まさかiPhone 5の対応バンドが一国の携帯電話事業者の命運まで左右するとは――。ソフトバンクによるイー・アクセスの買収(関連記事)の緊急会見に駆けつけた記者は、一国の競争環境を変えるほどの影響力を持った米アップルのiPhone 5に対し、時代の変化を感じずにはいられなかった。

 前述の記事に書いた通り今回の買収劇は、ソフトバンクグループが、iPhone 5でテザリングを可能にするために、同端末がサポートする1.7GHz帯(LTE Band 3、海外では1.8GHz帯と呼ばれることが多い)を保有しているイー・アクセスを周波数帯も含めて会社ごと買ったという構図である。この帯域は3Gの時代は世界的に活用する事業者が少なかったが、LTE時代に入り、欧州や韓国、アジアの事業者がLTEサービスを開始したことで価値が一変したのだ。

 イー・アクセスについては、「いつか他社に買収されるのでは?」という噂が常々流れていた。携帯大手3社に契約数で大きく水をあけられ、いずれ一社では立ち行かなくなることも想像できた。

 そんなイー・アクセスは、iPhone 5が同社保有の1.7GHz帯をサポートすると分かった瞬間、iPhoneを巡って火花を散らしていたソフトバンクとKDDIの争いのまっただ中に放り込まれた。両社がイー・アクセスを手中に収めようと、水面下で激しい買収合戦を繰り広げたのだ。結局イー・アクセスは、「我々とDNAが似ており、シナジー効果を最も出せると考えた」(イー・アクセスの千本倖生代表取締役会長)というソフトバンクグループと経営統合する道を選んだ。

 経緯は以上だが、まがりなりにもイー・アクセスはこれまで独立系の新興事業者として、モバイルブロードバンド市場のプライスリーダーでもあり、モバイルルーターなど新たなサービスを切り開く存在であった。そんな事業者が、iPhone 5の対応バンドがきっかけで大手に統合され、日本国内の競争環境が一変してしまったのだ。

 このような事実は、今後の携帯電話市場の競争環境や電波の割り当ての在り方について、様々な変化や課題を突きつけているように思える。

アップルに振り回される日本国内の競争環境

 まず今回の買収劇から分かるのは、国内の競争環境がアップルの意向に振り回される形で大きく変化している点である。

 これまで国内の携帯電話事業は、良いか悪いかは別にして、行政による裁量の余地が多く、行政によってある程度マーケットをコントロールできた。携帯電話事業は、総務省の審査を経て電波の使用が条件付きで認められた事業者により、初めて成り立つからだ。例えば1.7GHz帯を新規参入事業者に開放したことで、イー・モバイルのような事業者が生まれ、モバイルブロードバンド市場が活性化したのは、行政によるマーケット主導の成果だろう。

 今回のケースでは、そんな行政の意向が及ばないところで、アップルを起点としたマーケットの意向で競争が激化していることが分かる。その行き着く先が、今回のソフトバンクによるイー・アクセスの買収劇だ。これによって国内の携帯電話事業者が4社から大手3グループに集約される形で競争環境までもが変わってしまった。

 さらに言えば、携帯事業者によって最も重要とも言えるインフラの投資計画も、アップルの意向によって左右される事態となっている。例えばKDDIは当初、新800MHz帯と1.5GHz帯を中心にLTEサービスを展開するとしていたが、iPhone 5が新800MHz帯をサポートしないと分かったため、急きょ2GHz帯でLTEを展開する羽目になった。