クラウドビジネスを立ち上げるからと言って、本当にクラウド事業一本だけしか考えていない事業計画を見かけますが、あまりよくありません。理由を説明します。クラウドのビジネスモデルは図1のような「ザブトンモデル」です。

図1●ザブトンモデル
図1●ザブトンモデル

 ザブトンモデルとは、ザブトンを積み上げるように、ユーザー数が増えていくと売上高も増えていくというビジネスモデルです。このモデルのメリットは、いったんユーザー企業の数を積み上げれば売上高が落ちにくいこと。システム受託開発のビジネスモデルと比較すると、受託開発は今年10億円の売上高があったとしても、来年は8億円に下がることもありますが、クラウドビジネスは今年10億円の売上高があれば、来年10億円を下回ることはほとんどありません。長期的に安定した収益を生み出せることがザブトンモデルのメリットです。

 一方、ザブトンモデルのデメリットは事業立ち上げ時期に資金繰りに苦労することです。ザブトンの売上高が固定費を越えて単月黒字を達成するまでは、月次のキャッシュフローがマイナスの状態が続き赤字が累積してしまいます。

 この累積赤字の部分の資金繰りを回すために資金調達をしようとしても、クラウド企業は銀行からの資金調達がしにくい性質を持っています。なぜなら、ザブトンモデルの構造は、立ち上げ期は倒産リスクが高いにもかかわらず、単月黒字を達成した後は資金ニーズがほとんどなくなってしまうからです。銀行の視点で見れば、成長期にも融資金額の拡大は期待できないので、ASP企業は将来性を買ってツバをつけておくような「おいしい融資先」ではないのです。

 株式発行などによる資金調達も簡単ではありません。クラウド企業が設立から単月黒字を達成するまでに必要な資金量は、約1億5000万円が最低ラインです。この金額は創業メンバーの自己資金やエンジェル投資だけでまかなえる金額を越えています。ベンチャーキャピタル(VC)からの投資を期待しても、1億5000万円を単独で支えられるVCは最近は少なく、コツコツとザブトンを積み上げるスピードがVCファンドの期待する高い成長ペースに足りないケースも多いので、クラウド企業にはVCはほとんど投資していないのが日本のベンチャー業界の現実なのです。

 融資も投資も資金調達が難しいので、クラウド以外の事業で日銭を稼いでキャッシュフローをつくらざるをえないのがクラウド企業に残された選択肢です。クラウドビジネスを立ち上げるからと言って、ASP事業だけをやって生き延びたクラウド企業はまれで、システム受託開発など働けば確実にキャッシュが早期に生まれる「日銭ビジネス」を事業計画段階で想定していないとクラウドビジネスは倒産していまいます。

 そこで、どのような日銭ビジネスをするべきかが悩みどころです。図2のように、顧客や技術が本業のASP事業とできるだけ近い事業が理想です。

図2●日銭ビジネスの考え方
図2●日銭ビジネスの考え方

 もっとも、どんな日銭ビジネスをするかを選びすぎてぜいたくを言いすぎるのも禁物です。成功したクラウド企業でも、システム受託開発だけでなく、コンテンツ制作や単純な事務作業までも受注してガムシャラに日銭を稼ぎ、日銭ビジネスが会社の売上高全体の30%や50%を超えるのは立ち上げ時期には普通のことです。当初の事業計画から遅れずにピッタリと単月黒字を達成したクラウド企業はありません。暗いトンネルの中にいる間は、一体あと何カ月すれば本業のクラウド事業だけで単月黒字を達成できるかを予測するのは難しいのが現実です。

 倒産したクラウド企業と成功したクラウド企業の死命を分けたのは、長いトンネルの出口が見えない状態で、とにかく目の前の日銭をガムシャラに稼いで、資金が尽きるまでの期間を少しでも延ばしておいたかどうかです。クラウドビジネスの立ち上げ時期は、最後までリングに立っている者を勝者とするLast man standing方式の長期戦です。とにかくガムシャラに日銭を稼いで闘う覚悟が非常に大切なのです。

入野 康隆(いりの やすたか)
リンジーコンサルティング 代表取締役
ASPIC主任研究員
リンジーコンサルティング 代表取締役 入野 康隆 東京大学法学部を休学しUniversity of British Columbia(カナダ)へ転入・卒業。ソフトウェア会社OracleでITコンサルタント、外資系コンサルティング会社Headstrongにて経営コンサルタントを経て、リンジーコンサルティングを設立。IT業界から宇宙ビジネスまで、数社のベンチャー企業、大手企業の取締役・顧問を務める。