カリフォルニアの大火災には、「汚染された灰」という二次災害が待ち受けていた

カリフォルニア州北部で発生した大規模火災の影響は、とどまるところを知らない。炎は都市部も焼き尽くしたことから、有害物質を大量に含む灰が水界生態系に流れ込む可能性が浮上した。雨期を前に、その影響について考察した。
カリフォルニアの大火災には、「汚染された灰」という二次災害が待ち受けていた
PHOTO: GEORGE ROSE/GETTY IMAGES

カリフォルニア州北部を破壊した山火事は、どんな基準から見ても大災害だった。43人が死亡し、約10万人が行き場を失った。8,900棟におよぶ民家などの建物が倒壊し、990平方キロメートル以上におよぶ大地が焼かれた(2017年10月30日現在)。しかも、その火はまだ完全には消えていない。

そしてこの荒廃は、もうひとつの潜在的な災害を残した。それは、重金属と毒素が大量に含まれていると見られる灰だ。その量や影響は誰にもわからない。

灰という「時限爆弾」の影響

灰に含まれる有害物質は、何が何度の温度で燃えたのかに左右される。また、その灰は土壌に染み込んでいくはずだが、それがどう問題になるのか、あるいは問題になるのかどうかもはっきりとはわからない。やがてその一部は(ことによると大量の場合もある)、地域の水界生態系、さらには最終的にサンフランシスコ湾へと流れ込むと見られる。この状況は、まさに“時限爆弾”のようなものだ。

ぞっとするような古いジョークがある。カリフォルニアに季節は3つしかない──「夏」と「山火事」と「土砂崩れ」の3つだ。この土砂崩れは雨のせいで起こる。サンタアナ風(別名:ディアブロウィンド=悪魔の風)が引き起こす秋の山火事は、冬からは春先まで続くモンスーンシーズンに道を譲る。2016~17年の雨は、長期にわたる干ばつを終わらせ、さまざまな記録を打ち破った

科学者や環境衛生機関は、植物が燃焼してできた灰については、環境にどんな影響があるのかを(ほぼ)把握している。だが今回の山火事には、いくぶん新しい要素も含まれている。この火災荒野と都市部の境界面を焼きつくし、街へと侵入した点だ。

「かなり狭い範囲に集中して焼かれた構造物の数に関して言うと、今回の火災は過去に類を見ない災害だったと思います」と語るのは、米国地質調査所(USGS)で環境衛生部門のアソシエートディレクターを務めるジェフリー・プラムリーだ。「気がかりなのは、大雨が降る前に、灰をきれいに除去できるのかということです」

河川に流れていく「炭素」が生態系に及ぼす影響

化学的な見地から言うと、灰は興味深い物質だ。それを生み出す火が約450℃を下回る温度で燃えた場合、灰は黒ずんだ色、あるいは真っ黒になることもある。その大部分は有機炭素だ。

より高温では、炭素は燃えてなくなり、カルシウムやマグネシウム、ナトリウムなどからなる無機化合物が残る。色は白っぽく、綿のようにフワフワになる。さらに高温になると(たとえば590℃を超える場合)、あとには酸化物以外は何も残らない。

単一の火災の内部では、燃焼は異なった場所で、異なった温度で起こる。また灰は非常に軽いので、風が吹くと運ばれる。従って、同じ火災による灰でも、その成分は異なりうる。その灰がどのように燃焼した結果なのかに応じて、その化学組成は変わってくるのだ。

これはつまり、灰がその下にある土壌とよく混ざる場合もあれば、混ざらない場合もあるということを意味する。水は疎水性の高い灰にはくっつきにくいため、降った雨は素早く流れて、その周囲の土壌は運ばれ、堆積物になるかもしれない。反対に、吸水性の高い灰は、水に混ざって近くの河川に流されていく可能性がある。

炭素は有機系の基幹をなす元素だ。焼かれた山腹から一部が流れ出て、水界生態系に流れ込むことは、必ずしも悪いことではない。これによって、いわゆる基礎生産力が向上し、藻の繁殖が促される。つまり、魚のエサが増えるのだ。

オレゴン州立大学の森林環境水文学者、ケヴィン・ブレイドンは「自然発火によって生じた深刻度の低い山火事は、よい影響をもたらすこともあります」と語る。こうした火災が有機炭素を解き放ち、窒素やリンなどの栄養素を作用させるのだ。「けれども、今回のような非常に大規模で深刻度の高い森林火災になると、多くの場合は限度を超えることになります」

これが意味するのは、危険なまでに大きく広がった「藻類ブルーム」(水の華)だ。「富栄養化」と呼ばれるこの現象は、溶存酸素を消費し尽くし、水路をほかの生物が生きられない状態にしてしまう。

疎水性の灰の影響で拡散された堆積物は、やがて水を濁らせることになる。その水が最終的に蛇口から出てくるのであれば、人体に害をもたらすことになる。また、堆積物は餌場や繁殖場の状態を損ないかねないため、魚にもよくない。

土地が汚染されるリスク

こうした問題は、オーストラリアやカナダ、米国などさまざまな国で、山火事の余波として知られるようになってきている。そして気候変動によって、火災や嵐は激化している。オハイオ州立大学のブレイドンも論文で述べているように、2002年に南部ロッキー山脈で発生したヘイマン火災によって、コロラド州デンヴァーにある飲料水用貯水池には76万5,000立方メートルにおよぶ堆積物や灰などが流れ込んだ。

そしてその問題は、4年経っても依然として残っている。「そうした影響の持続については、5年から100年のスパンを見ておく必要があります」とブレイドンは語る。「その長さは、火災の深刻度と、現場に植物をどこまで取り戻せるかによって大きく左右されます」

灰の影響はこれにとどまらない。十分に高い燃焼温度では、炭酸カリウムや炭酸カルシウムのような化合物は酸化物に変わる。適量の小雨が降ると、酸化カルシウム(生石灰)は空気中から二酸化炭素を取り込んで、石灰石(セメントの主原料)の地殻を形成する。

要するに、灰が森林を“舗装”してしまうのだ。「完璧な状況下では、雨水が増えれば、分水界(異なる水系の境界線)が実際に変わります」と、火災と水文の関係を研究するヴィクトリア・バルフォーは言う。

それだけではない。灰の一部には、発癌性のある多環芳香族炭化水素(PAH)やダイオキシンなどの燃焼副産物が存在する恐れがある。何十年も焼けていない、森林に覆われた古くからの土地では、大気汚染によって植物の表面が銅や鉛、アルミニウム、ヒ素、さらには水銀などの重金属に覆われているかもしれない。植物が燃えると、これらの金属はあとに残るか、水路に流れ込む。

09年にロサンゼルス北東部で起きたステーション火災では、近くの河川で鉄やマンガン、水銀の数値が上昇した。そして、その直後の嵐によって、銅や鉛、ニッケル、セレンの数値も上昇した。

いま注目される「灰科学」

だが、カリフォルニア北部で起きた今回の火災を際立たせているのは、森林からなる荒野だけでなく、都市も焼かれたという点だ。建造環境によって、火は異なった燃え方をする。火はより高温になり、あとには異なった残骸が残るのだ。

「都市部には不浸透面(アスファルトやコンクリートなど浸透性のない材料で覆われている舗道など)が、いたるところにあります」とブレイドンは語る。「そこに当たった水は、その上を流れていきます。焼けた資材などが路上にあれば、あっという間に水路に流れ込むでしょう。われわれの力ではどうすることもできません」

「灰科学」は誕生してから10年そこそこだ。都市における灰科学の理解が必要になることは、これまでほとんどなかった。だがいまや、カリフォルニア州の大規模火災は都市へと迫りつつある。

灰のなかに何が含まれているのかは、その建物がいつ建てられたかに左右される。1980年代以前であれば、塗料には鉛がふんだんに使用されているだろう。最近でさえ、造園に使われる加圧注入材にはクロム銅ヒ素(CCA)系木材保存剤がたっぷりと含まれていた(この保存材から浸出するヒ素と六価クロムは、魚などの生物に害を及ぼす)。

「最近の改善面としては、鉛の蛍光体を使用したブラウン管のテレビが減り、液晶などの薄型テレビにが増えていることが挙げられます」とUSGSのプラムリーは語る。「またLED電球が増えているので、水銀が使われている恐れがある蛍光灯や電球型蛍光灯は減ってきていると見られます。また、銅や亜鉛も建材によく用いられるようになっています」

カリフォルニアの水道への影響

これらが意味するのは、がれきの除去がカリフォルニア北部の命運を握るということだ。米国環境保護庁(USEPA)やカリフォルニア州環境保護局(CalEPA)、米国陸軍工兵隊(USACE)をはじめとする政府機関やNGOが現地に集まり、「流域保護タスクフォース」として忙しく立ち回っている。

彼らは現在、がれきの状態を確認し、回収の準備を整えている。安全面に万全を期して、この作業は手袋とタイヴェック製のボディースーツ、N95マスクを着用して行われている。

上水道の水源は火災現場のはるか北にあるため、この地域の飲料水に問題はない。ただし、ナパ川とソノマ川、そして付随する流水系は、サンフランシスコ湾に直接流れ込んでいる。「わたしたちは地域の川を大切にしていますが、灰のなかに何が含まれているのかは、はっきりとはわかっていません」と、ソノマ郡サンタローザ市の水道局長を務めるベネット・ホーレンスタインは語る。「生態系を守るには、慎重かつ安全な方法で、できる限りのことをしなければなりません」

大量に降った雨水は通常、処理されずに下水系に入りこむので、サンタローザ市内の雨水管(雨水などを集め放流する管渠)には、異物が入り込まないようにするバリアプロテクションが取りつけられている。「わたしたち全員がこの災害の規模を認識しつつあり、体制も明らかにされつつあります」とホーレンスタインは語る。

サンフランシスコ湾の水質を検査する地域プログラム「RMP」は、すでにサンフランシスコ湾に水以外の何が流れ込んでいるのかを監視している。同プログラムに携わる科学者の一部は、水質監視機関らが言う「新たな懸念をもたらす汚染物質」が混入していないか確かめるため、ナパ川のモニタリングを提案している。

この分野はまだ新しいため、何を探すことになるのかもいまのところわかっていないが、「非ターゲット型分析」を用いて、何か意外なものが含まれていないか探すことになるようだ。サンフランシスコ河口研究所(SFEI)はすでに、湾内のダイオキシンやPAH、金属などの数値を測定しているが、その頻度は半年あるいは1年に1回だけだ。それではおそらく間に合わないだろう。地面には、すでに灰が積もっているのだ。

「エリア一帯の処理には、しばらく時間がかかるでしょう。それに雨季も近づいてきています。予報では小さな嵐が発生することもあるようです」と、ホーレンスタインは言う。何と言っても、もうすぐ雨の季節なのだ。


RELATED ARTICLES
article image
2017年10月にカリフォルニア州のナパ郡などで発生した大規模な火災は、ナパヴァレーとして知られるワイン産地を直撃した。世界的に有名なカリフォルニアワインへの影響は計り知れず、そして今年だけには終わらない可能性もある。『WIRED』US版による現地ルポ。

TEXT BY ADAM ROGERS

TRANSLATION BY HIROKI SAKAMOTO/GALILEO