「先月の収支は2万2000円のプラスでした。同じ年代の男性のうち、約2割は余ったお金を貯めています。あなたも定期預金してみませんか?」

 アプリを開くとそんなお知らせが届いたので、「預け入れる」と書かれたボタンを押した。するとあらわれたのは、あらかじめ「22,000円」と入力された取引画面。あと数タップで預け入れは完了するらしいけれど、ちょっと待てよ。定期預金ってデメリットはないのか? まずはチャットで相談してみよう――。

りそなが刷新する新しいスマホアプリの操作イメージ
りそなが刷新する新しいスマホアプリの操作イメージ

 りそなホールディングスが、そんな使い勝手の良い新しい「銀行」を作ろうとしている。2月19日から配信する新しいスマホアプリは、顧客の資産状況などにあわせて様々な金融商品を提案。興味を抱いた顧客は、店舗を訪れなくてもそのまま電話やチャットで資産運用について質問したり、アドバイスを受けたりできる。

 りそな以外の大手銀もそれぞれ公式アプリを各種用意してはいるが、主要なものでも残高確認や入出金、振替といった取引を可能にしただけの場合が多く、いわば「ATMを手のひらの上に持ってきた」位置づけ。りそなのように銀行側から提案したり相談に応じたり、「銀行そのものを手のひらの上に持ってくる」スマホアプリは、まだ珍しい。

めざすは脱・貯金箱

 「会えていない1200万人に会いたい」。オムニチャネル戦略部の伊佐真一郎グループリーダーは語る。りそなに稼働口座を持っている個人顧客は1300万人。ところが、そのうち、りそな側が支店などで具体的に金融サービスを提案できている顧客は100万人にとどまる。つまり1200万人に対しては、お金を出し入れする貯金箱としてしか口座を提供できていない。

 従来はそれでもよかった。りそなにとっての「上客」は店舗に足を運んでくれる100万人。すでに資産運用に関心があり、金融商品を契約し、りそなは手数料収入を受け取れたからだ。だがこうした層は高齢化が進み、先細りが避けられない。顧客の若返りを進めなければ、りそなの成長機会はしぼんでしまう。

 折しも現在、金融業界では追い風が吹いている。ここ数年で個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」や「つみたてNISA」など、上客ではなかった層も投資を始めやすい商品や諸制度も整ってきた。たとえ上客ほどの金融資産はなくても、いまのうちに接点を作れば長きにわたり顧客でいてもらえる。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。銀行として、「投資に興味があるなら、まずは店舗へどうぞ」と待っているわけにはいかない。そこでりそなが取り組むのが、店舗に来なくても「接客」できる体制をつくること。そのための手段が、スマホの便利さに慣れきった顧客が「銀行っぽさ」を意識せずに使えるアプリの開発だった、というわけだ。

「銀行の論理」は封印

 銀行に染みついた「銀行っぽさ」を払拭するためにはどうすればいいか。この点で大きく貢献したのが、協業相手としてアプリの企画・開発に携わったデジタルアート制作のチームラボ(東京・文京)だった。

 「『スマホを銀行にする』っていうコンセプトを最初に聞いたとき、もうこれは300%同意できるなと思いました」。こう話すのはチームラボ取締役の堺大輔氏。「窓口に並ぶなんてもってのほか。大企業がアプリをつくるとき、部門の壁とか内部処理の事情を反映してしまいがちですが、僕らはそうじゃなくて、ユーザーにとって本当に使いやすいデザインを考え抜きました」

りそなが力を借りたチームラボ社内。ネクタイをしめて訪れると少し存在が浮いてしまうほどの、自由な雰囲気でアイデアを出し合っている
りそなが力を借りたチームラボ社内。ネクタイをしめて訪れると少し存在が浮いてしまうほどの、自由な雰囲気でアイデアを出し合っている

 チームラボは、大手企業がアプリの開発で協業することの多いいわゆるIT(情報技術)ベンダーではない。自らを「ウルトラテクノロジスト集団」と称する通り、デジタル技術で現代ならではの芸術表現を追求する会社だ。これまでの制作実績も、美術館の特別展示やイルミネーションなど「アート」なものが目立つ。

 お堅い銀行としては異例ともいえる、チームラボとの連携。その自由な発想を生かそうと、りそなが心がけたのが「銀行の論理」の封印だった。たとえば金融商品の売買にはつきものの長い商品説明の文言。りそなは今回、「まずはチームラボで扱いを判断してください」と、対応を一任した。

 もちろん最初のデザイン段階で省略された場合でも、銀行として本当に必要な表示などは復活させるつもりでいた。だが、りそな側のこうしたオープンな姿勢があったからこそ「銀行っぽくないアプリをつくることができた」(堺取締役)。

 顧客にとっての使い心地に重きを置くチームラボ側と、会社内で決められた開発のスケジュールを重視したいりそな側とで、認識のズレが表面化したこともある。

 開発着手直後の17年はじめ、チームラボが提示した開発スケジュールに、りそな側は目を丸くした。「要件定義に3カ月は必要です」と書かれていたからだ。

 要件定義とは「どんな画面をどんな順番で表示するのか」「どんなボタンを押すとどんな動きが返ってくるのか」など、必要な機能とそれに伴うアプリの動作を決める作業。りそなが想定していた期間は約1カ月。その後の設計やテスト工程を考えると、3カ月かけていては予定していた納期には間に合わない。

 だが、もともとアプリの開発は「銀行の常識を離れる」がコンセプト。全く新しいものを作ろうと思っているのだから、自分たちの都合を押し付けること自体がリスクになる。そこでりそなは「最初の要件定義こそが肝要」というチームラボの提案を受け入れた。

疑問があれば、アプリ内からそのまま問い合わせできる
疑問があれば、アプリ内からそのまま問い合わせできる

読み込みのストレス、アニメで解消

 こうして2月19日、アプリは晴れてデビュー初日を迎える。

 「銀行っぽくない」のは、冒頭で紹介したような銀行からの提案やチャットでの相談機能だけではない。

 その一つが、画面を読み込むときにあらわれる自社のブランドロゴだ。表示されるのは数秒にも満たないが、静止画ではなくアニメーションとして動かすデザインを採用。待ち時間のストレスを感じにくくしている。

 「こうした小さな工夫の積み重ねが、結果として使いやすさの面で大きな差として出てくる」と堺氏。インターネットバンキングを単にスマホに移植するのではなく、スマホでの操作を前提にネットバンキングを設計し直した格好だ。

米アップルの基本ソフト「iOS」とグーグルの「Android」では、主要な操作ボタンを画面下に配置するのか、画面内に浮かせるのかといった微妙な操作性の違いがある。りそなの新アプリは両OS向けのアプリをそれぞれ別に設計した。一括設計によるコストの削減効果より、それぞれのOSにあわせた使いやすさを重視した
米アップルの基本ソフト「iOS」とグーグルの「Android」では、主要な操作ボタンを画面下に配置するのか、画面内に浮かせるのかといった微妙な操作性の違いがある。りそなの新アプリは両OS向けのアプリをそれぞれ別に設計した。一括設計によるコストの削減効果より、それぞれのOSにあわせた使いやすさを重視した

 銀行業界で一歩前へと踏み出した、りそなの新スマホアプリ。だが、これで完成というわけではない。最近では金融・ITを融合させた「フィンテック」関連のスタートアップ企業が台頭し、ユーザーにとっての使い勝手を高めたアプリも増えてきた。

 銀行には「給与口座として使われていて毎月必ずお金が振り込まれる」など、新興フィンテック企業にはないアドバンテージがある。今回のアプリ刷新をあくまで出発点ととらえ、顧客にとって「便利な銀行」のありかたを追い求め続けられるかが問われている。

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