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治る見込みのない傷口

2011年1月17日

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写真:訓練を指導する戸塚宏校長(「平成ジレンマ」から)拡大訓練を指導する戸塚宏校長(「平成ジレンマ」から)

写真:10人の訓練生がスクールで寮生活を送る拡大10人の訓練生がスクールで寮生活を送る

写真:戸塚校長は1940年生まれ拡大戸塚校長は1940年生まれ

写真:阿武野勝彦プロデューサー(左)と齋藤潤一監督。取材には約10カ月かけたという拡大阿武野勝彦プロデューサー(左)と齋藤潤一監督。取材には約10カ月かけたという

 「戸塚ヨットスクール」を知っていますか? 訓練生の死亡事故を起こし、戸塚宏校長らの過酷な体罰が「教育」なのか「暴力」なのかが刑事裁判の争点となった「戸塚ヨットスクール事件」から約30年。出所した戸塚校長によって再開されたスクール(愛知県美浜町)を東海テレビが長期取材したドキュメンタリー映画「平成ジレンマ」が、29日から名古屋シネマテークで、2月5日から東京のポレポレ東中野で公開されます(順次各地で)。

 かつて非行や不登校の10代を受け入れていたスクールは今、引きこもりやニートの20代が半数を占め、訓練生は高齢化。映画はこの30年の間に流れた時代を、30年かけて流れついた現代日本の姿をあぶり出します。見終わった後はドーン!と暗い気分にたたき込まれますが、それだけ優れたドキュメンタリーである証し。東海地方での放映に終わらせず、映画という形で各地で公開するというのはたいへん意義ある試みです。

 映画の冒頭、戸塚校長は講演で「子どもは人格がまだできてないから、体罰で作ってやる」と話します。シワが増えて老けはしましたが、変わってませんね。でも現在のスクールは体罰を封印。その理由を取材者が問うと「ここ(スクール)をつぶすわけにはいかん。わずかでも成果を上げたいから」。

 体罰がないかわり、スクールには「いじめ」があります。学校でのいじめが原因で不登校になり、パソコンゲームに明け暮れ、家庭内で刃物を振り回して暴れていたという14歳の少女が、先輩訓練生に口答えしたため、頭を押さえつけられ殴られる。学校でいじめに遭い、気の弱い性格を直すために来たという小6の少年も、何かにつけ先輩から怒鳴られ殴られ、目をはらしている。戸塚校長はこれを「いじめ」と表現し、こう言います。弱い子はいじめによって感じた力の差を埋めようと進歩する。だから、いじめはいいことだ、と。

 こうした教育方針もその是非が問われてしかるべきですが(ちなみに上に挙げた2人の子はやがて明るさとたくましさを見せていきます)、映画は、もっとこじらせた事例を次々に見せつけます。引きこもってリストカットを繰り返していた17歳の少女(悲痛な結末ですが、ここでは明かしません)。ニートの21歳男性(訓練生のリーダーとして寮生活をまとめ、運転免許も取ってもう卒業目前…なのに逃走)。やはりニートだったスクール最年長の29歳男性(一度スクールを卒業して就職したが長続きせず再入校。校長の紹介で今度は沖縄の農家で働くことになるが…)。彼らの行く末を見ていると、「不良少年をたたきなおして更生」といったわかりやすい筋書きが牧歌的に思えるくらい、何かつかみどころのない徒労感がジワジワと胸の奥によどんできます。

 後半、戸塚校長の講演も心なしか、自らの信念を語ると言うより教育の荒廃を嘆く恨み節に聞こえてきます。ラスト、新しくやってきた訓練生はひきこもりの男性、40歳。波間のヨットを見つめる戸塚校長の後ろ姿には、途方に暮れたような無力感がにじんでいるように見えてなりませんでした。

 ディレクター(監督)の齋藤潤一さんは1967年生まれ。ヨットスクール事件が起きたのは中学生の時です。「当時、校内暴力や家庭内暴力が社会問題化していた。悪いことをしていると『戸塚』に入れるぞ、と教師から脅されました」。そうそう、監督と同い年の私も、「あいつ、あのままじゃヨットスクールとかに入れられるんじゃねえ?」といったヒソヒソ話を友達としていたものです。あのころニュースに映る戸塚校長は、ギラギラした精力のかたまりのようで、怪物めいた迫力がありました。

 齋藤監督によると、戸塚校長は「会う前は怖い人というイメージだったが、ふだんは普通のおじいさん。ただ、カメラの前ではファイティングポーズをとってみせる」とのこと。そして、上に挙げた14歳の少女や小6の子はスクールに入ってよくなったが、「20代以上のニートは、僕の取材した中ではひとりもうまくいってない。それで、戸塚校長も小さい頃の教育が大切だと言っているが、私もそう思う」。うーむ……。

 「平成ジレンマ」というタイトルは、阿武野勝彦プロデューサーによると、どうにもならない現実を前にした自分たちの気持ちをそのまま表したのだそうです。パンフレットに寄せたノンフィクション作家・吉岡忍さんの文章の末尾にはこうありました。

 「現代の、もはや治る見込みのない傷口を見せてくれる」

 ここまで救いのない表現が妥当であるかどうか、ぜひ映画をご覧になって考えてみて下さい。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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