若田部昌澄&栗原裕一郎『本当の経済の話をしよう』

 経済学者と評論家の組み合わせというと、まず思い出すのが『ヤバい経済学』だ。本書の著者たちも十分それを意識して冒頭でネタにしているぐらいだ。本書にはその『ヤバい経済学』やその映画版からの話題もあるし、しばしばかのベストセラーであるサンデル教授の一連の白熱本からも話題をとりあげている。

 もちろん本書の話題はそんなものだけにとどまらない。栗原さんを入れたことで、人文系の読者が容易に経済の問題にふれることができるように、対話形式ですすんでいき、とても読みやすい本になっている。とりあえず目次を掲載しておく。アマチュアからプロまで楽しめるのがこの異業種対話の味わい深さだろう。

1 人はインセンティブに反応する(インセンティブは「飴と鞭」;歴史に見るインセンティブ;インセンティブ・ダークサイド;文壇と大相撲から考える「暗黙の共謀」)
2 トレード・オフ―あちらを立てればこちらが立たず(すべての道はトレード・オフに通じる;冷房を止めると死ぬ;財政危機で日本国家は破綻し年金は崩壊する!?;やっぱり経済成長が大事なワケ)
3 トレードが人々を結びつける(そろそろTPPについて本当の話をしよう;ほとんど何にでも市場はある;天才も凡人もお互いを必要としている;TPPは怖くない)
4 マネー―天下の回りものか諸悪の根源か(先立つものはおカネ;経済学で一番大事なことは金本位制が教えてくれた;ユーロ危機から金融政策は見えてくる;日銀のバレンタイン・プレゼントは義理チョコか?)
5 もう少し論じてみよう―四つのヒントを応用する(あなたは「幸福」の国ブータンに住みたいですか?;格差や貧困が問題だというけれど…;人間的な、あまりに人間的な;人文系は市場で生き残れるか?)

 日本の経済ネタでは、財政・年金危機、景気の問題、そしてTPPなどをわかりやすく解説している。ここでは最後のTPPについて少し詳しくふれておく。

 TPPとはそもそも何か?
関税撤廃としての貿易の自由化
共通のルールづくり

 に尽きる。

 それに対して本書でも詳細に語られている中野剛志氏の『TPP亡国論』などから影響をうけた反TPPの主張は主に以下のような特徴をもつ。

1)貿易自由化への誤解
2)アメリカに対する反感
3)政治への不信

 若田部さんの言葉を引くと、反TPP論者の主張は、「TPPの主導権を握っているのはアメリカで、そのターゲットはGDP比率からしても明らかに日本の市場である。したがって、TPPは実質的には日米FTA自由貿易協定)であり、TPPに参加したら日本の市場はアメリカの食い物にされるのだ!」というものに括られる。

 2)と3)についてはシノドスメールマガジンに寄稿されたそうなので、本書では主に1)について語られている。多くの論者は、貿易自由化を相互の取引相手は利益を得るのではなく、他方が利益を得れば他方が損をするという構図で考えている。

 簡単にいうと、貿易黒字=得、貿易赤字=損という発想だ。でもこれはまったく過ち。貿易の相互利益に貿易黒字や赤字はまったく関係ない。本書でも書かれてるけど、そんなこといったら1867年の独立以来、カナダなんてずっと貿易赤字であり大変なことになってしまってるはずだw。

 それと日本がTPPに強制的に米国に参加させられるどころか、米国でも日本の参加への警戒が強いぐらい。日本のTPP反対運動がだけがどうもへんな感じだ。これはこのブログで僕も何度か話題にした。

 例えば関税撤廃も時間(10年)をかけた段階的なもので、また日本のコメなどの農業が壊滅するというのは発想が飛躍しすぎる。米価は低下するがブランドコメの需要が消滅することは非現実的だし、また非ブランド米の人たちには補償金を与えてゆるやかに退出を促す必要がある(退出というのは売れないものをつくるのをやめるっていう当たり前なことを10年近くかけてすること!)。また食糧自給率のまやかしも深刻!

 中野剛志氏への批判もかなり詳細にわたってなされているが、これは僕もかなり面白いと思ったのでまた別なエントリーをたてて行うつもり。

 ともかく本書は人文系・思想系でよくある「日本がこーなったのはグローバル化のせい」「日本は弱肉強食の貿易戦争にまきこまれて米国や中国の餌食」だとか「日本の財政は破綻してもうおしまい」などの妄言に対処するための最低の「オレオレ詐欺」防止のための知識を与えてくれるだろう。

本当の経済の話をしよう (ちくま新書)

本当の経済の話をしよう (ちくま新書)