まで急成長し、その過半を中国向けが占めている。15年7月期には全体の半分を海外で稼ぐ計画だ。
ギョーザは日本でも中国でも国民食と言われるほど人気のある料理。人件費が高騰している上海や広州など中国沿海部の冷凍食品メーカーを中心に、1台で30人分の作業をこなす同社のギョーザ製造機械への引き合いは強く、「1台1千万円近い大型機械が相次いで売れている」(同社国際事業部)という。
日本の伝統食も例外ではない。味噌やしょうゆの原料となる「こうじ」をつくる機械で国内7割強のシェアを握るフジワラテクノアート(岡山市)も輸出に注力し始めた。これまで主に日本の食品メーカーの海外工場向けに設備を納入してきたが、今夏には中国のしょうゆ製造大手から受注した設備が稼働する。「中国メーカーが品質を厳しく求め始めた」(矢澤真裕専務)ためで、こうじを作る機械でも、より精緻なものが評価されるようになってきたという。
日本国内では味噌やしょうゆの市場が縮小しているが、中国では対照的に消費量が右肩上がりに伸びている。同社は4月に初めて中国人社員を採用、中国での営業活動を強化する。矢澤専務は「しょうゆや味噌は日本固有の食文化だが、中国だけでなく他の国でも品質の高さを認めてもらいたい」と意気込む。
「食文化の輸出」にはハードルも
ただ、アジア進出のハードルは決して低くはない。「日本のユーザーが求める品質は諸外国のメーカーの要求とはかけ離れて高い。日本基準の高価な商品より、安さで中国製を選ぶ企業が多い」(日食工の尾上会長)のも現実だ。関税や輸送コストも含め価格が高い日本製品が模倣品に取って代わられる例も相次いでいるという。日本の中小企業が製造する食品機械は、オーダーメードで少量生産が中心。現地の代理店、サービス会社といったパートナー選びや貿易実務に慣れていない企業が多いのも実情だ。
10億人超の人口を抱える中国、インドや、若年人口の比率が高いインドネシアなど、アジアでは食品関連市場が急速に拡大している。流通の近代化や食習慣の国際化も進み、加工食品や外食市場の伸びも期待されている。
食肉加工機メーカー、ワタナベフーマック(名古屋市)の渡辺洋之・取締役海外事業部本部長は「中国のスーパーでも近い将来、日本のように肉を薄切り加工するようになる。アジア市場は色々な観点から成長が期待できる」と話す。同社は10年以上前に中国に生産拠点を設けた。今後、インドネシアなど新市場の開拓で、現在10%程度の海外売上高比率を、5年以内に15%にまで高める考えだ。
明治維新以降の日本がそうだったように、中国を筆頭とするアジア各国は「新しい食文化を急速に吸収している」(ジェトロ)。「国内市場を取り合うだけでは成長できない」(ドリマックスの松本社長)という認識がひろがるなか、食文化を輸出することで食品加工機械の海外需要も爆発的に拡大することが期待できる。松本社長の目標は「『キャベツの千切り』を世界の共通語にすること」だという。
(電子報道部 宮坂正太郎、杉原梓)