摩擦回避か生産性重視か。コミュニケーションのトレードオフ

何かについて議論する時、コミュニケーションの生産性を優先すべきか、それとも、できる限り摩擦を避けるべきか、というトレードオフが発生します。

たとえば、ランチについて 3人で相談するとき、全員が摩擦を避け、「なんでもいいよ」と自分の好みを言わないまま済ませようとすると、「何を食べに行くか」という結論を出すのに余分な時間がかかります。

一方、ひとりひとりが「オレはなんでもいい」「オレは和食か中華がいい」「オレは和食だけはイヤだ」と自分の主張を明確にすれば、「じゃあ、中華にしよう!」とすぐ結論がでます。


このように、個々人が主張を明確にした方が結論は早くでます。つまり、コミュニケーションの生産性が高くなるのです。

でもこのやり方では、それぞれの意見の違いが明確になるため、それを嫌がる(=できるだけ避けたがる)組織や個人も存在します。

個人や組織の性格によって、どちらを優先すべきかという志向が異なるのです。


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問題は、この優先度が「人や組織によって異なる」ということを、意識していない人がいることです。

そういう人は、自分より生産性重視の人に会うと、「あの人はずいぶんズケズケとモノを言う」と不快に感じるし、

反対に自分より摩擦回避を重視する人に会うと、「何が言いたいのか全然わからない」とか「なんでそんな回りくどい説明をするの??」などとイライラします。


一般的に、外資系、特に米系の金融業やベンチャー企業では「少々摩擦が生じても、生産性を重視すべき」と考える人が多く、保守的な日本の組織では「できる限り摩擦を避けるのが大人の作法」だと考えられています。

だから、日本の大企業から外資系やベンチャーに転職すると、「すごいギスギスした職場だ!」と感じたり、「攻撃的な人が多い・・」と戸惑ったりします。

転職してしばらくは、「この組織は摩擦回避より、生産性を優先する組織なんだ!」と気がつかないからでしょう。


一方、ベンチャーから大組織に転職するなど、反対方向に転職した場合は、「おっとりした会社だな」と感じ、「みんなもうちょっとはっきりモノを言った方がいいのでは?」と感じます。

摩擦を避けようとするあまり議論に時間がかかり過ぎたり、コミュニケーションが不明確になって誤解を生じたり、はたまた、全員が遠慮しすぎて話がこんがらがったりすると、「こんなやり方では、あまりに非効率では?」と思えます。

また、この「コミュニケーションにおける、生産性と摩擦回避の選好度レベル」は国によっても大きく違うので、日本で生まれ育った人がアメリカや中国に移った場合なども、その違いに驚く人がたくさんいます。


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効率がすべてと考える企業では、みんな日頃から「摩擦を避けるな!」と教えられており、それらの組織内コミュニケーションは(摩擦回避型の人から見ると)めちゃくちゃアグレッシブに見えます。

でも本人達はそれを「素早い意思決定ができる効率的で理想的なコミュニケーション方法」だと思っているため、多くの社員が、「自宅で職場と同じような話し方をして、家族を怒らせてしまった・・」という経験をしていたり・・・

家族なら後から関係修復もできますが、会社でやっている生産性重視、摩擦軽視のコミュニケーションを私的関係に持ち込んで、友達関係や恋人関係をぶっ壊してしまう人もいます。


私が長く勤めていた外資系企業でも「摩擦を避けず、最も生産性の高い方法で議論する」のがルールでした。

でもこれを外部の人とのコミュニケーションに持ち込むと、かなりの確率でややこしいことになるので、外の人と話す際にはそれなりに気をつけています。

特に初めて会った人については、相手の「生産性と摩擦回避の選好度合い」を注意深く探りながら、そのレベルに合せて自分のスタイルを調節します。


さらに、相手が極端な摩擦回避型の場合は、「結局、あなたの言いたいことは何?」を探るために、こちら側が頭をフル回転させて想像したり探ったりもします。

それって結構、大変なことなので、そういうことを気にしなくていい人との会話は、めちゃくちゃラクに感じるわけです→ 関連エントリ


いずれにしても、「異なるタイプのコミュニティを経験する」、もしくは「生産性重視の組織や人と、摩擦回避を重視する組織や人がいる」ということを理解するのが大事です。

ひとつのコミュニティしか知らないと、そこで学んだ「摩擦回避の度合いや、生産性重視のレベル」を常識だと思い込み、それ以外のスタイルの人には違和感や嫌悪感を感じたりします。

それは単に「摩擦回避レベルが違うだけ」だと思い至らないからです。


誰でも、初めて社会人になった時に所属してた組織や業界のスタイルを「普通のスタイル」だと思い込みがちです。

でも、もしかするとそれはものすごく極端な場所かもしれないわけで、

自分や、自分が所属する会社、業界が、世間的にみてどれくらい(生産性側、もしくは摩擦回避側に)偏っているのか、一度は意識しておくとよいかと思います。



そんじゃーね。

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