民と官の連携を試みます

2011年3月16日(水) 23:02:19

阪神大震災にしても何にしてもそうだけど「非常時においては、政府や自治体の対応とかマスコミの動きとかを批判しているヒマがあるなら、自分にできることを考えて自ら動くべきである」と身に染みて感じてきたので、今回も微力ながら動き回っている。

とはいえ、「誰も経験したことないこと」に踏み込むのは勇気がいる。
そういうのを避けて生きていった方がずっと楽なのだ。

でもなぁ、この未曾有の大災害において、誰かがここをやらないといけないんだよなぁ。
サイト経験やソーシャルメディア経験、そのうえ被災者経験まであるボクなんかが手を上げるべきなんだろうなぁ…。

震災翌日。
つかの間の逡巡を経た後、かねてよりの友人である松井孝治前官房副長官へのメールを送った。ポチッ。


どんな内容を送ったかと言うと、「正確な情報を、被災地の人たち(被災者、そして自治体やボランティア)と被災地以外の人たち(物資を送ろうとしている人、ボランティアに行こうと思っている人)に届けることがとても大切」ということである。「正確かつ適切な情報を、適切な人と場所に届けるために、ソーシャルメディアの力と、民間の力を使ったらどうでしょう」ということである。「必要なら、力不足かもしれないけど、ボクがご協力させていただきます」ということである。

阪神大震災の被災者として当時強く感じたのは、「適切かつ正確な情報が、必要な人と場所にデリバリーされてない!」ということだった。
たとえば、ある避難所ではパンが大量に余り、ある避難所では毛布が大量に余る。どこかに病気の人がいてもどこに医者がいるかわかりにくい。炊き出しの場所と時間も錯綜する。などなど。そんなことが毎日毎時起こっていた。

そのうえ避難所同士がうまく連携できてないので互いに物資調整もできない。そこに膨大な量の物資が全国から送られてきて、その整理に人員を回さないといけなくなる。これは人災だ。(※だから勝手な判断で物資を送るのはやめた方がいい)

まずは、適切な情報を、適切な人と場所に、適切なタイミングで届けることが大切。
そのためにネットのテクノロジーやソーシャルメディアの人力が必ず役に立てるはず。できることは限られるし、結局「人と人が実際に触れあってつながること」の方が大切なのだが、それでも「ないよりずっとマシ」だ。いや、ハイチやニュージーランドの例を見ると「かなり役に立てるはず」だ。


そのことを松井さんはすぐ理解してくれ、某高官(鳩山さんではない)に自主提案する時間を作ってくれた。で、震災2日後の日曜日の昼に自主提案に行ってきたのである(ここで「3つめ」と書いたこと)。この提案は電通の仕事ではなく、ボランティアである。

実際に動くと決まったときのために、ループスの斉藤くん、そしてフリーの浅見くんに声をかけて一緒についてきてもらったのだが、結果から言うと「わかった。絶対必要だ。とりあえずすぐに具体的な構造図を持ってきてほしい」ということになった。斉藤くんたちに一緒に来てもらって良かったw

斉藤くんはループスの仲間たちと徹夜で要件整理と体制作りに入った。
ボクはボクで全体構成や現地でのオペレーションを考え始めた。そして「Pray for Japan」を一緒に立ち上げた石川淳哉さんにも入ってもらってデザイン開発に入り、日曜の真夜中には全員で集まって方向性を確認、ほぼ徹夜で作業して、月曜日(3/14)夕刻には内容プレゼンという突貫工事をしたのである。

で、すぐにゴーがでて、正式に内閣府と連携してやることになった。

※ 内閣府のサイトを作るのではなく、ボクたちがボランティアで運営するソーシャルサービスサイトに内閣府が「現地から届いた避難所の最新情報を提供する」ということ。民と官の連携である。

ここ数日、死ぬほどバタバタしているのは、その辺のあれこれ、そしてサイト制作などのドタバタに一気になだれ込んだからである。


政府は内閣府に「震災ボランティア連携室」というのを準備し、辻元清美首相補佐官が参加し、派遣村の湯浅誠内閣参与が室長に決まった。
ボクは、情報のやりとりをスムーズにするために、そこのスタッフに加わることになった(ボランティア参加)。それ以降は打ち合わせだらけ。月曜は夜中まで。昨日の火曜日もなんだかんだと夜までバタバタしていた。

その過程で、ボランティアの団体や全社協のこと、現場でのオペレーション、そしてこの災害の現状について学んでいったのだが……いや、よくわかった。絶句ものだ。

今回の東北関東大震災がいかに特殊で、いかに前例がなく、いかに甚大で、いかに援助が難しい災害なのかがよくよくわかった。
テレビとかネットで見ていると「なぜ物資が送れないのだ!」とかイラつくが、基本的に不可能なのだ。だって現地で拠点となるべき自治体自体が壊滅しているんだもん。道も壊れガソリンもないんだもん。津波で港が壊れて船でも近寄りにくいんだもん。そういう状況の中で、政府をはじめ、行政、自衛隊、警察、消防などは、とにかく「経験がない事態」に必死に対応している。

それにしてもスゴイ・・・

とにかく。
いろんな障害はあるものの、大切なのは、いま被災地で苦しんでいる人たちに少しでも楽になってもらうこと。ボクなんかにどこまで出来るかわからないし、肝心のサイトが出来上がっても現地から情報が入り始めないと機能しない。本当に役に立てるのかどうかもわからない。
でも、なんとかやりきってみたいと思う。百人力の素晴らしい仲間たちも次々集まってくれているし。
自分の違和感や苦しさは置いておいて、とりあえず進もうと思う。


ちなみに、明日、「震災ボランティア連携室」のスタッフとして、現地でのオペレーションを確認しに、仙台・福島に行ってくる。バスなので片道8時間。カラダよ、持て。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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