フリーアナウンサーの長谷川豊氏は今、日本で最も嫌われている人物といっても過言ではないだろう。騒動のきっかけは、公式ブログ「本気論 本音論」の9月19日付の記事だった。

 「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」。そんな過激なタイトルの記事を巡り、人工透析患者を中傷しているとしてネット上で“炎上”。それが大きく飛び火し、長谷川氏はテレビ大阪、読売テレビ、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)と出演するすべてのテレビ番組で降板に追い込まれた。ブログが転載されていたネット言論サイト「BLOGOS」のライター陣からも外された。

 ブログが原因ですべての仕事を失うことになった長谷川氏。失敗の代償は余りにも大きい。今回の騒動によって、特定の人物が表舞台から「退場」するまで執拗に攻撃を続けるネット世界の負の面も改めて浮き彫りになった。

 長谷川氏はなぜ人工透析患者に関するブログ記事を書いたのか。炎上必至の過激なタイトルをあえて付けた理由は何か。そして収入ゼロに追い込まれた今、一連の騒動を振り返り、何を思うのか――。本人に直撃インタビューし、ネット炎上問題の真相に迫った。(聞き手は 林 英樹)

<b>長谷川豊(はせがわ・ゆたか)氏</b><br /> 1999年立命館大学産業社会学部卒、フジテレビジョンにアナウンサーとして入社。「情報プレゼンター とくダネ!」など人気番組を担当。その後、ニューヨーク支局に赴任したが、費用の解釈を巡り会社側と対立、2013年に退職した。フリーアナウンサーとしてテレビ大阪の報道番組キャスターなどを務めたが、今回のブログ記事炎上を理由にすべてのテレビ番組を降板した。3人の子供を持つ父親で、ボランティアで子供の貧困問題に取り組んでいる。
長谷川豊(はせがわ・ゆたか)氏
1999年立命館大学産業社会学部卒、フジテレビジョンにアナウンサーとして入社。「情報プレゼンター とくダネ!」など人気番組を担当。その後、ニューヨーク支局に赴任したが、費用の解釈を巡り会社側と対立、2013年に退職した。フリーアナウンサーとしてテレビ大阪の報道番組キャスターなどを務めたが、今回のブログ記事炎上を理由にすべてのテレビ番組を降板した。3人の子供を持つ父親で、ボランティアで子供の貧困問題に取り組んでいる。

公式ブログとテレビで今回の騒動について謝罪しました。具体的に何について謝罪したと理解すればいいのですか。

長谷川豊氏(以下、長谷川):詳しくはブログに書いている通りなのですが、人工透析を受けている患者は今、一番苦しんでいる人たちです。彼らを苦しめてはいけないのに、僕はブログの文章を全部読んだら分かるでしょというスタンスで書いてしまいました。でも微妙な問題ですから、タイトルの言葉の選び方ひとつ、もっと慎重にならなければいけませんでした。

 人工透析患者なんてバカだと長谷川は言っているぞ、人工透析患者は全員自堕落だと言っているぞと。ブログの文章には何回も注釈を打って違うと書いているのに…(編集部注:ブログ記事には公開当初から「本コラムは記事中にもありますように『先天的な遺伝的理由』で人工透析をしている患者さんを罵倒するものでは全くありません。誤解無きようにお願い申し上げます」との注釈が付いていた)。

 とにかくそういう切り取られ方をされる可能性のある文言を使うべきではありませんでした。だからこれは僕の失敗です。

「殺せ」はスラングだった

「そういう切り取られ方をされる可能性のある文言」とは、タイトルの「殺せ」という表現を指しているのですか。

長谷川:その通りです。あの一言ですね。もちろん、本当に殺せと思って書いたわけではありません。あくまで「殺せ」というのはスラング(俗語)で、僕としてはそれぐらいちゃんとしろよと言いたかっただけではあるんですが。

例えば、長谷川さん自身が人工透析患者だったら世間の受け止め方も違っていたのではないかと思います。当事者ではない著名人が「殺せ」と断罪するのは、どうしても上から目線と受け止められ、反発を招いてしまいます。そのことはある程度、事前に予想できたのではないですか。

ここまで騒ぎが大きくなるとは・・・

長谷川:上から目線というのは感情の話なので何をどう頑張っても僕には左右しようがないものです。ただ、あいつ腹が立つなと思いながらもブログを見てもらえるなら良かったんですが。それが狙いだったんですが、失敗しましたね。

 僕はこれまでも過激な表現で言いづらいことを発信してきました。だからネット上である集団から目を付けられていたのですね。あのタイトルの付け方は彼らにおいしすぎる餌を与えたようなものでした。タイトルすらも改ざんされ、拡散されて…。彼らのレッテル貼りと思考停止はいつものことだったので、今回も放っておいたらいいやと思っていたんですが、ここまで騒ぎが大きくなるとは…想定していませんでした。

そもそもなぜ人工透析に関するブログを書こうと思ったのですか。

長谷川:きっかけは読売新聞の朝刊で、医療費が40兆円を超えたという記事を読んだことです。たった1年間で1.5兆円増えた計算になります。これを読んで鳥肌が立ちました。超高齢化社会に突入して、どう努力しても医療費をこれ以上減らすのは難しいのではないかと。

 その後、複数の医療機関を実際に取材したところ、人工透析への支払いが加速度的に増えていることが分かりました。日本の医療制度が限界を迎えていることを示す1つのモデルケースとして、人工透析に対して警鐘を鳴らしたいと思い、あのブログを書いたのです。

 人工透析の患者数は32万人を超えています。その医療費の自己負担は極めて少ない。このままいくと医療制度が破綻することは明らかでしょう。ですが、誰も線引きが必要とは言えない。2008年に麻生太郎副総理が終末期医療に関する発言(「死にたいと思っても生きられる。さっさと死ねるようにしてもらうなど色々と考えないと解決しない」など)で袋叩きに遭ったように、その話題自体がタブーになっているからです。

確かに日本の医療・社会保障制度が限界を迎えているのは間違いありません。ただ、今回のブログに関しては全国腎臓病協議会(全腎協)からも抗議文書が届きました。

長谷川:残念ながらきちんと僕のブログの内容を読んでもらった上での抗議ではありませんでした。

今の医療制度はあまりに雑

 このままいくとどうなるのか。人工透析患者は全員一律で、医療費の3割負担を強いられることになります。全腎協も恐らくそのことは分かっています。原因が分からず苦しんでいる患者と、医者の言うことを聞かずに酒を飲み続ける患者が本当に同じ負担でいいのでしょうか。ここは線を引かなきゃ。運転免許制度では段階を分けて点数が引かれます。駐車違反だったらマイナス2点、悪質な違反だったら一発で免停とか。人工透析ももっと制度を細かく作る必要があるのに、あまりにも雑です。

 こうした問題提起もブログで書こうと考えていましたが、今回の記事で炎上してしまったため、結局最後まで触れることはできませんでした。

炎上の渦中に相手を挑発するようなブログも書きました。あれが余計に油を注ぐ結果になったと思うのですが。

長谷川:良くなかったですね、煽り過ぎました。それも僕が反省をしないといけない点だと考えています。

意図的に煽っていた部分があったのですか。

長谷川:そうですね。意図的に煽ることでエンターテインメントのような見せ方を狙っていたところがあったのだと思います。やっぱり僕はどこまでいってもテレビ屋で、フジテレビのDNAというか、楽しくなければ、面白くなければ発信しちゃダメだと考えているところがどこかにありました。

騒動後、食欲がほとんどなくなったと苦笑いする長谷川豊氏
騒動後、食欲がほとんどなくなったと苦笑いする長谷川豊氏

 真面目に書いた論文なんて誰も読まない。誰も読まない文章は発信していないのと一緒ですよと。僕は無関係の人に関心を持ってもらう努力はすべきだと思っています。サービス精神というか、それが走り過ぎた部分はありました。

これまでは今回の騒動のような大きな失敗はなかったのですか。

長谷川:フジテレビ時代の14年間、そしてフリーになってからの3年半、18年間近くアナウンサーとして正確な日本語を使い続けてきた自負があります。テレビの世界で問題を起こしたことは一度もありません。

閲覧数伸ばすために過激になった

 ですが、ネットの世界は異常です。堀江貴文さんとか、死ね、アホ、バカ、カスと言いまくっているわけですよ。最初は大丈夫なのと思いました。でもフリーになってブログを始め、きちんとした文章を書いていたのですが、閲覧数が全然伸びないんですよ。

今のブログとはトーンが違っていたのですか。

長谷川:公式ブログを2つ作りました。Amebaブログの「長谷川豊アナの夢の日を越えていこう!」は僕の日常生活を書いて、1日に3万~4万ページビューぐらい。ですが、問題になった「本気論 本音論」は乱暴な言葉を使うようになって閲覧数がどんどん増えていきました。

 乱暴な言葉は本音に見えるんですよ。たとえ本音ではなくっても。こちらは少ない日でも10万ページビューはいきます。ここ数日は80万~90万ページビューまで増えました。

今回、ネット上の炎上がテレビ番組の降板につながりました。ネットとテレビを切り分けて考えていたのですか。

長谷川:炎上のメカニズムをきちんと理解していなかったところはありました。入り口にアンチがいて、それに乗っかる拡散力のある人間がいて、後は悪ノリした大衆が便乗する3段階の構図になっています。拡散力のある連中は僕のところに直接文句を言いには来ません。その代わりに弱みを突いていきます。

それはテレビ番組のスポンサーに対する抗議活動ということですか。

長谷川:おっしゃる通りです。僕が出演していたテレビ大阪の「ニュースリアルFRIDAY」のスポンサーは1社だけでした。抗議が押し寄せると、びっくりしてしまい、降板だと。お互いのために「長谷川から降板を申し入れる形にするのはどうか」と持ちかけましたが、取りつく島もなく、「とにかく降板です」と言われました。

 僕の弁護士がスポンサーに対する抗議を仕掛けた人物を特定しましたが、1人で400回以上も電話していることが分かりました。彼に追随する人間も5、6人いるのですが、彼らだけで1000件以上の抗議が来たという演出ができるんですね。そりゃスポンサーは慌てます。気持ち悪いというのが正直な感想です。

 テレビ大阪が長谷川を切ったとなると、読売テレビの反応は早かった。読売テレビの番組では僕はキャスターではなく、イチ出演者に過ぎません。次に火の粉が来るのは分かっているわけですから、僕を切るしかなくなるわけです。

 でもTOKYO MXの番組にはスポンサーがなかった。じゃあどうするかというと、TOKYO FMや東京都といった株主に矛先が向かうんですね。TOKYO MXは最後まで僕を守ってくれました。月曜日(10月3日)に番組で謝罪しましたが、抗議は止まらない。じゃあと言うことで火曜日(同4日)にブログでも謝罪をしたのですが、それでも収まらないということで、その日に降板ということになりました。

テレビ大阪の降板が炎上の燃料投下になった

相当落ち込みましたか。

長谷川:テレビ大阪の降板は落ち込みました。でも、その後の流れに関しては予測できました。実はテレビ大阪の降板前の時点でツイート数はピークの10分の1ぐらいまで減っており、このまま沈静化できるのではと考えていたんです。

 が、テレビ大阪の降板が再び「Yahoo!ニュース」のトップ記事になり、炎上に油を注ぐことになりました。そこにノイジー・マイノリティ(声が大きい少数派)が再び乗っかってきて、というメカニズムですね。

これからはどのような道を歩んでいこうと考えていますか。

長谷川:どうしましょうか(苦笑)。今はバタバタで考えようのない状況です。いったん一息つかないとどうしようもないですよね。幸いなことにファンの方の多くが戻ってきてくれと言ってくれていますが、僕はもうテレビの世界には戻れないと思っています。

 とは言え、じゃあどうしたらいいのか。僕は今、41歳になって、人生80年時代のちょうど折り返し地点にいます。後半の40年は人のために頑張ろうと考えていましたので、何とかそういう方向性にいければいいなとは思っています。

ご家族は今回の騒動についてどう話していますか。

長谷川:「あの言葉は良くなかったね」と。ただ、「大丈夫だと信じているよ」とも言ってくれています。フジテレビを辞めた直後は3カ月間で収入が10万円という苦しい時代もありました。家族でそれを乗り越えて強くなった部分もあります。

子供も3人いらっしゃいます。今後の生活設計については。

長谷川:収入ゼロですからね、どうしたものかというのは正直すごく思います。個人ブログでの発信だけでは収入になりませんから。弱りました…。

最近のブログでは「すがすがしい気分」と書いていました。これは正直な気持ちですか。

長谷川:どろどろした怒りに似た感情はまったくないとは言いません。ですが、本当にすがすがしいと感じるのは、僕はやっぱりアナウンサーだったんだなと。僕はフリーになってからの3年半、ジャーナリストではなく、アナウンサーだと言い続けてきました。

アナウンサーとして認めてもらったという複雑な思い

 アナウンサーはあくまで伝達者です。そのアナウンサーが今回、言葉をミスしたわけですから。世間から「退場」と言われたことは、アナウンサーとして認めてもらっていたのだなという思いが心のどこかにあるんです。強がりと思われるかもしれませんが。プロのアナウンサーだから退場するんだなと考えると、この厳しい現実を受け入れることができるし…なんだか少しすがすがしいんですよ。

長谷川さんは今回の騒動でテレビ番組をすべて降板しました。1つの言葉だけを捉えて相手をとことんまで追い詰めるネット上の炎上には、行き過ぎな面があるように感じます。

長谷川:俗に言う「祭り」なんです。一部の人にとってみたら、僕なんてどうでもいい。もっと言うと、人工透析患者もどうでもいいんですよ。著名人を叩き潰したいというのがネットの一部の流れでしょう。

 タレントのベッキーさんの件もそうですが、ネットは一発でレッドカードが出てしまう世界です。口頭注意とか謹慎処分とかはなく、ひとつの失敗ですべてが終わることになる。狙い撃ちされて引きずり下ろすというのがブームというか、そういう世の中になっていますよね。恐ろしいです。

同じような騒動が続けば、本来は自由であるはずのネット上の言論が萎縮してしまう恐れもあります。

長谷川:今回の僕の件を受けて、多くの著名人がネット上の言葉も通り一遍なものに変えてしまう可能性はあるんじゃないでしょうか。どこかで聞いたような話しかしなくなっちゃう。だってリスクが大きすぎますもん。一度でも失敗したら僕のように、テレビ番組のレギュラー番組8本、すべてを降ろされることになるわけですからね。

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