食中毒を調べてみました

ネタモトは厚生労働省の食中毒統計です。ここに記録されているのは1982年からですが、

事件数 患者数 死亡数
2010 1254 25972 0
2009 1048 20249 0
2008 1369 24303 4
2007 1289 33477 7
2006 1491 39026 6
2005 1545 27019 7
2004 1666 28175 5
2003 1585 29355 6
2002 1850 27629 18
2001 1924 25732 4
2000 2247 43307 4
1999 2697 35214 7
1998 3010 46179 9
1997 1960 39989 8
1996 1217 46327 15
1995 699 26325 5
1994 830 35735 2
1993 550 25702 10
1992 557 29790 6
1991 782 39745 6
1900 926 37561 5
1989 927 36479 10
1988 724 41439 8
1987 840 25368 5
1986 1177 44102 12
1985 1047 33084 21
1984 1095 37023 13
1983 923 35536 12
1982 1108 30027 13

とりあえずデータの見方ですが、件数や患者数は実数を反映しているとは思いにくいところがあります。これは医師なら判ると思いますが、統計に表れているのは届出数であり、届出未満のものは数倍、いや10倍以上は軽くあると思います。ただ死亡者数は届出でもほぼ実数に近いと考えます。さすがに死亡したらほぼ届出があると考えています。それとちなみに堺のO-157騒動は1996年です。 その辺を考慮しても、2009年も2010年も食中毒の死亡者はいなかったんだ! ちょっと驚きました。そう言われてみれば、ここのところフグ中毒の死亡記事を読んだ事がなかったような気がしていましたが、あれは報道されていないのではなく、本当にフグ中毒の死亡者もいなかったと言う事になります。厚生労働省のデータはさすがに詳しくて、2000年以降ですが、食中毒の届出の全件数のデータも残されています。死亡例だけを抜き出して見ます。
発生場所 月日 原因食品 病因物質 摂食場所 患者数 死亡者数
2008
茨城県 1月11日 フグ鍋(ショウサイフグ) 自然毒-動物性自然毒 売店 1 1
兵庫県 5月27日 フグ(魚種不明) 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
長崎県 10月14日 コモンフグ 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
大阪府 10月27日 その他(10月27日の家庭での昼食調理食品) 細菌-セレウス菌 家庭 3 1
2007
長崎市 1月5日 ふぐ 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
新潟県 4月14日 記載なし 自然毒-植物性自然毒 家庭 2 1
愛知県 7月20日 きのこ 自然毒-植物性自然毒 家庭 1 1
長崎県 8月26日 ウミスズメハコフグ科)推定 自然毒-動物性自然毒 家庭 2 1
高槻市 9月2日 きのこの天ぷら 自然毒-植物性自然毒 その他 6 1
静岡県 10月21日 グロリオサの球根 自然毒-植物性自然毒 家庭 1 1
広島県 12月30日 フグ(種類不明)の内臓とカレイの煮付け 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
2006
宮崎県 3月19日 ふぐの煮付け 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
東大阪市 4月8日 記載なし 細菌-サルモネラ属菌 不明 1 1
宮崎県 8月24日 きのこ(ニセクロハツ) 自然毒-植物性自然毒 家庭 1 1
高知市 8月29日 グロリオサの球根 自然毒-植物性自然毒 家庭 1 1
大阪府 9月7日 不明(9月7日の配食サービス弁当) 細菌-ウェルシュ菌 仕出屋 196 1
北海道 9月13日 タマゴタケモドキ 自然毒-植物性自然毒 家庭 1 1
2005
青森県 4月21日 和え物(トリカブト 自然毒-植物性自然毒 家庭 6 1
長崎県 5月4日 ふぐのみそ汁 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
鹿児島県 8月7日 1,第1〜4グループ;グラタン  2,第5グループ;不明(仕出し弁当) 細菌-サルモネラ属菌 飲食店 105 1
豊橋市 8月24日 きのこ(ニセクロハツ)のみそ汁 自然毒-植物性自然毒 家庭 2 2
愛知県 9月18日 しょうさいふぐ(推定)の肝の刺身 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
岩手県 10月6日 ドクツルタケ 自然毒-植物性自然毒 家庭 2 1
2004
長崎市 1月10日 フグ(家庭での夕食) 自然毒-動物性自然毒 売店 3 1
栃木県 7月22日 きのこ料理(推定) 自然毒-植物性自然毒 家庭 1 1
島根県 9月13日 マフグの肝臓 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
長崎市 9月29日 不明 細菌-サルモネラ属菌 家庭 2 1
京都府 11月30日 不明 細菌-サルモネラ属菌 不明 3 1
2003
島根県 3月20日 マフグ 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
北海道 4月20日 有毒植物(イヌサフラン 自然毒-植物性自然毒 家庭 2 1
長野県 5月19日 5月16日の配食弁当 細菌-腸管出血性大腸菌(VT産生) 仕出屋 4 1
長崎県 10月20日 ふぐ(推定) 自然毒-動物性自然毒 売店 1 1
栃木県 11月4日 きのこのまぜごはん 自然毒-植物性自然毒 家庭 2 1
静岡市 11月24日 サバフグ(推定) 自然毒-動物性自然毒 家庭 2 1
2002
福岡県 1月6日 ふぐ 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
山形県 4月14日 トリカブト 自然毒-植物性自然毒 家庭 3 1
香川県 5月19日 ふぐ 自然毒-動物性自然毒 家庭 2 2
鳥取県 6月8日 記載なし 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
宇都宮市 8月2日 不明(7月29日提供の昼食) 細菌-腸管出血性大腸菌(VT産生) 病院−給食施設 123 9
横浜市 8月26日 不明 細菌-サルモネラ属菌 家庭 3 1
熊本市 9月9日 ふぐ(種類不明) 自然毒-動物性自然毒 飲食店 1 1
三重県 11月8日 ヒガンフグ 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
神奈川県 11月20日 11月20日の夕食 細菌-サルモネラ属菌 家庭 2 1
2001
東京都区部 4月9日 コモンフグ 自然毒-動物性自然毒 家庭 1 1
愛媛県 4月14日 記載なし 自然毒-動物性自然毒 家庭 3 2
宇都宮市 11月15日 きのこの炒め煮 自然毒-植物性自然毒 家庭 2 1
2000
東京都 4月22日 不明(仕出し料理) 細菌-ぶどう球菌 飲食店 84 1
埼玉県 6月23日 記載なし 細菌-腸管出血性大腸菌(VT産生) 事業場-給食施設-老人ホーム 8 1
群馬県 10月13日 キノコの油炒めに使用されたカエンタケ(10/13、家庭の食事) 自然毒-植物性自然毒 家庭 2 1
京都府 10月18日 不明 細菌-サルモネラ属菌 家庭 2 1

2000年からの死亡者数は61人なんですが、これを原因食品でまとめると、
原因食品 死亡数
フグ類 17
きのこ類 11
その他 19
不明 14

ここで話を強引に腸管出血性大腸菌(VT産生)に進めます。理由は御存知の通りですが、今年を除いた死亡者は11人になります。死亡者は11人ですが、件数としては3件で、
摂食場所 死亡数
2003 仕出屋 1
2002 病院−給食施設 9
2000 事業場-給食施設-老人ホーム 1

3件とも原因食品は不明となっており、とくに2002年のケースなんて9人も死亡していますから原因はかなり追及されたと思われるのですが、原因食品は「不明(7月29日提供の昼食)」とかなり漠然としたものに留まっています。実のところこれだけでは傾向はサッパリわかりません。あえて言えば2002年の事件が突出しているだけと言えなくもありません。 施設については届出と言う関係上、飲食店とかがどうしても多くなると考えられます。だから摂食場所に特徴を求めても無理があると判断します、そうなると面倒ですが、死亡例以外の届出例から傾向を探る必要が出てきます。食中毒事例を詳しく掲載してある2000年以降に調査を絞りますが、とりあえず件数と患者数を表にして見ます。
事件数 患者数 死亡数
2000 16 113 1
2001 24 378 0
2002 13 273 9
2003 12 184 1
2004 18 70 0
2005 24 105 0
2006 24 179 0
2007 25 928 0
2008 17 115 0
2009 26 181 0
2010 27 358 0

表を見られて一番気になるのは2007年の飛びぬけた多さかと思います。私も気になったのですが、理由は445人と314人の集団食中毒が発生し、患者数を異常に押し上げたためと確認できます。いわゆる外れ値と見ても良さそうです。患者数や発生件数では埒が開かないので、調査は面倒さがさらに深まるのですが、原因食品で調べてみます。 2000年から2010年の間に届けられた腸管出血性大腸菌(VT産生)による食中毒件数は231件です。原因食品の傾向を見てみます。これもなんですが、とりあえず231件中147件が原因不明です。残り84件の特定できている原因食品なんですが、この中にも「飲食店の食事」みたいな特定不明のものがあります。これもさらに除外すれば66件になります。後は類似項目を括ります。たとえば「牛生レバー」も「牛レバ刺し」も「牛レバー刺身」も同じと考えます。それで表にすると
原因食品 件数
牛生レバー 17
焼肉料理 12
ユッケ 9
ビ−フ角切りステ−キ 3
鹿肉の刺身 2
角切りステーキ等 2
カルビを含む食事 2
肉料理 1
豚生レバー 1
生食用牛肉 1
生レバ刺し、生ハツ刺し 1
生レバー及びユッケ 1
生レバー、ユッケを含む焼肉 1
食肉類(推定) 1
仕出し料理のうち、えびフライ、焼き魚(シルバー 1
牛ホルモン(推定) 1
牛の丸焼き 1
会食料理(焼肉、牛レバ刺し等) 1
井戸水 1
マサドニアンサラダ、おかか和え 1
ホルモン料理 1
ハンバー 1
バーベキュー 1
ステーキランチ 1
カルビ、豚足等(推定) 1
オリジナルハンバー 1

レバ刺しが多いのですが、良くみて欲しいところで「焼肉料理」と言う極めて大雑把な括りがあります。実は不明の中にも括弧付きで推定食品を書いてあるのがありますが、ここにも25件の焼肉料理があります。焼肉料理の中にレバ刺し。ユッケが含まれていたかどうかは、これ以上の追及は厚労省データでは無理です。 この程度の根拠で物を言うのはペーパーなら問題ですが、ここはブログですからやはり牛肉は基本的にリスクはあるとしても的外れではなさそうです。とくに生食は率が高そうだと言う事です。そういう事はデータを出さずとも常識なんですが、逆になぜにこれほど特定が困難であるかに関心が向きます。もちろん食中毒の調査は既に食べてしまったものを調べるわけで、患者が発症して保健所が調査に当たる頃には特定が難しいはあるとは思います。 もう一つは調理器具を介して広範囲に原因菌に汚染されているというのも考えられます。俎板、包丁は料理のたびに完全消毒されるわけではありません。料理人の手指もまたそうです。冷蔵庫の類も常に消毒滅菌されるわけもありません。そんな事をやっていれば大変な事になります。そこで調理場に外部から腸管出血性大腸菌(VT産生)が持ち込まれる可能性を調べてみます。 ネタモトは厚労省食品中の食中毒菌汚染実態調査の結果です。これが実に興味深いものでして、2010年度分だけ紹介しておきますが。調査対象は、

  1. 目的


      本調査は、汚染食品の排除等、食中毒発生の未然防止対策を図るため、流通食品の細菌汚染実態を把握することを目的とする。


  2. 実施時期




  3. 実施自治


      中央卸売市場等を含む19自治

読めばお判りのように食中毒発生施設の調査ではなく、ごく普通に流通している食品の調査結果です。その一部を表にして抜粋します。

検体名 検査結果(陽性率%)
E.coli サルモネラ E.coli
(Oー157、O-26)
カンピロバクター
野菜 アルファルファ 16.7% - - -
カイワレ 5.4% - - -
カット野菜 7.2% 0.7% - -
キュウリ 10.9% - - -
みつば 30.0% - - -
もやし 45.6% - - -
レタス 8.2% - - -
漬物野菜 10.3% - - -
食肉 ミンチ肉(牛) 60.9% - 0.9% -
ミンチ肉(豚) 71.3% 1.7% - -
ミンチ肉(牛豚混合) 76.0% 0.8% 0.8% -
ミンチ肉(鶏) 85.9% 53.5% - 35.9%
牛レバー(生食用) 81.0% - - 9.5%
牛レバー(加熱加工用) 65.1% 1.0% 1.0% 10.5%
カットステーキ肉 54.2% - 1.7% -
牛結着肉 69.3% - - -
牛たたき 15.6% 1.1% - -
鶏たたき 68.8% 12.5% - 16.7%
馬刺し 25.7% - - -
ローストビーフ 3.2% 1.1% - -
加工品 漬物 8.7% - - -


E.coliの中にはO-157やO-26以外のO-111は含まれている事になりますが、いわゆる生肉類にはE.coliはかなりの割合で含まれているのが確認できます。野菜類でちょっと驚いたのはみつばとモヤシがかなり高率に含まれている事です。モヤシはしっかり火を通したほうが良さそうです。

それと背景を黄色にしてみましたが、生食用とされる牛レバー(生食用)、牛たたき、鶏たたき、馬刺しもなかなかのものです。牛レバーなんて理由はよくわかりませんが、E.coliもカンピロバクターも加熱加工用より生食用の方が高率となっています。その中でも怖そうなのが鶏たたきでE.coliやカンピロバクターだけではなくサルモネラも高率に検出されています。

うん! 牛レバーでは加熱加工用より生食用の方が病原菌の保菌率が高い? ここだけもう少し確認しておく必要がありそうです。調査は2008年から3年分ありますから、もう少し詳しく引用してみます。

病原菌 牛レバー
生食用 加熱加工用
E.coli 2008 81.8% 64.6%
2009 76.5% 69.6%
2010 81.0% 65.1%
サルモネラ属菌 2008 0.0% 0.5%
2009 0.0% 1.0%
2010 0.0% 1.0%
O157、O26 2008 0.0% 0.0%
2009 0.0% 1.0%
2010 0.0% 1.0%
カンピロバクター 2008 18.2% 8.5%
2009 17.6% 10.6%
2010 9.5% 10.5%
検体数 2008 11 212
2009 17 207
2010 21 209


生食用と加熱加工用では検体数が10〜20倍近く違いますから、この点は比較する上で考慮が必要でしょうが、一方で3年間の蓄積もありますから一定の評価は可能かと思われます。またこれは見方ですが、加熱加工用ではわずかながらですが、サルモネラO157・O26が検出されていますが、生食用も検体数が増えれば検出される可能性はありえそうとも言えます。

もうちょっと大雑把に評価すれば、牛レバーでは生食用も加熱加工用も病原菌の保有率に大差は無いと見ても、データからのみならばそう判断しても的外れとは言えない様な気がします。もちろん検出されたからといって、必ずしも食中毒になるとは限りませんが、獣肉を生で食べるのはそれなりのリスクが必要そうだぐらいは言っても良さそうです。なんと言っても肉眼では食中毒菌の有無は見分けられないからです。


でもって安全性ですが、生肉はこれまでも一定の頻度で食中毒を起こしています。今回のO-111も牛肉だけではなく野菜からだって調理場に持ち込まれる危険は常にあります。店舗や家庭の努力でどうなるものでもなさそうな気がします。リスクを食あたりに置くか、生死に置くかで見方は変わりますが、生死ならO-111も含む腸管出血性大腸菌(VT産生)で死亡したのは、2003年以来8年ぶりの事になります。食中毒による死亡自体が2年半ぶりぐらいの出来事です。

生死でなく食あたりに置くとなれば、食品はすべて十分に加熱してから食べればかなりリスクは低減するとは思います。しかし日本の食文化は、食べれるものであれば可能な限り「生で食いたい」が厳然としてあります。フグの毒だって、あれだけ危ないと古くから広まっているのに「それでも食べたい」が日本の食文化の一つの側面のようです。

私は牛肉を生で食べるのはあまり好きではないのですが、一方で「それでも生が好き」と言う方を止める気はサラサラありません。また食中毒の治療にあたられる医療者も、食中毒を減らすためだけに生で食べるのを全面禁止にしようと考える方はさほど多くないと思います。美味は時に命を賭ける価値があるとも言われるぐらいですし。

ただ命を賭けるのは自分で責任を判断できる年齢になってからぐらいにしても良いと思っています。とりあえず子どもには食べさせるのは控えても良さそうです。もちろん保護者の判断によってです。ここも保護者が子どもに命を賭けさせる価値があると判断したのなら、これもとやかく言いにくいところではあります。

それと今回は獣肉の食中毒にある程度絞ってデータをまとめていますが、食中毒の発生件数で言えば肉類より魚介類の方が2倍ぐらい多くなっています。そこら辺をどう考えるかも一つのポイントの様な気がします。食中毒のリスクを減らす努力は当然求められますが、どんなに努力してもこれをゼロにするのは事実上不可能だと感じています。

不可避として起こる食中毒のリスクとどれぐらい付き合うかの問題に帰着しそうな気がします。なんと言っても食品は日常品の中で最重要なものですし、なおかつ食費としての経済性も強力に求められます。リスク回避のためにかけられるコストは自ずから限界があり、また嗜好の問題は一朝一夕にはどうしようもないとも感じるからです。

あれもこれもと教育現場に押し付けるのも悪いと思うのですが、「食育」とか「生きる力の教育」なる言葉まであるそうですから、学校も、もちろん保護者も含めて、こういうリスクをどう子どもに教えるかぐらいはあっても悪くはないと思います。あれこれ調べた割には平凡な結論ですが、お後が宜しいようです。