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Author Interview

インタビュアー:[雀部]

『幻の終戦工作 ピース・フィーラーズ 1945夏』
> 竹内修司著
> ISBN-13: 978-4166604548
> 文春新書
> 890円
> 2005.7.20発行
「最も安全な途は、リスクを冒すことだ」スイスを舞台に行われたこれまで全く知られなかった密かな終戦工作の全貌を、欧米に残る新発掘の資料で徹底的に分析・再現した好著。

『憑依』
> 井上雅彦監修/青木克世cover art
> ISBN-13: 978-4334747848
> 光文社異形コレクション
> 914円
> 2010.5.20発行
上田早夕里「眼神(マナガミ)」収録

『Fの肖像―フランケンシュタインの幻想たち』
> 井上雅彦監修/斉藤秀弥cover design
> ISBN-13: 978-4334748463
> 光文社異形コレクション
> 914円
> 2010.9.20発行
上田早夕里「完全なる脳髄」収録

『ラ・パティスリー』
> 上田早夕里著/中村祐介装画
> ISBN-13: 978-4758434737
> ハルキ文庫
> 629円
> 2010.5.18発行
 森沢夏織は、中規模のフランス菓子店〈ロワゾ・ドール〉の新米菓子職人(パティシエ)。店のシャッターを開けて厨房のオーブンに火を入れるのは夏織の仕事だった。しかしある朝、彼女より早く厨房に入り飴細工をこしらえていた男が……。
 突然現れた謎の菓子職人・恭也と、新米パティシエ・夏織。2人の交流を通じて描く洋菓子店の日常と、そこに集う恋人・親子・夫婦たちの人間模様――。
 大幅改稿して、待望の文庫化。

『華竜の宮』
> 上田早夕里著/山本ゆり繪カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4152091635
> ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
> 2000円
> 2010.10.25発行
 ホットプルームの活性化による海底隆起で、多くの陸地が水没した25世紀。人類は、しぶとく生き残り再び繁栄していた。陸上民は残された土地と海上都市で高度な情報社会を維持し、海上民は〈魚舟〉と呼ばれる人間由来の遺伝子を持つ生物船を駆り生活していたが、陸の国家連合と海上社会との確執が次第に深まりつつあった――。
  日本政府の外交官・青澄誠司は、かつて自分の勇み足が原因で人命を失い、自らも獣舟に足を喰いちぎられるという苦い過去を持っていた。その後、外洋公館の外交官として赴任した青澄は、海上民たちの紛争処理に日々追われていた。
 そんな彼に、アジア海域での政府と海上民との対立を解消すべく、海上民の女性長(オサ)・ツキソメと交渉する役目が回ってくる。両者はお互いの立場を理解し合うが、政府官僚同士の諍いや各国家連合の思惑が障壁となり結論を持ち越されることに。
 同じ頃、IERA〈国際環境研究連合〉は地球の大異変により人類滅亡の危機が迫ることを予測し、極秘計画を発案した……

雀部> 今月の著者インタビューは、みなさまお待ちかね『華竜の宮』作者の上田早夕里さんです。上田さん、ハヤカワSFシリーズ Jコレクションにご登場おめでとうございます。
 『魚舟・獣舟』の著者インタビューの時にお聞きしてから、待ちに待った長編がついに出ましたね。
上田> ありがとうございます。何度も中断を挟みながら書いていたので、予想外に時間がかかってしまいました。やっと手を離せて、ほっとしています。
雀部 > 一ヶ月ほど前に、上田さんのパティシエ小説を、若い職人さん(見習いが終わったくらい)に貸したところ、先週「すげぇ面白かったです。現場は、まさにあの本に書いてある通りなんすよ」と感激してましたよ。なんと、御礼に手作りのケーキを持ってきて頂きました。実は二つ持ってきてもらったのですが、最初のは何も思わず美味しく頂いたのですが、二度目のロールケーキはこれです(笑)
上田 > 取材したとき、お店がちょうど年度初めでした。今日から見習いという職人さんがいたので、私は、ベテラン職人さんの仕事と一緒に、密かにその人を観察していたのです。ですから、まさに、そのまんまのはずです。
雀部 > そういえば、『ラ・パティスリー』文庫化おめでとうございます。
 それと、連載も始められたそうですね。
上田 > ありがとうございます。連載は、このインタビューが公開される頃には、終了の準備に入っています。来年『ショコラティエの勲章』が文庫化された後、最初から文庫の判型で出る予定です。『菓子フェスの庭』という作品で、「甘いものは大嫌い!」という百貨店の男性社員が、お菓子の販促を上司から命じられて四苦八苦する話です。
雀部 > それも面白そうですね。こういうお菓子のお話と『火星ダーク・バラード』のようなダークなお話を書かれる人が同じというのも考えると面白いなあ(笑)
 『華竜の宮』最初のプロローグの部分面白いですね。まさに王道SFの展開。この部分だけで、もう一冊Jコレが書けちゃう(笑)
 このいくらでも話を膨らませられる展開のところを、プロローグの分量にとどめたということからも、上田さんが『華竜の宮』で書きたかったのが、単なる大パニック小説ではないなという予感でワクワクしましたよ。
上田 > これは、たまたまなのですが、執筆直前に何度も地球惑星科学の新説が出て、頭を抱える事態に陥ったのです。「マントル内に水はありません」えーっ?! 「スタグナントスラブはマントル遷移層を通過しません」えーっ?!。これが本当だと、せっかく作ったSF設定が全部ボツになってしまう。実は、本が出た直後にもまた新説が出て、えーっ?! となったんですが……。
 ただ、専門の方が仰るには、「科学の現場では、すぐに反論ペーパーが出ますから」と。「両説とも、本当に正しいかどうかは、まだわかりませんから」と。
 そこで、《従来の説を生かしつつ、新しい説も紹介する》《その説をめぐって、科学者同士が侃々諤々》《その間にも、現実の世界では崩壊が進行し……》という展開にしてみたらどうか、というアドバイスを頂きました。それをどこへ入れるのか考えると、結局、プロローグ以外には無いわけですよね。
雀部 > なるほど、納得です。まあ、新説が出てきて、それが正しかったとしても、SF小説としての面白さが減じるわけではないんでしょうけど(笑)
 で、本編に入って、主人公の青澄のパートを語るのは、マキと名付けられたアシスタント知性体。おお、これが上田さんのおっしゃっていた“「普通の人間ではないものから見た視点」というのは、何らかの形で作中に残す予定です。”なんだなと。
 このマキ君の視点から書かれた物語というのは面白い試みですね。青澄の心の動きもかなり分かるから、青澄の一人称ではなくて1.5人称とでも言うべきかなぁ。SFでなければ書けない設定だと感心しました。
上田 > 《1.5人称》という呼び方は、まさにその通りです。
 最初は、物語のすべてを、マキの一人称で通そうと考えていました。無謀ですよね。これだと話を広げにくいのでやめました。
 やめた結果の利点もあります。マキの視点から離れる章では、人間の情動を物語に直結させることが可能になりました。今回、そういう「熱さ」が物語を引っぱっていく部分が多いので、こういう箇所は、機械の目を通した話ではあまりうまくいきません。
 ちなみに、マキという名前は、苗字の「牧」や女性名の「麻紀」ではなく、マキナ(machina:ラテン語で「機械」の意味)からもらいました。英語だとmachineですね。
雀部 > デウス・エクス・マキナ(Deus ex machina)の「マキ」だったんですね。
 世界的な危機とそれに立ち向かう人々を描いた作品というと小松左京先生の『日本沈没』や『復活の日』を思い起こして、小松左京賞受賞はダテじゃないよなと感じたのですが、“小松左京先生だけでなく、眉村卓先生も入ってる”とお聞きしてなるほどと。
 地位こそ違いますが、上と現地民との板挟みになるところは、まんま『司政官』だし、マキは進歩したSQ1ですねぇ。
 それと、12月号のSFマガジンのインタビューでも、“そろそろ《インサイダー》も書くべきだろうと考え、『華竜の宮』はその趣旨に添って仕上げました。”とあったので、ますます眉村先生(笑)
上田 > これはどこかで話したいと思っていたので、今回、インタビューの機会を頂けて、とてもありがたいのですが――。この作品は、最初から眉村卓さんを意識していたわけではなく、事情に合わせて流されていくうちに、自然にこうなってしまったのです。

 当初、私はこの作品を、インサイダーの物語として書くことは、まったく考えていませんでした。以前のインタビューでも答えましたが、異星の生態系SFを書こうとしていたのです。
 初期アイデアは、人類が太陽系外に散った後の話です。散った先にある海洋惑星で、環境に適応しようとして分化を繰り返し続けた人類が、お互いにコミュニケーションが取れないほどに変異が進んで、文化が断絶した社会をたくさん作り始める。それを繋いで仲立ちする調整者(架橋者)が出てくるのですが、これが青澄の原型になった人物です。

 この設定が、企画の持ち込み先を探している間に(早川書房から声をかけてもらう前に)事情があって地球の話に変わりまして、そうなると、この調整者の仕事は、実在の職業に置き換えたら何になるのだろう……と。いろいろ考えているうちに、ふと「外交官」という答が降ってきました。
 ただ、私はこの作品を書くまで行政の事情にはとても疎く、何をどう書いたらそれらしくなるのか、さっぱり見当がつきませんでした。いくつか資料にあたりましたが、なかなか具体的なイメージが固まりません。

  そんなとき、竹内修司さんという方がお書きになった『幻の終戦工作 ―ピース・フィーラーズ 1945夏―』という、ノンフィクションと出会いました。初出が2005年ですから、構想を練っていた頃に、ちょうどタイミングよく発刊された本です。
 これは、第二次世界大戦中に、日本になるべくダメージを負わせないで終戦を迎えさせようとした――そのために、大変な熱意を持って奔走した人たちの記録です。
 自分は日本人ですから、本を読む前から、この工作が実を結ばず、日本が惨憺たる状況で敗戦することを知っているわけです。いわば、結末のわかっている物語を読むようなものなのです。それなのに――というか、だからこそなのか、可能性に懸けて冷静に工作を進めていく人々の熱意や国同士の駆け引きに、とても心を揺さぶられました。
雀部 > ご紹介ありがとうございます。いやぁ、各国の和平工作者の方々には頭が下がりますし、日本人も捨てたもんじゃないなぁ。上層部については、同じ日本人として恥ずかしいけど。後書きを読むと、この本で取り上げられているダレス工作は、松本清張氏の『球形の荒野』のモデルらしいんですね。そ、そうだったのかぁ(驚)
上田 > 『球形の荒野』は未読です。読んで影響されてはいけないと思ったので避けました。
 佐々木譲さんの『ストックホルムの密使』(※同じく、大戦末期の終戦工作の話を扱っている)も、その時点では未読でした。こちらも、自分の本が発刊されるまでは手に取りませんでした。
 その他の関連本も、執筆中には一切触れていません。竹内さんの本から受けたインスピレーションだけを頼りに、作品のイメージ作りを進めました。
 歴史小説とSF小説では、小説として掘り下げる方向がまったく違います。歴史的な資料はあくまでも参考に留め、SFとしての視点を忘れないように気をつけました。
雀部 > ちょうど11月26,27日にTVドラマ版『球形の荒野』が放映されましたね。
 日本の終戦工作の話なのに、アメリカ側の資料しか残っていないというのもなんともですよねえ……。
上田 > 関係者が破棄したことに加えて、GHQが本国へ移送した分もありますので……。おそらく、記録に残っていない部分で、他にも大勢の人たちの活躍があったのでしょうね。
 『幻の終戦工作』には、当時、この工作に関わった日本人外交官の話も出てきます。読みながら、こういう雰囲気で書いてみたいなと感じました。ギリギリまで武力を使わず、文官の力だけで難事を乗り切る話。政治の話が絡む以上、武力の問題はどこかで生じてしまいますが、なるべく禁じ手にして、そこへ至るまでの過程を書いてみたらどうか――と。
 こう考えていくと、必然的に《司政官》とぶつかってしまうわけです。眉村卓さんがデスクの前に出現して、「ちょっと待て!」と仰るようなものですよね。「ここから先は簡単に通さないぞ」と。

 眉村さんの《司政官》シリーズは、私にとって大きな壁というか峰というか、こういう作品を書こうとしたとき、どうしても立ちはだかってしまうものなのです。後進が挑むべき大きな課題というか。「財産」という言い方もできますが。
 ですから、ここを軸に書こうとしたら、眉村さんと自分の違いや、小説観やSF観の違いを確認していく作業が必要でした。
  たとえば、いまだったら、SQ1には人間に近い人格を持たせて事務処理させたほうが面白いな、ワールドネットに接続させて自律的に働く場面も作ってみたいな、とか。パラサイト・ヒューマン型にして使用者の脳の奥まで介入させたい、とか。脳に介入すると心理的に相互補完の関係になるので、それを生かしたエピソードが欲しいな、とか。
 また、司政官はとても孤独で、その孤独感が小説に深みを与えているのですが、自分の作品では別の官僚の視点も持ち込んでみたいな、とか。自分が書くものは、もっと派手にエンターテインメント色を強くして――けれども、利害関係や損得勘定だけで事態が動くような、そういうクールな部分は残したいな、とか。
 まあ、やってみると、どうしても《司政官》のカラーからは逃れられないわけで……。峰が大き過ぎるんですよね。結局、私のほうには敗北感だけが残りました。
雀部 > 《司政官》シリーズは、日本SF史に燦然と輝く傑作であるのは間違いないところですが、Jコレの読者は、みなさん《司政官》を読まれているのでしょうかね。日本SF史の時系列では反対になりますが、『華竜の宮』を読んでから《司政官》を読むというのもありでしょう。
上田 > 書評や感想を拝見していると、古くからのSFファンの中には、《司政官》との関係性を指摘して下さっている方が何人もおられます。リアルタイムで読んできた方にとって、《司政官》は、それぐらい大切で、いまでも忘れがたい作品群なんですね。それだけに、比較される側としては、ご意見を頂くたびに背筋が伸びるような緊張感を覚えています。
雀部 > 青澄が交渉に当たっては、損得勘定をメインにして話を進めるというのは、非常に現実感があって良かったと思います。またエンタメ色を強くしたというのも良くわかりました。
 私はSFを読むときに、“普通ならこういう展開になるのに、作者はどうしてこういう設定にしたんだろう。そこに作者の書きたいことがあるはずだ”という読み方をするんですよ。とすると、ツキソメを主人公にして、もっと陸上民と対立した存在(邪魔をすると容赦なく殺すとか)で、出自が不明で暗い過去をしょっているとなると、かなりドラマチックな上田さん好みの展開になるような気がしましたが、SFマガジンのインタビューを読んで、なるほど上田さんの中で暗い作品に対する欲求が一段落したんだなと納得しました。でも、ビターな部分は多々残ってますよね(笑)
上田 > 面白いエンターテインメント作品には、実は、非エンタメ的な何かが必ず潜んでいるのではないか――と私は思っています。美味しいお汁粉には、隠し味として、必ず塩が入っているように――エンタメの本質とは正反対の何かを、積極的に少しだけ混ぜておくこと。これは「面白いお話」を作る上で、結構、大切なことであるように思えます。
 今回の作品における「ビターな味」が、この「お汁粉の塩」として、うまく機能してくれているとよいのですが。
雀部 > 上手く機能していると思いますよ。それに、ちっともビターじゃない上田さんのSFというのも想像できないし(笑)
 『Fの肖像』所載の「完全なる脳髄」は、ホラーなんですけど、ノワールの要素もありますよね。人ならぬものの自分探しの冒険とも読めますが。これと『華竜の宮』の執筆はどちらが早いんですか。
上田 > 同時進行で書きました。設定を一部共有しておりまして、実は、両者は同じ年表上での話です。

 『華竜の宮』の英語タイトルは、直訳ではなく "The Ocean Chronicles" として頂きました。Chronicleを、単数形ではなく複数形にしてもらったのは理由があります。もし、続編を書く機会に恵まれたなら、タイトルを、"The Ocean Chronicles II, III……" と、ナンバリングしていくつもりなのです。加えて、本編以外の作品も含めて呼べるシリーズ名が、そろそろ欲しかった……という理由もあります。

 今後は「魚舟・獣舟」と「華竜の宮」を合わせて、《OCシリーズ》という名前で呼ぶつもりです。「完全なる脳髄」も、このシリーズに連なる一篇です。もちろん、「異形コレクション」で発表する以上、単独で読んでもまったく問題がないように書きました。今後も短編作品として《OCシリーズ》を書く場合には、シリーズを未読でも何の問題もなく読んで頂けるように、必ず、このような配慮をするつもりです。
雀部 > おっと「完全なる脳髄」も、《OCシリーズ》なんですね。
 でも、さすがに『憑依』所載の「眼神」は、《OCシリーズ》じゃないですよね?(笑)
上田 > あー、そちらは関係ありません。全然、別物です。
   
(後編あるかも)


[上田早夕里]
兵庫県生まれ。神戸海星女子学院卒。2003年、『火星ダーク・バラード』で第四回小松左京賞を受賞してデビュー。現在姫路市在住。
今回、早川書房初登場(SFマガジン短篇掲載はありましたが)
公式サイト:http://www.jali.or.jp/club/kanzaki/s/
[雀部]
上田さんとは、堀晃先生主催の「ソリトン」のころからのお付き合い。プロになられる前から存じ上げている方が、プロ作家デビューされて、どんどん活躍されていくのを見るのは感慨深いモノがありますねぇ。

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