今回のテーマである「心身症」という言葉は、1982年に起きた羽田沖での飛行機の墜落事故がきっかけで有名になりました。この事故を起こした機長が心身症にかかっていたという話題が新聞紙上をにぎわしたのです。

 この「心身症」という言葉は特定の病気を指すものではなく、「ストレスが大きく影響している身体の症状や病気」の総称です。身体の症状や病気の中で、ストレスによって悪化するものがある程度含まれるわけです。

 1988年に、ストレスは人に影響を与え、心身の反応を起こし、それが度を越すと、メンタルヘルス不調に陥ったり、問題行動に走ったりするという理論が米国の労働安全衛生研究所によって明らかにされました。これを「職業性ストレスモデル」といいます。この理論の下では、ストレスがメンタルヘルス不調や問題行動を起こさなくても、身体の病気を生じてしまう場合があると示されています。これも「心身症」のことを意味していると考えられます。

 ストレスを受けたとき、肉体的にも精神的にも人体はそれに打ち勝とうと反応します。ストレスによって体内に分泌されるホルモンの働きによって、各臓器はストレスを乗り越える準備をしたり、その活動レベルを変化させたりします。野生の環境においてストレスがかかる状況は、生きるか死ぬかという場面に相当しますから、これらは合理的な反応です。野生の時代には、ストレスがかかる状況の結果は瞬時に決まっていたはずです。

 ところが現代では食うか食われるかと言うことはまず無いものの、精神的なストレスは昼夜を問わず、継続的に生じます。打ち勝とうとする反応が出すぎたまま何日も経過すると、やがて各臓器のバランスが徐々に崩れて、症状を感じることがあります。それが高じて病気になったり、持病が悪化したりするのです。

捕まった泥棒が胃潰瘍になることも

 「心身症」は、性格によってかかりやすい人がいるといわれています。自分の感情の動きに鈍感で、自身の環境や周りの変化に無理にでも合わせようとするような「過剰適応」タイプに多いとされています。我慢強い人と言ってもよいかもしれません。メンタルな面の訴えをしにくい人に、身体の症状が出やすいのではないかとも考えられます。

 「心身症」の中で典型的なものに胃潰瘍があります。私が医学生だった頃、内科の講義があって、泥棒として逃げたけれども捕まった犯人の胃の内視鏡写真が示されていました。その時に教授が「いわゆるストレスによる急性の胃潰瘍だな」と説明していたのを思い出します。そこには出血を伴う大きな胃潰瘍が映っていました。

 心身症の専門科は「心療内科」です。内科の病気の診断や治療において、精神的なストレスを考慮する必要がある場合を特に専門としています。

 胃潰瘍のほかに腰痛症や狭心症、頭痛、気管支喘息などが、心身症に含まれうる病気です。いずれもストレスによってその症状がより強く感じられたり、病状が悪化したりする性質を有しています。ただしこれらの病気はストレス以外の理由からも生じるので、これらの病気を発病したからといって直ちに心身症と決め付けないよう注意が必要です。

 とはいえ職場でこれらの病気が繰り返し起きたり悪化したりした場合には、産業医や主治医に相談し、ストレスによって影響を受ける「心身症」の観点からも検討してもらうことが有効ではないでしょうか。

亀田 高志(かめだ たかし)氏
産業医大ソリューションズ 代表取締役・医師
亀田高志氏写真 1991年産業医科大学卒業後、NKK(現JFEスチール)、日本アイ・ビー・エムの産業医、IBMアジア・パシフィックの産業保健プログラムマネージャー、産業医科大学産業医実務研修センター講師を経て、2006年10月、産業医科大学による産業医大ソリューションズ設立に伴い現職。職場の健康管理対策を専門とし、専属産業医、医科大学教員、ベンチャー企業経営の経験を生かし企業に対するコンサルティングサービスと研修講師を手がける。メンタルヘルス相談機関であるEAP(従業員支援プログラム)の活用にも詳しい。
産業医大ソリューションズのホームページ:
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