野尻抱介blog

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尖閣諸島ASWシミュレーションと小説作法

 正月頃から進めていたHarpoon4による尖閣諸島ASW(対潜戦闘)シナリオの経過を3本の動画にまとめた。もし中国海軍のキロ級潜水艦が尖閣諸島に潜入してきたら、海上自衛隊はどう対処するか、というシナリオである。
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 体を張っている海保や自衛隊の人には申し訳ないが、私は愛国心というものが希薄だ。国家などいずれ不要になると思っているから領土にも執着がない。だが中国漁船衝突事件をきっかけに尖閣諸島について調べて、そこがとても興味深い場所だと知った。
 尖閣諸島は大陸棚と沖縄トラフの境界、つまり海底の崖っぷちにあって、しかも黒潮の中にある。差し渡し10海里ほどの狭い領域なのに、変化に富んだ天然のゲーム盤のようである。ここを舞台に海上自衛隊vs中国海軍でASWをやったらさぞ面白いだろう、と思ったわけだった。
 またSF者の心根として、この手の不謹慎は大好きだ。ネタが不謹慎なほど大まじめになってしまうのである。

 動画でも述べているが、現代の浅海域ASWがどのように行われているか、私は知らない。軍事ファンや飛行機ファンなら対潜哨戒機がソノブイという筒状のものを投下するのを知っているだろう。だがどんな種類のソノブイをどう配置し、どうやって潜水艦の位置を割り出し、相手が移動したらどのようにブイを追加していくのか、わかるだろうか?
 1960年頃からJulie/Jezebelという戦術が使われてきたらしいが、これらは外洋ASWである。浅海域ASWでは海上自衛隊が研究を重ねているはずだが、あまり情報が露出していない。
 書籍では『ソノブイ感度あり―続・潜水艦を探せ』(岡崎拓生)、『これが潜水艦だ』(中村秀樹)、『兵士を追え』(杉山隆男)などが参考になった。だが、これらは縦書きのエッセイだ。具体的な数値と図表を載せた『防衛なんとか選書 浅海域ASW詳解』みたいな本がほしいのだが、望んではいけないのだろうか?

 そこで例によってHarpoon4にお伺いを立ててみることにした。このゲームシステムで試行錯誤していれば、必要な戦術のポイントが自然に浮かび上がってくると(ある程度)信じるからだ。
 尖閣ASWシナリオは2度プレイしたが、結果は同じだった。中国のキロ級潜水艦は海上自衛隊のSH-60K対潜ヘリ1〜2機によって発見され、撃破される。
 これは意外な結果だった。静粛なディーゼル潜水艦を発見するのは至難で、ASWはなかなか成功しないと言われているのに、どうしてこうなるのだろうか?
 Harpoon4のシステムやデータに不備があるかもしれない。だがこのシステムは初代Harpoonから長期にわたって練られているので、あまりおかしな結果は出ないと信じている。
 データに関しては、勝利の鍵となるHQS-104ディッピングソナーの性能をどう見積もるかが大きく響く。この新型ソナーは『Sea of Dragons』サプリメントに記載がないので、控えめな数値で補完した。アクティブレンジ3.5、パッシブレンジ1.0である。米軍で現在使われているのはAQS-22で、アクティブレンジ4.0、パッシブレンジ1.5だ。これと同等ならマップに記入していた円は直径106mm→120mmになる。
 キロ級の静粛性は「Very Quiet」で、これはちょっと評価が低いかもしれない。ロサンゼルス級原潜と同じだ。ヴァージニア級原潜は「Extra Quiet」だからキロ級より静かだが、本当だろうか?
 とはいえ、最初の探知はアクティブソナーで行われたから、静粛性は関係ない。艦種の同定はパッシブ探知が必要だが、アクティブソナーだけでもキロ級を雪隠詰めにして雷撃できる。

 私の採った戦術はヘリから海中に吊すディッピングソナーでアクティブ探知を繰り返す、というものだ。相手は魚釣島をめざしてくるとわかっているので、島周辺の狭い領域でそうしていれば必ず探知できる。
 アクティブソナーは相手に自分の位置を知らせてしまうが、ヘリだから魚雷で攻撃される心配はない。相手が逃げるなら、それはそれでかまわない。海自は島を守ればいいのだから。
 まあ、当たり前の戦術といわれればそれまでだが、せっかくのシミュレーションだから数字を示しておこう。およそのところ、15海里四方を4時間程度なら、汎用駆逐艦1隻とヘリ1機でカバーできる。時間を延ばすなら交代のヘリと人員がほしい。24時間見張るならヘリは数機でローテしたいところだろう。母艦を増やすか、ひゅうがクラスのDDHがほしいところだ。
 それでは金がかかって仕方がないから、島の周囲に固定したアクティブソナーを配置してはどうだろうか。10分程度のランダムな間隔でピンガーを打てば、潜水艦は近づけないだろう。
 ソノブイは最初、パッシブ型(DIFAR)を半径1.8海里で配置した。キロ級が増速してノイズが大きくなっているのを期待したのだが、あてが外れた。次は半径0.7海里、その次は半径0.3海里にして、ようやく複数のパッシブ探知が得られた。0.3海里は約560mだ。Wikipediaに「キロ級のパッシブソナーによる被探知距離は500m程度」とあったが、それを裏付ける結果になった。もしくはHarpoon4の再現性の良さを示している。
 捜索円の中心は前回潜水艦が探知された位置で、そこにはアクティブ型(DICASS)を置いた。これのおかげでどうにか失探をまぬがれた。

 さて、僭越ながらここで小説作法について語ってみよう。
 動画には恒例の「先生何やってんすかシリーズ」に加えて「うp主は小説をかくべき」タグがついている(2010年2月4日時点)が、これはもちろん仕事の一環である。「SF作家の仕事は遊びと見分けがつかない」という言葉があるが、誓って仕事である。ただし書くものが軍事シミュレーション小説かどうかは秘密としておく。
 私はSFを書く前に、たいていこのようなシミュレーションをする。PCや紙にマップや軌道図を描き、あれこれ計算しては乗物の経路を書き込む。そうするうちに物語のポイントが固まるし、キャラクターもつかめてくる。
 Harpoon4はこのような小説作法にぴったりのゲームだ。1ターンはおよそこのように進める。

 計画フェイズ……このターンに予定する動きを別紙にプロットする。
 移動フェイズ……計画どおりにユニットを移動させる。
 攻撃フェイズ……ユニットの攻撃を行う。
 探知フェイズ……ソナーやレーダーによる探知を判定する。

 これをソロプレイする場合は、計画フェイズの前に「心の理論フェイズ」を行う。「心の理論」は心理学や脳科学の言葉だ。ここでは双方の指揮官の立場に立って、彼が知らないことは知らないつもりになって行動を決める。
 さすがに双方の動きがマップ上に見えていると頭を切り換えにくいので、別々のオーバーレイに描くことになるが、この程度で充分「なりきる」ことができるものだ。
 これは小説を書くうえでも必須の作業だ。小説では登場人物とともに、読者も洞察する。「現時点で読者はどれだけの情報を与えられ、なにを感じ、予期するか」を推察するわけだ。小説新人賞の審査をしたことがあるが、これができていない応募作品が非常に多い。9割以上になるだろうか。換言すれば、ここさえできていれば一次選考は簡単にクリアできる。文章の表現力などはわりとどうでもいい。ターン進行にともなって読者に必要な情報を提示していけば、それが小説である。
 ウォーゲームやRPGからリプレイ小説を書く人がよくいるが、これは自然な流れといえよう。人は他人を意識したとき、心の空白を放置しないものだ。ゲームの中で戦っている人がいれば、彼が何を思うかを自然に洞察する。それを書き留めていけば、おのずから小説の体裁をなしてくるものだ。ただしリプレイは読者のコントロールまでしてくれるわけではない。

 尖閣諸島ASW動画でも、ところどころに人物の会話を入れた。《索敵編》では白紙状態だったのが、《交戦編》ではいくらかキャラが立っているのに気づくだろう。
 私は軍人や自衛官をよく知らないので、「軍事を仕事にしている勤め人」「国家公務員」「船乗り」「飛行士」という白紙の雛形から始めた。動かしているうちに、この人物が成立するためには何を備えているべきかがわかる。初音ミクのネギのように、きっかけがあれば肉付けする。私が書くような小説ではこれで充分である。

 《索敵編》で「日本鬼子」という言葉を使ったら、「おにこの痛ヘリ」というコメントがついた。期待されているようなので《交戦編》ではそこを膨らませた。
 日本鬼子のイラストはわんこそば嬢に描いてもらった。発注にあたっては「『尖閣諸島はあげないよん』みたいな表情で」とお願いした。できあがった鬼子は挑発的というより「かかってくる? うふっ(はぁと)」という表情で、実にかわいらしい。相手の戦意を萎えさせる機体マーキングにふさわしい絵柄なので、その場面を最後に加えた。
 小説や映画でこのネタを使うなら、相手側に闘志に充ち満ちたキャラクターを用意しておくのがセオリーだろう。その彼が鬼子の萌え絵を見てがっくり膝をつき「俺はこんな敵と戦っていたのか!」「もうやだあの国」と慟哭するオチになるわけだ。
 今回はウォーゲームのリプレイだから、そんな手の込んだことはしなかった。成り行きまかせである。だが人生も歴史も成り行きの集積だから、少しちぐはぐなほうがリアリティがある。私はお約束どおりに盛り上がるより、少し残念感のあるオチが好きだ。そのほうが、まだまだ人生は長いぞ、しっかり生きろ、という余韻が生まれる気がする。
 潜水艦は魚雷をくらったら圧壊しておしまいだと思っていたが、Harpoon4で耐圧船殻が持ちこたえる確率は50%もあった。今回のキロ級も生き延びて、浮上して降参する形になった。
 自分が倒した相手を救助するという最高にかっこいい展開は海上自衛官の夢だと思うが、この展開に作為はなく、すべてダイスのお導きだった。だからこそ脱力オチを入れたくなったのである。

ソノブイ感度あり―続・潜水艦を探せ

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これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実 (光人社NF文庫)

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兵士を追え (小学館文庫)

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童友社 1/700 世界の潜水艦シリーズ No.2 ロシア海軍 キロ級潜水艦 プラモデル

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