千葉大学は、日本原子力研究開発機構(JAEA)、学習院大学の協力を得て、微生物が生産する酵素「ラッカーゼ」が、土壌中を移行しやすい「ヨウ化物イオン」を酸化して土壌有機物と結合させ、安定化することを見出したと発表した。

成果は、千葉大 大学院 園芸学研究科 応用生命化学領域の天知誠吾准教授、同・研究科の坂本一憲教授、JAEA先端基礎研究センターの大貫敏彦上級研究主席、学習院大理学部の村松康行教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、11月29日付けでアメリカ化学会発行の「Environmental Science & Technology」オンライン版で公開された。

放射性ヨウ素は福島第一原子力発電所事故により東日本の各地に降下した。降下した放射性ヨウ素のほとんどは半減期が8日間と短めの「ヨウ素-131」であり、現在はほとんどが減衰している。

しかし、きわめて少量だが半減期が1600万年と長い「ヨウ素-129」も同時に放出され、現在も環境中に存在している状況だ。そのため、ヨウ素-129の土壌中での動態を調べることは、今では測定できないヨウ素-131降下量の推定並びに長期的な環境影響を明らかにするために重要である。

水に溶けたヨウ素は陰イオン形であることから、セシウムとは異なり土壌に吸着されにくい。このため、放射性ヨウ素が地下水と共に移行することが懸念されていた。研究グループは今回、ヨウ素の土壌吸着に与える「ラッカーゼ」の影響について調べるため、放射性ヨウ素-125を用いた実験を実施。その結果、4つの結果が得られた。

なおラッカーゼとは、土壌中で「リグニン」をはじめとするポリフェノール類を分解する酵素として知られる物質だ。

1つ目は、土壌中ラッカーゼの活性に影響を与える種々の処理を施したところ、それに伴って土壌のヨウ素吸着能(分配係数で評価)も同期して影響を受けることが判明。また、両者の間には有意な正の相関性が認められた。

2つ目は、土壌に微生物由来のラッカーゼを添加すると、ヨウ素吸着能が顕著に促進することがわかったのである。

そして3つ目は、土壌をオートクレーブ滅菌するとヨウ素の吸着能が失われるが、ここに微生物由来のラッカーゼを添加すると、吸着能が一部復帰することが確認された。

最後の4つ目は、ラッカーゼとヨウ化物イオンを添加した土壌中ヨウ素の化学状態をSPring-8で調べたところ、有機物に結合したヨウ素に変化していたのである(画像1)。ラッカーゼにより元素ヨウ素あるいは「次亜ヨウ素酸」に酸化されたヨウ素は、腐植質など土壌中の有機物と容易に結合し、有機ヨウ素として安定化すると考えられるという。

画像1は、土壌にラッカーゼとヨウ化物イオンを添加して一定時間培養した後、ヨウ素の化学状態を大型放射光施設SPring-8にて調べた結果。その結果、土壌中のヨウ素のスペクトル(赤線)は、添加したヨウ化物(青線)ではなく、有機物と結合したヨウ素のスペクトル(オレンジ線)と一致した。

以上の結果より、雨水などと共に地表に加わったヨウ素(ヨウ化物イオン)は、微生物の持つラッカーゼの作用により酸化され、有機物に結合したヨウ素として土壌中で安定化することが明らかになった(画像2)。

画像2は、放射性ヨウ素の有機物への結合と土壌中での安定化の模式図。微生物ラッカーゼによるヨウ素の酸化反応は、放射性ヨウ素の有機物への結合と土壌中での安定化に寄与していることがわかった。

雨水などと共に地表へ達した放射性ヨウ素は、微生物の生産するラッカーゼによって元素ヨウ素(I2)または次亜ヨウ素酸(IOH)へと酸化される。これら酸化型ヨウ素は腐植質などの有機物と容易に結合する。有機物と結合したヨウ素は土壌中で安定化するため、農作物や地下水へ移行しにくい。

画像1。土壌にラッカーゼとヨウ化物イオンを添加して一定時間培養した後、ヨウ素の化学状態を大型放射光施設SPring-8にて調べた結果

画像2。放射性ヨウ素の有機物への結合と土壌中での安定化の模式図

福島原発事故により放出された放射性ヨウ素-129の沈着量が多い地域では、今後の環境中での移行を評価することが大切だ。この研究から、雨などに溶け地表に加わったヨウ素(ヨウ化物イオン)は微生物の作用により化学形態が変化し、日本の代表的な土壌である黒ボク土に結合し、濃縮される可能性が高いことが明らかになった。このようなヨウ素の安定化は、地下水や農作物への放射性ヨウ素の移行を遅らせる働きがあると考えられるとしている。