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ポップカルチャーととんかつ

坂元裕二『カルテット』1話

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坂元裕二が脚本を手掛ける新作ドラマ『カルテット』の放送が開始された。『問題のあるレストラン』(2015)にしても『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(2016)にしても意欲作であり、充分に我々の琴線を揺さぶってきたわけであるから、こういった言葉を用いるのは少々憚れるのであるが、あえてぶちまけよう。坂元裕二、完全復活!これは面白いですよ。謎が謎を呼ぶミステリーであり、まさに新機軸。しかし、本心を隠しあった人間が集まり、“本当のこと”を周到に隠しながら上滑りの会話をしていくというそのミステリーのありかたは、”わかりえなさ”を前提に掲げた坂元ドラマの本質を捉えた形式のようにも思える。ここ数作では控え目であった、あのつんのめるように脱臼した会話劇が、全幅の信頼を寄せるに値する役者の集結によって、復活。発話や会話のリアリティもさることながら、「唐揚げにレモン」だとかいう、物語には到底なりえないはずの言葉が、瑞々しく躍動し、複雑な感情が描写されていく、その筆致に震えてしまう。そして、唐揚げにレモンという議論から、”時の不可逆性”にまでサラっと論理を展開させてしまうドライブ感。坂元ドラマに流れているのは、本来であれば、言葉にならないはずの想いだ。私達がグッと飲み込み堪えてきた言葉や感情を、とびきりのユーモアとペーソスで解放する。上質な物語というのにはそういった救済の力がある。


そして、一流の会話劇であると共に、その台詞が止んだ時、静かに交わされる疑いのまなざしの視線劇でもある。喋る言葉が全てではない。人々の背景には目に見えない様々な思惑や感情が蠢いている。場に流れる不穏な空気を視線や仕草だけで悟り合い、突然「しょうがないじゃないですか」と切り出すのには大変驚かされた。そして、コーン茶を淹れる、という動作を軸に登場人物が入れ替わりに本音を語り出す。こういった会話と動線の引き方はもはや演劇の戯曲である。完全に視聴者の”ながら見”というやつを拒否している。前枠の『逃げるは恥だが役に立つ』はSNSでみんなで盛り上がれる”隙”を作ったことが、高視聴率の一要因であると思うのだけども、そこに一切媚びてこない。過去のインタビューを読むに、こういったドラマの作り方が広く受け入れられない事を当然、坂元裕二も自認している。

坂元:間違いなく言えるのは、わかりやすくしないと視聴率は取れないですよね。テレビはやっぱり“説明説明説明”で、水戸黄門的に予定調和な。それが馬鹿にしてるかというと、逆に誠意を尽くしてる思いです。


我孫子:馬鹿にしてるというか、これくらいしないとわからないんだろう? という思い込みは。


坂元:わかりやすくする、ということにものすごい労力を傾けている状況はありますね。今のバラエティにしてもドラマもにしてもそうですけど、昔に比べたら遥かにたいへんな作業をしてるわけです。昔はもっとゆるく企画して、ゆるく台本作って、簡単に撮っていたのが、今はもう「ここまでしないといけないのか」というくらい、あの手この手で伝えようと。ヒットしたドラマが途方もない労力の上で作られてることは間違いない。

それでもあえて自分の信念(のようなもの)を貫くブレなさ、そして、前枠に大きな成功体験がありながらも、坂元のやり方を容認するTBS。痺れてしまうぜ。



世吹すずめ(満島ひかり)が路上でチェロの演奏をしている。道行く人の中に、彼女の音に耳を傾ける者はいない。このオープニングショットで、このドラマがどういう人を描こうとしているのかが生々しく浮かび上がってくる。社会と上手に接続できない、しかし、それでもなんとか繋がろうと懸命になる者達だ。そんな彼女に金銭をちらつかせ近付き、妙な依頼を持ちかける老婆(もたいまさこ)が現れる。

この女性と友達になって欲しい

実に怪しい依頼だが、”仕事”と”金”と”人の繫がり”が全て揃ったその依頼を、彼女を当然、飲み込むことだろう。ちなみに、すずめが飲んでいる三角パックのコーヒー牛乳。『カルテット』なのに三角・・・と一瞬思うわけだが、正式名称を「テトラ・クラシック」と言い、”正四面体”である。三角形に気をとられ、底の一面に気づかない。このドラマの本質を突くような巧妙なメタファーがこの小道具に託されている。


次に、降りしきる雨の中、まるで喪に服しているかのようなモノトーンで身を固めた巻真紀(松たか子)が映し出される。薄暗い画面の中で、巻の”赤い”スーツケースだけが妙に鮮明だ。流れているのは雨なのか、”血”なのか。別府司(松田龍平)が彼女を車に乗せ、次にまるでヒッチハイカーを拾うかのように家森諭高(高橋一生)を乗せ、舞台となる冬の軽井沢の別荘地へ。このミニバンに次々にキャラクターが乗り合わせる感覚はまさに『ドラゴンクエスト』的であろう(そして、スーパーでドラクエのテーマの演奏に繋がる)。


別荘に入館するやいなや、巻が叫び声を上げる。テーブルの下に死体が!やはり、あのスーツケースの”赤”は血であるのか。いや、しかし、死体のように思われたのは、どこでも寝てしまうすずめちゃんであった。ここまではまさに”ミステリー”という感じの導入。すると老婆に依頼されて別荘地に潜入したすずめはさしずめ探偵(明智小五郎)である。
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実際どうだろう、彼女は有能な探偵である。執拗に問いただし、巻に”夫の失踪”を告白させ、家森が"隠し"持ってるいる高級ティッシュペーパーを暴きしてみせる。更には、そのティッシュが剥がされていく様を

追いつめられた連続殺人犯みたいですね

と暗喩して、巻を静かに追いたてる。しかし、

青空より曇った空が好きです

と容疑者である巻と共鳴してみせたりする。すずめと巻の”雲”が覆い隠しているのは一体何なのだろうか。



まだ謎が謎を呼ぶ状態で、細かく言及していくのは難しいのだけども、おそらく今話限りのゲストであろうベンジャミン瀧田(イッセ―尾形)にはついては何か語れよう。

別府:まじか・・・家森さん、気づきました?
家森:ああ、気づいた
別府:『あしたのジョー』の帽子でしたね!
家森:『あしたのジョー』の帽子だったねぇ

で、「イェーイ」と松田龍平と髙橋一生がはしゃぐシーンは個人的にハイライト級に好きなのですが、注目するはやはりベンジャミンさんがかぶり続けるあの赤い帽子だ。”余命9ヶ月”という嘘を巻に暴かれ、レストランでのパフォーマンスを解雇されたその帰り道、ベンジャミンさんの帽子が風邪で吹き飛ぶ。スローモーションで、印象的にカメラに収められたあのシーンに託された意味。あの帽子というのは、『あしたのジョー』の帽子であったわけで、つまりは、ベンジャミンさんの”あした“が吹き飛んでいってしまったということだ。そして、歩いていた道を外れ、退場していく。その様子を見て、心を痛めた様子の4人。それは、巻が指摘するように、ただ同情したからではない。「あの人に未来の自分達を見た」からだ。音楽という夢を追い、それに押しつぶされたベンジャミンさんは未来の、いや”あしたの”自分達かもしれないのだ。


メンバーに夫の失踪を告白する巻(その告白を果たした後、巻はそれまでのモノトーンとはかけ離れた、実に鮮やかな”赤”の洋服を着る)、何やらカルテットの立ち位置通りに矢印が向いているらしい4人の”片想い”の連鎖、いかにも借金取り然としたMummy-D(from RHYMESTER)、”ドーナッツの穴”というメタファー、ラジオが伝える池から浮かび上がる死体、まったく、面白くなっていく予感しかしないじゃないか。



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