首都大准教授、諭旨解雇に

世間を騒がせた首都大学東京の学生による「ドブスを守る会」騒動ですが、とうとう指導教官が諭旨解雇されてしまったそうです。
Yomiuri Onlineによれば、

 首都大学東京(東京都日野市)の学生が「ドブス写真集を作る」などと言って女性に無断で動画を撮影し、インターネット上に投稿していた問題で、大学側は6日、動画を作った学生2人(退学処分)のゼミを担当していたシステムデザイン学部の男性准教授(43)を諭旨解雇処分にした。

 首都大によると、学生2人は問題の動画を大学の卒業制作として撮影。指導を担当していた准教授は動画を見た際、不特定多数の人に見られないようネットへの投稿は止めるよう指示する一方、「作品は動画よりも写真集として仕上げた方がよい」などと制作の継続を容認する指導をしたという。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100706-OYT1T00878.htm

asahi.comではこう報じられています。

 首都大学東京(本部・東京都八王子市)の男子学生2人が「ドブスを守る会」と称して街頭の女性を撮影し、動画投稿サイトに無断投稿して退学処分になった問題で、同大は6日、2人のゼミの指導教官だった男性准教授(43)を諭旨解雇処分とした。
 准教授は映像の内容を知りながらやめさせず、大学の調査に対しても当初は「映像は見ていなかった」とうそをついていたという。同大は「学生に対する不適切な指導が大学の信用を失墜させる行為にあたる」とし、調査にうそをついたことと合わせて就業規則に抵触し、諭旨解雇が相当と判断したとしている。
 同大によると、准教授は6月上旬、学生が卒業制作の候補として準備中だったこの映像をゼミの時間に見たという。その際、准教授はサイトへの投稿はやめるように言ったが、制作自体はやめさせなかったという。
http://www.asahi.com/national/update/0706/TKY201007060461.html

首都大の公式発表ではこう説明されています。

2 処分等事由
(1)【諭旨解雇】
・平成22年6月に、自らのゼミにおいて、先般退学処分とした学生が卒業制作に関連して作成した映像を視聴した際、その内容の不適切さを認識し、当該学生が企図したインターネット上の動画サイトへの投稿については制止の指示をしたものの、製作の継続については容認するかのような発言を行うなど、その教育指導が不十分であった。
その結果、本学の社会的信用の著しい失墜など、重大な事態を招いた。
・今回の不適切な映像についての問題発覚後、上記の経緯と異なる虚偽の報告を行った。
http://www.tmu.ac.jp/assets/files/press/press_100706.pdf

当地では本日の予想最高気温は摂氏33°とのことなのでさすが首大という寒いネタもご容赦いただきたいところではありますが、それにしてもこれで解雇ですかこれで。
さて、首都大のサイトには教職員就業規則が掲載されていて(これはなかなか立派な姿勢だと思う)、次のように規定されています。

第3章 服務規律

(信用失墜行為等の禁止)
第32条 教職員は、次に掲げる行為をしてはならない。
(1)法人の名誉若しくは信用を失墜させる行為
(2)法人の秩序及び規律を乱す行為

第9章 懲戒処分等

(懲戒の事由)
第47条 教職員の行為が次の各号の一に該当する場合には、懲戒に処することができる。
(1)この規則及びその他法人規則等に違反したとき。
(2)職務上の義務に違反し、又は職務を怠ったとき。
(3)法令違反その他法人の教職員としてふさわしくない非行があったとき。
(4)故意又は重大な過失により法人に損害を与えたとき。

(懲戒)
第48条 懲戒は、戒告、減給、停職、諭旨解雇又は懲戒解雇の区分によるものとする。
(1)戒告 将来を戒める。
(2)減給 1回の額が労基法第12条に定める平均賃金の1日分の2分の1を超えず、その総額が一給与支給期における給与の総額の10分の1を超えない額を給与から減ずる。
(3)停職 1日以上6月以下、勤務を停止し、職務に従事させず、その間の給与を支給しない。
(4)諭旨解雇 退職届の提出を勧告し、これに応じない場合には、30日前に予告して、若しくは30日の平均賃金を支払って解雇し、又は予告期間を設けないで即時に解雇する。
(5)懲戒解雇 予告期間を設けることなく即時に解雇する。

(職員の懲戒に係る手続)
第51条 職員の懲戒に係る手続については、別に定める公立大学法人首都大学東京職員の懲戒手続に関する規則(平成17年法人規則第143号)による。
http://www.tmu.ac.jp/assets/files/teikan_kisoku/17-021_21.pdf

なぜか「教員の懲戒に係る手続」の定めがないのですが、実際には教員の懲戒手続に関する規則もきちんと作られていますので、ここが職員だけになっているのはたぶん単なるチョンボでしょう。その「公立大学法人首都大学東京教員の懲戒手続に関する規則」(平成17年法人規則第141号)をみると、こうなっています。

(懲戒の事由)
第3条 懲戒の事由は、別表に定めるとおりとする。

第8条 教員選考委員会及び人事委員会等は、次に掲げる事項を総合的に考慮のうえ量定等の案を決定するものとする。
(1)規律違反行為の動機、態様及び結果
(2)故意又は過失の程度
(3)規律違反行為を行った教員の職責及びその職責と規律違反行為との関係
(4)他の教職員及び社会に与える影響
(5)過去の規律違反行為の有無
(6)日頃の勤務態度や規律違反行為後の対応

別 表(第3条関係)

1.一般服務関連

(6) 虚偽申告 事実を捏造して虚偽の報告を行ったとき。

(11) 規則・規程違反 法人の規則・規程等に違反した場合。
http://www.tmu.ac.jp/assets/files/teikan_kisoku/17-141_21.pdf

懲戒事由と処分内容とがひも付けされておらず*1、あれこれを「総合的に考慮のうえ」処分を決定するということのようです。
さて、首都大は懲戒の事由として「インターネット上の動画サイトへの投稿については制止の指示をしたものの、製作の継続については容認するかのような発言を行うなど、その教育指導が不十分であった…結果、本学の社会的信用の著しい失墜など、重大な事態を招いた」ことと「上記の経緯と異なる虚偽の報告を行った」ことをあげていますが、諭旨退職が相当であると考えるためには、まずは今回の准教授の行為が懲戒事由に本当に該当するのかどうか、該当するとして諭旨退職という処分の重さが相当がどうかをみてみる必要があるでしょう。
まず、読売によれは准教授は「不特定多数の人に見られないようネットへの投稿は止めるよう指示」していたとのことです。この指示自体はまったく適切なもので、仮に学生が准教授の指導どおりにしていればこれら動画が公衆の目に触れることはなく、したがって大学の信用を失墜させることもなかったはずでしょう。准教授が「製作の継続については容認するかのような発言」をしたとしても、「写真集にするなら製作を続けることも容認するような」発言をしていたわけですから、大学の「社会的信用の著しい失墜」を招かないような指導がされていたことは認めざるを得ないように思われます。結果として指導に従わなかったということは指導が不十分だということだ、という理屈かもしれませんが、しかし学生が指導を無視して投稿することを直接的に止める手段はないと考えるしかありません。「不可」をつけるとか学則によってそれこそ退学にするとかの事後的なペナルティを与えると警告することで間接的に止める方法はなくはありませんが、教員の指示に逆らえば相応の見返りがあるだろうことは学生にも当然意識されているはずで、そこまでやらなければ「指導が不十分」だというのも無理があるでしょう*2。あるいは、大学としては学生が指導に従わないリスクを考慮して製作そのものをやめさせるべきだったとの考えなのかもしれませんが、しかしその理屈だと「学生が個人情報の回答を求めるアンケート調査を実施しようとした際には、学生が指導教員の指導を無視して個人情報を公開してしまうリスクがあるから、アンケート自体をやめさせるのが十分な指導である」ということにもなりかねません(まあ事情はちょっと違いますけどね)。こう考えると、今回のケースでは准教授の「教育指導が不十分であった…結果、本学の社会的信用の著しい失墜など、重大な事態を招いた」と言えるかどうかははなはだ疑問だと申せましょう。
いっぽう、「虚偽の報告を行った」については、朝日によれば当初は「映像は見ていなかった」とうそをついていた、ということですから、一応は懲戒事由に該当するということはできそうです。
次に諭旨退職という処分の重さが適当かどうかということになります。規則上は諭旨解雇は懲戒解雇に次ぐ2番めに重い処分ですが、履歴書に依願退職と書けるといった形式面を除けば、実質的にはこの両者の差はせいぜい「退職金くらいは払ってやる」程度の違いしかありません。首都大は給与規則も退職金規則も公開しているのですが(偉いものだ)、それから推測するにこの准教授が受け取る退職金は数十万円というところでしょう。いずれにしても「クビ」であるには違いなく、非常な厳罰といえます。
そこで今回の准教授の行為がこのような厳罰に値するようなものかどうかですが、もちろん卒業制作は教員の指導下で、ある程度は教員と学生が共同で行うという性質を持つものであることは事実だろうと思います。とはいえ、首都大も准教授が学生と共同で今回騒ぎを起こしたとまでは言っていません。准教授はこれを提案したとか推奨したとかではなく、せいぜい「動画サイトへの投稿については制止の指示をしたものの、製作の継続については容認するかのような発言を行」った程度ですから、さすがに准教授が学生と共同でこれを行ったとはいえない*3でしょう。いっぽうで、指導教員と学生の関係を考えればたしかに一定の監督責任・連帯責任は免れない*4だろうとも思われますので、あとは程度の問題ということになります。
まず懲戒事由の第一の「教育指導が不十分であった…結果、本学の社会的信用の著しい失墜など、重大な事態を招いた」については、上で書いたようにそもそも本当に不十分だったといえるかどうかがかなり疑わしいわけではありますが、仮に不十分であった、製作自体を止めさせなければ十分ではなかったとするにしても、「やめておけ」と指導したのに学生がやってしまったという経緯にはまことに同情すべきものがあり、おおいに酌量すべき情状のように思われます。
また、今回の騒動が首都大の「名誉若しくは信用を失墜させ」たことは間違いないでしょうが、それがどの程度のものかという問題は別にあります。もちろん迷惑を被った方々の被害は甚大ではありますが、この騒動に対する世間の大方の受けとめは「勘違いしたおかしな学生たちの不始末」というもので、彼らが在学していた首都大に対して非常にけしからんから学長が責任をとって辞任しろとか、全学で活動休止して謹慎しろとか、硬式野球部*5が秋のリーグを出場辞退しろとかいう話にはなっていないことも事実です。これが動画投稿を制止していた指導教員を解雇するほどの重大な結果かどうかも議論があるでしょう。
次に第二の懲戒事由である「虚偽の報告を行った」については、上にも書いたように当初は「映像は見ていなかった」と言っていたということですから、とりあえずは無駄な言い逃れを試みてみたレベルだと考えていいでしょう。これがあくまで学生をかばって正当な行動だと言い張り続けているというのならともかく、現在では事実関係を認めて反省しているのであれば、全体的にはむしろ処分を軽くする情状ではないかと思われます。少なくともこれを諭旨解雇にまで処分を重くする情状とするのは無理だろうと思います。
ということで、容易に判明する事実だけから考えると、この准教授に対する諭旨退職処分は失当である可能性が高いように思われます。というかもう労働法学者とか誰か止めてあげる人はいなかったのか、でもそういえば首都大は例のゴタゴタのときに浅倉先生も米津先生もよそへ移ってしまったからひょっとして労働法の先生がいないのかなあ、まさかねえと思ったら土田門下の天野晋介先生がいらっしゃいました。天野先生はたしか30歳そこそこの若い先生だったと思いますので大学上層部を止めるのは難しかったのかなあ。
まあ、他に表に出ていない事情もあるのかもしれませんし、准教授の専攻分野からしてあまりゴタゴタを起こすのは格好悪いという事情もあるかもしれませんが、それにしても一度労働審判などを検討されることをおすすめしたいと思います。

*1:これはこれで罪刑法定主義の見地からいかがなものかという感はあります。

*2:しかも、それでもやる奴はやるわけですし。

*3:逆に、共同で行ったといえるのであれば、教職員就業規則の第32条(信用失墜行為等の禁止)を使って懲戒可能でしょう。

*4:学生とはいっても立派な成人であることも事実ではありますが、指導教員と学生では力関係が明らかなので。

*5:首都大硬式野球部は東京新大学の2部で、春季リーグでは2位で惜しくも入替戦出場を逃しました。