「一に練習、ニに練習」と言われた経験をお持ちの方もいるでしょう。では、練習を積み重ねると脳にはどんな変化が生まれるのでしょうか。新しいことを学んでいるとき、脳では一体何が起こっているのでしょう。ソーシャルシェアリングを手がけるBufferが詳しく調査しています。

学習すると脳内の配線が組み換わる

新しいスキルを身につけようとするとき、脳の非常に深いところで配線の組み換えが行われます。Ruby on Railsを使ったアプリケーション開発、電話によるカスタマーサポートの提供、チェスのゲーム、側転の練習など、どんな場合でもそれは同じです。脳の可塑性が驚くほど高いことは科学的に証明されています。

脳は25歳で「硬直」してしまい、そのまま一生を終えるわけではないのです。言語習得をはじめとして、大人より子どもの方が優れた学習能力を発揮する場合もあります。しかし、ある程度の年齢になっても脳神経回路を大きく活性化できることは多くの研究で明らかになっています。

人が行動をおこす際は、それが何にせよ、脳のさまざまな部位を活性化させなくてはなりません。語学学習エクササイズと満足感食生活の観点からすでに紹介した通り、人間の脳は、運動機能、視覚および聴覚処理、音声言語機能などを含んだ一連の複雑な活動を連係させています。

新しいことに挑戦するとき、はじめのうちはぎこちなく、なかなかうまくいきません。しかし、練習を重ねるにつれ、より円滑に、より自然に、より余裕をもって行えるようになります。練習は、髄鞘化と呼ばれるプロセスを通じて、脳がこの連係プレーを最も的確に行えるよう手助けしているのです。

神経信号の働き

ここで、神経科学の基本について少しお話ししましょう。ニューロンとは、脳を構成している基本的な細胞です。

ひとつのニューロンは、他のニューロンから信号を受け取る樹状突起、受け取った信号を処理する細胞体、他のニューロンの樹状突起と信号をやりとりするために外に長く伸びた「ケーブル」状の軸索からできています。

脳の部位が互いに信号のやりとりを交わして連係プレーを行うとき、ニューロンは神経インパルス、つまり電気信号を発し、その信号が軸索を伝って連係している次のニューロンに伝えられていくのです。

ニューロン

ドミノが整然と並べられている状態を思い浮かべてください。ニューロンが信号を放つのは、一列に並んだドミノの最初のピースを倒すのと同じです。神経信号はニューロンからニューロンへ次々と伝えられ、最終目的地にたどり着くまで続きます。この現象はしかも、驚くべき速さで起こっています。

髄鞘化により神経信号の伝達スピードが向上する

脳を「灰白質」と呼ぶことがあります。外から見た脳は大部分が灰色だからです。神経細胞体の色も同じく灰色です。しかし、人間の脳には「白質」もあり、全体の約50パーセントを占めています。この白い物質は、ニューロンから伸びる長い軸索の大部分を覆う脂肪質の組織、髄鞘です。

科学者によると、髄鞘化によって神経インパルスの伝導スピードと強度が大幅に向上するそうです。薄い脂肪膜である髄鞘は電気を通さないため、髄鞘と髄鞘にある間のすき間からすき間へと電気信号が跳躍的に伝わるからです。

髄鞘を成長させるには

では、軸索を髄鞘で包み込むにはどうすればいいのでしょうか。

まず、多くの髄鞘化は自然に、大半は幼い時期に起こります。子どもは、周囲の世界や自分についての知識をどんどん吸収しながら髄鞘を作り出す装置のようなものです。年をとっても髄鞘化はおきますが、スピードは落ち、努力が必要になります。

科学者たちは、脳内に存在する2種類のグリア細胞(神経膠細胞)が新しい髄鞘を生み出す役割を担っていると考えています。

ひとつは、軸索の活動をモニターするアストロサイト(星状膠細胞)。もうひとつは、軸索を包み込む髄鞘を作り出すオリゴデンドロサイト(乏突起膠細胞)です。特定の軸索から繰り返し大量に発せられる信号が引き金となって星状膠細胞が化学物質を分泌し、乏突起膠細胞はその化学物質による刺激を受けて髄鞘を形成します。

というわけで、単語を何度も書いて覚えたり、バスケのジャンプシュートを練習したり、シューティングゲーム「Call of Duty」をプレーしたりするとき、脳内ではニューロンを伝わる電気信号が一定のパターンを描きます。やがて、2種類のグリア細胞の働きにより軸索が髄鞘化され、信号の伝導スピードと強度が向上するのです。ダイヤルアップ回線からブロードバンドに変わるような感じですね。

裏付け

髄鞘がニューロンの機能を向上させることがどうやってわかったのでしょうか。

実のところ、きっちりと証明するのは困難です。確実に言えるのは、髄鞘化が神経インパルスのスピードと強度を向上させるということです。実際それが学習の手助けとなっているようですが、確かなことはわかりません。とは言っても、倫理的にも法律的にも問題がありますから、誰かの脳を切り開いて髄鞘を直接調べてみるわけにもいかないわけです。

ただ、音楽家の脳の断層写真から、説得力のある証拠が見つかっています。プロのピアニストが幼少期から思春期にいたるまで費やしたと推測される練習量と、指の運動能力や視覚および聴覚処理の中枢などに関わる脳領域の白質密度が直接的な相関関係を持つことが示されたのです。

髄鞘の機能向上作用をさらに裏づける強力な証拠がもうひとつ。それは、脱髄(髄鞘が欠損すること)したときに起こる症状です。脱髄は、多発性硬化症をはじめとして、指先の運動障害や視界障害、直腸膀胱障害のほか、全身の脱力感や倦怠感を引き起こす神経変性病疾患の要因として広く知られています。このことから、髄鞘は脳と身体のをうまく機能させる上で重要な役割を負っていることがわかります。

練習は量だけでなく、質も大事

髄鞘の役割をしっかりと認識すれば、スキルを向上させるためには練習の量だけでなく、練習の質もまた重要であることが見えてきます。

創造性の科学では、ぼんやりする時間の大切さや、次々とがむしゃらにタスクに取り組んではいけない理由を述べていますが、それと同じように、質に重点を置いた練習も大切です。

筆者が幼いころに指導を受けた体操の先生は、ちょっとひねりをきかせたアドバイスを口にしていました。「一に完璧な練習、ニに完璧な練習」だと。投げやりな練習をし、間違いを直さなければ、役に立たない電気信号のスピードと強度が向上され、そのままの状態で軸索が髄鞘に覆われてしまいます。

時間をかけて技術に磨きをかければ、髄鞘化を通じて、神経経路が足並みを揃えて機能するようになります。パフォーマンス向上を目指すなら、たくさんのフィードバックを基にした正しい練習を頻繁に行うことが必要です。

Why practice actually makes perfect: How to rewire your brain for better performance| Buffer

Jason Shen(原文/訳:遠藤康子、吉武稔夫/ガリレオ)

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