"その海に今も棲まう者"『人魚伝説』


人魚伝説 [DVD]

人魚伝説 [DVD]

 かつて作家の殊能将之氏が、自身の作品『ハサミ男』が映画化された際にweb日記で語っていた池田監督の話があり、

http://twitter.com/#!/m_shunou/status/33137950313152512

 それを改めて書いたのが上記ツイート。このエピソードを読んだ時以来、観てみたいなあと思っていたのだが、ついつい手に取ることのないままに時は流れ、監督は今作のロケ地の海に投身して自殺されてしまい、DVDは高騰。今日に至る。地元シネヌーヴォの特集上映で観てきました。もちろん反原発映画特集な!


 土地の買収が進み、レジャーランド建設を控えた港町。漁師の啓介は、ある夜、夜釣りに出た先で、同じく夜釣りに出ていた船が何者かに襲われ炎上するのを目撃する。だが、翌日以降、船も死体も上がらず、その事が事件になる様子もない。不審に思い、調べようとする啓介。海女である妻のみぎわはそのことにこだわる夫に苛立ちを覚えつつも、自らその海に潜り、証拠を探そうとするのだが……。


 主人公みぎわの海女の仕事のシーン、海底におけるあわび取りの映像がまず素晴らしい。プリントも継ぎ目前後以外はとても状態がよく、ロケ地の海の美しさが余すところなく収められていた。上方から海女と海底を移したショットから、浮上に際して射し込んで来る陽光に向かって昇っていくショットへの対比が美しい。しかし、このシーンは後の惨劇を印象づけるための映像的な伏線でもあるのだよね。


 中盤以降の展開はかなり駆け足で、「えっ、こんなにも簡単に? こんなに露骨に?」というぐらい、あまりにも堂々と悪事が働かれる。半ば公然と「死んでもらったんや」と口にする悪役たち。舞台は田舎の港町だが、人も少なくて閉塞的で、数人の名士の意向で全てが動いてしまう。リアリティの積み重ねという点では少々足りないのかもしれないが、それよりも閉ざされた地において権力を持つ事の意味、その感覚の麻痺をどうしても考える。人の命を虫けら同然に奪い、土地を収奪し利権を追い求める者たち。地元の土建業者、議員、ヤクザ、近畿電力の癒着は、まるで時代劇の悪代官と越後屋の如くステレオタイプに、嫌らしく、いかにも日本的に描かれている。だが、そんな大げさな……と笑えるか? 今、まさに福島で起こっていることを見聞きしてなお? 


 夫を失い、女一人になった主人公。彼女の日常は、朝は共に漁に出て、夜は酔った彼の面倒を見ることの繰り返し。喧嘩ばかりしていたけれど、それももう帰って来ない。ある意味、夫が彼女の小さな世界の全てだった。漁師に過ぎなかった夫がなぜ殺されなければならない?


「ふふふふふ、冥土のみやげに教えてやる!」


 展開はどこまでも時代劇なんだが、田舎の日常に密着した生活描写、生々しいセックスシーンが、それらを大仰には感じさせない。夫の死を受け入れられないでいる主人公が隠れている娼婦だけの島を彷徨う姿は、地上にありながら不安定で、無気力で、屍が水中をたゆたう姿に似ている。そこで彼女はあまりに無力だ。
 しかし、倒すべき仇を見つけた彼女は再び海へと飛び込む。海こそが彼女の生きて来た世界であり、全ての力を発揮できる世界だ。夫の鎮魂のための儀式に参加する主人公は再び捕らえられ海に放り込まれるが、それでは彼女を葬る事は出来ない。二つの再会を経て、たどりついた浜辺で彼女が目にしたのは、「原発開発予定地」の文字。そう、全てはこのため。夫をはじめ多くの命を奪ったのも、海を汚したのも……。


 クライマックスの海女無双は圧倒的な迫力だ! ほとばしる情念の下、魅入られたように銛の餌食になっていく者たち。利権に媚び、金に魂を売って、人の命を弄んだ人間に似合いの末路。だが、彼女がいくら手を血で汚しても、そういった者たちが尽きることもない。たかが女一人を相手にして、フル装備の機動隊が大勢で押し寄せる、その異様な暴力性。人一人の怒りのあまりの微力さ。しかしその時、嵐が訪れる。


 これは、善悪とそれに対する因果応報という、むしろ素朴な価値観を描いた物語だ。現実の世に「然るべき報い」などないかもしれない。だが、誰もが黙って見ているわけではないし、踏みにじられた怒りが消えることも決してない。あの砂浜には今も傾いたお地蔵様がいるし、海へと帰っていった人魚が、その同じ海に身を投げた一人の映画監督の魂が、いつか必ず戻って来る事だろう。

ハサミ男 (講談社文庫)

ハサミ男 (講談社文庫)

ハサミ男 [DVD]

ハサミ男 [DVD]