地震発生直後から僕はインターネットで情報収集を続けていたのですが、その際、地震のマグニチュードについての疑問がネット上でくすぶっていることに気づきました。
1) マグニチュードの定義がよくわからない。気象庁は最終的な発表ではモーメントマグニチュードという普通の気象庁が使っているマグニチュードとは違う値を使ったようだ。理由が分からない。何か隠しているのではないのか。
2)マグニチュードがUSGSの発表とズレていたのはなぜなのか
地震の授業などを高校や大学で受けたことがある人なら不思議ではないことも、そうでない人にとっては一種の不安の要素にさえもなりえているようです。マグニチュードについてはネット上にも解説はありますが、ポイントとなる点を抑えた上で解説したいと思います。
1)マグニチュードって何
マグニチュード(M)は簡単に言えば"地震のエネルギー(E)"を対数で表したもの"です。
logE = 4.8 + 1.5M
ただし、これは厳密にはマグニチュードの起源とは違います。現在の地震学の基礎が確立する以前(1960年代以前)の大昔では、地震の大きさをどう表現するかは非常に大きな問題でした。地震の大きさの指標の一つに"震度"がありますが、当然ながらこれだと場所によって違います。震源から遠くなるほど震度は当然小さくなる。逆に言うと地震からの距離がわかればある程度地震のエネルギーは距離に応じて小さくなるだから、地震が発生した場所から一定の距離の地震計の"揺れ幅"で地震の大きさそのものを表現しよう、というのがそもそものマグニチュードの起こりです。少し前まで海外の報道でよく使われていた"リヒタースケール"と呼ばれるマグニチュード(Ml)の計算は振幅と震源までの距離を考慮にいれて算出されていました。
Ml = logA + 2.76log∆-2.48
これがスタートです。
振幅は距離に応じて小さくなるはずだから、それで地震の規模を定義しようというのがマグニチュードの最初の定義。
2)気象庁マグニチュードとモーメントマグニチュード
"地震のエネルギーは距離が長くなるにつれて小さくなる"、だから振幅でマグニチュードを算出するというのは自然なやり方でした。しかし、この方法には致命的な欠点がありました。巨大地震(>M8)の場合、マグニチュードが正確に表現できない*1
60年代以降、地震学の発達によって放出された"エネルギー"やそれに関する値(断層の大きさ、すべり量 etc.)を直接計算することができるようになりました。ところがそうして得られた量が、特に巨大地震になった場合、地震の大きさを表現するはずのマグニチュードと対応しない、マグニチュードが一定の値以上は大きくならないということが分かってきました。一口に地震波といってもいろいろな周期の波を含んでいるのですが、決まった周期(気象庁の場合5〜6秒)の波の振幅でマグニチュードを計算すると、長い周期の揺れが考慮できない(厳密に言うと少し違うのですが、ここではイメージだけ理解してください)ので、巨大地震の場合、マグニチュードの値がある程度までで止まってしてしまうのです。
地震の規模を示すパラメータと振幅から決めたマグニチュードが、巨大地震の場合一致しない。
この問題を解決するため(実際には数多くの地震学者の貢献があるのですが、ここでは省略)、1977年、カリフォルニア工科大学の金森博雄先生(現カリフォルニア工科大学名誉教授)は"地震で放出されたひずみエネルギーの対数をとったら、どれだけ大きな地震でもマグニチュード(Mw)として正確に表現できる"と提案しました*2。当時M8.5程度が限界だった地震のマグニチュードを再計算した結果、最大の地震は1960のチリ地震のMw9.5であることがわかりました。この地震は日本でも三陸地方で津波の被害がでた地震として記憶されています。
金森博雄先生はこの業績を始めとした地震学への多大な貢献を評価され、京都賞を受賞されました。
後にひずみエネルギーが地震モーメントという断層の大きさ、滑り量、そして硬さで表現される値とほぼ対応することが示され*3、その後この値を
と呼ぶことになりました。少し前まではモーメントマグニチュードを算出するのに時間がかかっていたのですが、現在ではすぐに求まるようになっています。そういう訳で、マグニチュードは基本的には地震で滑った断層の規模に比例します。例えばマグニチュード7だったら数十km、8なら100km程度といったようにです。今回の地震で滑った断層の領域は500450km×200km*4でした。
気象庁では
1) 過去の記録との一貫性
2)モーメントマグニチュードとほぼ対応している
3)日本の場合、地震発生直後の速報が可能であり、そのニーズも大きい
以上の事情から、"気象庁マグニチュード"という振幅を基準とした独自基準のマグニチュードを用いています。
大きめの地震については変位記録という、地表面が動いた量(AnとAe、単位はm)を元にしたマグニチュードを使っています。
Md = 1/2×log(An^2+Ae^2) +βd(Δ,H) + Cd
βdは、震央距離(Δ)と震源深度(H)の関数。Cd は補正係数。
小さめの地震については速度振幅という地表面が動いた速度(Az、単位は10^−5m/s)によって算出されたマグニチュードを用いています。
Mv = α×log(Az)+ βv(Δ,H)+ Cv
βvは、震央距離(Δ)と震源深度(H)の関数。Cvは補正係数。
どちらの値も計算できる大きさのマグニチュードについては整合性がとれるようになっています。ただし、このやりかたでも、やはり、M8.5以上の地震を正確に表現できません。人づての情報ですが、現在巨大地震については既に気象庁もモーメントマグニチュードで発表するように決めていたようです。何故なら、繰り返しになりますが、気象庁マグニチュードではもう正確に算出出来ない規模だから。今までの地震はどうだったのだというかたもいらっしゃるかもしれません。しかし、このM8後半というのは日本で過去発生したことのない規模の地震だったのです(最大は昭和三陸地震のMw8.4)。また、USGSのサイトを見ると、M8.5より大きい地震は過去百年で数えるほど(世界で十年に一度程度)でしかないことがわかると思います。今回の地震は、被害の大きさでも、地震の大きさでも、本当に未曽有の大災害だったのです。
尚、一昔前は海外での報道は気象庁のマグニチュードと似た"リヒタースケール"と呼ばれるマグニチュードで報道していました。しかし、このやり方だと当然巨大地震は表現できないので、現在では基本的には*5USGSが公式発表したモーメントマグニチュードを使用するようになっているようです。
3)今回の発表値
地震の場合速報でいち早く情報を伝える必要があることから、マグニチュードや震度の見積もりは限られた数のデータをつかいます。データが多いほうが正確な値になるので、その結果値が変化することになります。最終的な値を発表するまでにはさらに時間がかかります。
今回の地震発生時の気象庁の速報値は7.9位でした。その後計算のやり直しでM8.4になりました。その後再計算で値は8.8になっています。気象庁のプレスリリースをみると少なくともこの時点(M8.8発表の時点)で既にモーメントマグニチュードに切り替えたようです。さらに、地震が複数の断層が連続して動いているということから直後の地震も一つの地震とみなして9.0(つまり倍の値)となっています*6。
USGS(アメリカ地質調査所)は気象庁とは別の海外のデータを使っているのですが、こちらはかなり早い時点(気象庁がまだ8.4と発表していた時点)でMw8.8としていました。こちらも後でMw9.0となっています。
USGSの公式発表
http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/eqinthenews/2011/usc0001xgp/
以下発表の値が度々変わる理由について"気象庁によるQ&A"より抜粋します。
報道発表資料で震源の位置やマグニチュードの値などに「速報値」もしくは「暫定値」という表現が用いられていますが、この違いは何ですか?
「速報値」とは、地震情報や津波警報・注意報など地震発生直後に発表される情報に用いられる値のことです。 地震発生時には、国民の皆様に速やかに情報をお伝えする必要があるため、 「速報値」の計算には限られた地震観測点のデータを使用しています。
「暫定値」とは、「速報値」よりも数多くの地震観測点のデータを使用して計算された値のことです。 データの数が増えるため、「速報値」よりも震源の位置やマグニチュードの精度は上がりますが、 処理に時間がかかり、通常は地震が発生した日の翌日に更新されます。
ただし、規模の大きな地震が発生した場合は、地震情報などで「速報値」を発表した後、 速やかに「暫定値」の計算を行い、報道発表資料などで「暫定値」を発表することとしています。
後日、「暫定値」についてさらに精査を行い、値を最終確定します。 その結果は「気象庁地震・火山月報(カタログ編)」に収録されます。
4)まとめ
モーメントマグニチュードは、当時地震を適切に定義、理解する過程で達成された地震学の金字塔でした。地震学者ならこの重要な事実は誰でも知っていることですし、教科書には必ず載っている事です。物理的な意味が明確なマグニチュードは"モーメントマグニチュード"であり、巨大地震の規模を正確に表現できる尺度はこれしかない。この事実をご理解いただければと思います。
一方日本では世界でも希な非常に早い段階での速報が可能な観測体制が敷かれていることから、気象庁マグニチュードを使い続けています。ただし、振幅を基準にするやりかたは今回のような規模の地震では使えないのです。可能なかぎり正しい情報をできるだけ早く伝達する気象庁の社会的責任から今回のように発表した値の計算方法が違うようなことになったのです。別に何かを隠蔽しているわけではありません。
今回の気象庁の発表について、自説を主張するためにこうした事実をきちんと説明しない地震学者がいるという話を聞いています。以上のことを地震をよく知らない人が誤解してしまう可能性は十分あるし、その点は改善されるべきだと思います。ただし、もし仮に地震学者が以上の事実を説明しなかったら、それは許されることではありません。主義主張は別に違っていいと思いますが、虚偽の事実に基づいた主張は、結局いくら主張そのものが正しくても、社会を動かす力とはなりえないのです。
もっと詳しく知りたい方は以下のサイトをご覧になってください。
気象庁地震津波解説ページ 教科書みたいに非常にわかりやすい。
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jishin.html
東京大学地震学研究所アウトリーチ室 非常にとっつきやすい
http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/charade/magnitude/
気象庁 CMT解について 解析方法がまとまっています。
http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/mech/kaisetu/cmt_kaisetu.html
気象庁 津波警報・注意報の改善に関する最近の取り組み
地震データの公表や津波警報の出し方の詳細がよくわかります。
http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/know/tsunami/newmethod.html
強震動の基礎 かなり詳しい説明が網羅的
http://www.k-net.bosai.go.jp/k-net/gk/publication/1/I-3.2.1.html
おまけ
東北地方太平洋沖地震科学データ特集
名古屋大学のグループによる解析
http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/INFO/tohoku20110311/index.html
静岡大学のグループによる解析
http://www.shizuoka.ac.jp/~geo/TPEarthquake/TPEarthquake.html
*1:専門用語では"飽和"といいます。
*2:Kanamori, H. (1977), The energy release in great earthquakes, Journal of Geophysical Research, 82(20), 2981-2987.
*3:Hanks, T. C., and H. Kanamori (1979), A moment magnitude scale, Journal of Geophysical Research, 84(B5), 2348-2350.
*5:モーメントマグニチュードでは小さい地震のマグニチュードは表現できないので、小規模の地震ではリヒタースケールを使って報道することもあるようです。