主張

昭和の日 元号あればこその歴史だ

 「昭和」と聞いて人は、いつの頃を、また、どのような出来事を顧みるのだろうか。

 戦時を中心とした苦難の日々か。昭和39(1964)年の東京五輪か。それとも経済大国への道を歩んだ力強い軌跡か。作曲家の船村徹さんが今年2月に亡くなったことを受け、昭和を彩った数々の流行歌を懐かしく思い出した人も少なくなかろう。

 昭和天皇のお誕生日にちなむ祝日「昭和の日」は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日とされている。

 ここにいう昭和の時代とは、単に昭和天皇の在位期間を表すだけでなく、天皇のお人柄や理念、さらには天皇を仰ぎつつ幾多の困難を乗り越えてきた国民の歴史を映し出すものでもあろう。

 国民一人一人の心象を包み込んで「昭和」は、まるで人物の個性が語られるかのように世上の話題となり続けてきた。元号の深い意義と味わいがあればこそだ。

 ところが昨今は、年数計算が便利で合理的だといった理由から西暦が重視される傾向にある。全国紙でも、西暦を記事表記の原則とし、元号は補助的な扱いにとどめているところが大半だ。

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