私の珍味売りデビューは遅かったです。
通常、新生トレーニングで経験するのですが、新生トレーニングで珍味売りをする時、仕事と家庭問題対応で参加できませんでした。
意外に私は意的(石橋はとりあえず渡ってみる)で、変わったことが好きなのです。
だから、珍味売り・・・けっこう楽しみにしていたのですが・・・・参加できず残念でした。(ホント変人です。)
N市の青年部では、珍味売りは行いませんでした。
だから、私は献身してマイクロに行かない限り、珍味売りは経験できないと思ってました。
しかし・・・K青年部ではゴールデンウィーク、お盆、年末に珍味売りを1日もしくは2日やってました。
お蔭でめでたくデビューすることができました。
輝かしいデビューの時を迎えたのですが、「何で今頃珍味売り?」という思いあり、新トレの頃みたいにときめきませんでした。
&この時期、K青年部に移動して2ケ月目位・・・前々記事に書いたように、馴染んでなかったし、信仰基準も落ちていましたので・・・とりあえず経験すればいいや、という思いで「売ろう」なんて積極的な思いはなかったです。
(むしろ「売れない」という確信がありました。)
珍味売りの方法はです。
お弁当箱に段ボールとアルミでしきりをつくり、試食用の珍味を詰めます。
新入社員の研修ということで、「北海道の美味しい珍味を持ってきました。是非食べてみてください。」と試食を勧めます。
(新入社員研修と言っても・・・12月なんですけど・・・・)
玄関開いたら、明るく元気よく・・・歌と踊りで楽しませ、玄関の靴を揃え、尽くし、ゲストの情を解放しましょうと言われました。
(情の解放どころか怪しまれるだけのような気がするが・・・)
http://blog.livedoor.jp/rinjinyabai/archives/26669148.html
http://markunani.blog25.fc2.com/blog-entry-20.html
珍味売りのローリングプレイをし、いつもの出発式と祈祷をして決意を高めて出発します。
(統一教会では、伝道や経済摂理(展示会を開いて、物品を売る等)前には、必ず出発式と称する歌、ゲーム、御言葉、祈祷で精神を高めることを行います。
青年部では、ペアで珍味売りを行ってました。
私はペアになった人に「珍味売りは初めてなんです。よろしくお願いします。」と言いました。・・・「何で今頃初めて?」「だから、何?」という反応で、何のフォローもなかったです。
(いいけどね。)
初日は1個も売れずに終わりました。
2日目・・・ペアになった人は、バリバリ実践をやる積極的な女性でした。(というのは、最初の印象です。実際は違いました。)
珍味売り2回目のペーペーですが・・・途中でペアの女性が帰ってしまいました。
ヒェ~バタン・・・となりそうですが・・・
元々人と何かをやるのは苦手で、個人プレーが好きなのです。だから、かえって気が楽になりました。
2日目もいっこうに売れません。
試食でさえ、うまくいきません。
非情にも年末・・・突然の怪しい訪問者の相手をする余裕などありません。・・・
&「珍味、もう買っちゃたのよ。」という言葉・・・。「幾らなの?高いわね。」という予想したお言葉・・・・・・。
心は諦めムード一色・・・早く、帰りたい・・・・この思いだけです。
しかし、三田顧問が諦めさせてくれませんでした。
珍味売りの時は、1ラウンド毎時間を決められ、その時間になったら、顧問に電話をしなければなりません。
結果を報告するのですが・・・毎回「ゼロでした」というわけですから、葉っぱをかけられます。
そして、「売れるまで戻って来るな」と言われました。
当時、私は自宅から青年部に通っていましたので、あまり遅くはなれませんでした。
そのプレッシャーもあり、頭の中は「どうしよう どうしよう」・・・と思っていましたが、その思いはある時間からすっぱりなくなりました。
夜中になってもいい、何時になっても、絶対珍味を売って、神様を証したい、ゲストが珍味を購入することで、万物条件をたて、救いにつなげる・・・と信者特有の考えになります。
「○○さん(表札の名前)の救いにつながりますように」と真剣に祈って、玄関のピンポンを押しました。
冬でしたから、辺りはすっかり暗くなりましたが、それほど遅い時間ではなかったです。
やっと人のいい一人暮らしのおじさんが購入してくれました。
試食を勧めたら、「袋ある?」と聞かれ、「あります。」と答えたら、「あ~、これね、一つ買うよ。幾ら?」と聞かれたので、「2500円です。」と答えたら、高いとも何も言わず、ポンとお金を渡してくれました。
「ありがとうございました。」と深々と頭を下げ、2500円をいただきました。
おじさんが神様に見えました。
むか~し・・・
あまりにもこの方式の万物復帰(金集め)は効率が悪いので、某幹部が文ちゃんに「もう、こんなことやめて、もっと効率のいいことをやりましょう。」と言ったらしいです。
そしたら、文ちゃんが「そしたら心情復帰はどうする?」と言ったらしいです。
確かに・・・心情復帰(=自己陶酔)には格好のことです。
断られたり、酷いことを言われると、「お父様(文ちゃん)はどんなに酷い迫害を受けても、それでも迫害する人を愛してきた。・・・私もこの人を愛そう・・・それが、この人の救いにつながる・・・」と究極の自己満足が得られますので・・・。
しかも、神様のために頑張る自分という・・・。
統一原理では人の最大の罪は、「淫乱」と教わりました。
(のわりに、文ちゃん一家の乱れは何なんだ!)
キリスト教でも当然、そういう教えだと私は思ってました。
しかし、キリスト教で言う罪は・・・「人が神になろうとすること」と聞きました。
キリスト教は嫌いですが、「人が神になってはいけない」というのはわかるような気がします。