NATROMのブログ

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差別を許容するコスト

「避難してきた被災者の車が、いわき市のナンバープレートをつけていたため、近所からクレームがついた」といった話は聞いていた。車についた「放射能」を恐れたのであろう。困ったことであるが、不安に駆られて、そういう行動をとる人がいても仕方のないことだろうと思っていた。しかし、医療機関や避難所といった、公的な性格を持つ施設が、正当な根拠なく被災者を不平等に扱うのは問題である。


■福島第1原発:放射線検査「義務付け」 偏見で過剰反応 - 毎日jp(毎日新聞)


 原発から半径20〜30キロの自主避難促進区域にある福島県南相馬市原町区から福島市に避難してきた会社員、岡村隆之さん(49)は24日、市内の医療機関で8歳の三女の皮膚炎の治療を断られた。理由はスクリーニングの証明書がないこと。市販薬で何とかしのいだが、岡村さんは「ただでさえ不安な避難生活。診察を断られたことが、どれだけショックだったか」と話す。

 福島県は13日、県内13カ所でスクリーニング検査を始めた。17日からは、その結果を記した県災害対策本部名の証明書も発行している。しかし、本来は個人が自らの放射線量を知って安心するために行われる検査の証明書が、避難してきた人が受け入れてもらうためのお墨付きになっている実態がある。

 南相馬市などから約1300人が避難している福島市の「あづま総合運動公園」の避難所では、17日から入所の際にスクリーニングの証明書提示を求め、証明済みの目印にバッジを付けることになった。避難者が一時帰宅した際には再入場時にも検査を求めており、出入り口には説明文が張り出されている。

 避難所の担当者は「他の避難者から不安がる声が多かったため始めた。疑心を事前に摘み取るために必要だと考えている」と説明する。収容人員の多い他の避難所でも同様にスクリーニング検査を求める所がある。


産経でも同様の報道がなされている。

■【放射能漏れ】「証明書」なければ入所拒否 放射線検査、避難所に波紋も+(1/2ページ) - MSN産経ニュース


毎日新聞では、広島大病院高度救命救急センター長の谷川攻一教授の「原発での特殊な作業に従事する人を除けば、現時点で基準値を超える放射線量が出る人がいるはずがない。証明書がなければ必要な医療を受けられないなどというのは言語道断。過剰反応は厳に慎んでほしい」というコメントを紹介している。私も同感である。ついでに言えば、多少基準値を超える放射線量が出る人がいたとしても、他の人に与える影響はほとんどないと言っていい。

「他の避難者から不安がる声が多かったため始めた」とする避難所の担当者の言い分もわかる。「大丈夫だ、安心しろ」という説明だけでは「他の避難者」は安心しない。簡単なスクリーニングで安心を買えるのなら安いものだと思ったのかもしれない。しかし、差別を正当化する代償は安くないと私は考える。そう、「他の避難者の不安がる声」を理由に、医学的には不要であるスクリーニングを強要することは、差別に他ならない。「他のお客様の不安がる声」を理由にハンセン病元患者の宿泊を拒否するのとどう違うのか。

スクリーニングの証明書がないことで治療を断った医療機関については、避難所の担当者よりさらに酷い*1。放射線の害について、医師であれば基本的な知識として知っておくべきである。本来、不安がる患者に対して、大丈夫であると説明する立場であろう。医学的には患者に感染させる恐れがないにも関わらず、HIVキャリアの看護師を解雇しようとした医療機関を思い出させる(■HIVキャリアを理由に看護師を解雇することは正当か?)。

HIVキャリアの看護師の件については、差別的な解雇を行った医療機関を支持する発言も見られた。患者に感染させるリスクが事実上ゼロであっても、患者の不安や風評も考えろ、ということらしい。しかし、「差別を許容することによって自分が差別される側に立たされるリスク」は考慮されていない。今回の原発事故から、まさしく、いつ「差別される側に立たされる」かわからないということを改めて思い知らされた。差別を許容してはならないのは、そのとき差別される人のためだけではなく、自分のためでもある。完全に利己的な人であっても、十分に賢い人であれば、差別を許容しないであろう。


*1:報道が事実だと仮定して。福島県双葉病院の件と異なり、医療機関を擁護するのは難しいと思われる