それは僕と君だけの秘密〜映画『モールス』

■モールス (監督:マット・リーヴス 2010年アメリカ・イギリス映画)

I.

クロエ・グレース・モレッツちゃん主演のヴァンパイア映画『モールス』です。最初に説明するとこの映画、2008年のスウェーデン映画『ぼくのエリ 200歳の少女』のリメイクなんですね。オリジナル版は日本劇場公開時に自分も観ましたが(拙レビューはこちらで)、北欧の町ストックホルムを舞台にした、ヴァンパイア少女と人間の少年との、ほのかな愛情と心の交流を描く、とてもとても静かで侘しい映画として完成していましたね。リメイク版『モールス』は、舞台を80年代のアメリカの町に移し、やはり冬の寒々しい光景と、ヴァンパイア少女と少年の出会い、そして鮮烈な血の惨劇を描いてゆくんですね。

主人公の少年の名はオーウェン(コディ・スミット=マクフィー)、母子家庭に育つ彼は友達もおらずクラスでは虐められっ子、そんな彼はいつも一人ぼっちで雪の公園で過ごしますが、そこで奇妙な少女アビー(クロエ・グレース・モレッツ)と知り合います。そして実はこのアビー、12歳ほどの見た目のまま何百年も生きるヴァンパイアだったんです。オーウェンとアビーはお互いの孤独を舐めあうように惹かれあってゆきますが、オーウェンはまだアビーの正体を知りません。そしてその頃、町ではおぞましい殺人事件が多発し始めるのです。それはアビーと共に住み、アビーの飲む血の調達をしている人間の男が起こしたものなのですが、警察は次第にアビーへと迫ってくるのです。さらに学校でのオーウェンへの虐めは苛烈さを増していき…。

II.

この『モールス』はオリジナル映画『ぼくのエリ 200歳の少女』と殆ど何一つ代ることなく物語が展開してゆきます。物語だけを観るなら、なんでわざわざリメイクする必要があったの?と思うほどです。まあアメリカではあまり外国語映画が注目されたり公開されたりすることが無く、例え内容の一緒な映画であろうとハリウッドでお馴染みの監督と英語を話す俳優とで作った作品があるなら、アメリカではそちらのほうが観られるであろうことは想像が付くし、もともと秀逸な内容の映画であったために、完成すればこれがヒットに結びつくことは製作者の頭にもあったのでしょう。そしてこの『モールス』の完成度は非常に高いです。完成度の高いオリジナルを殆ど何も足すことも引くこともなく遜色なくリメイクし、それを若干ハリウッド映画的なメソッドでもって味付けしてあるために、ある意味初めて観る方にはオリジナルよりもこちらのリメイク版を薦めてもいいぐらいだと思います。オリジナル版の静けさに満ちた演出はそれはそれで味わい深いですが、ハリウッド映画に見慣れた目には静かで淡白過ぎるきらいがあるからです。

自分自身も、この『モールス』は優れたリメイクだと感じました。映画の映像的な密度が上がった分、物語の持つ雰囲気はより濃厚なものになり、話法はスムーズで、VFXをさらに大幅に導入することにより、恐怖はより以上に増しています。少女と少年の孤独感はしんしんと降り積もる雪のように冷え冷えとして寂しく、二人が惨劇の舞台へとひた走る絶望感は、画面の暗さと相まって、観る者の心をどこまでも凍えさせるでしょう。そして深い余韻を残すとても切ないあのラストのシーンを迎えて、映画は終わります。

III.

この映画の評判を高めたのは主演のヴァンパイア少女に抜擢されたクロエ・モレッツの存在でしょう。日本では彼女を一躍スターにしたあの『キック・アス』の後の主演作として公開されるために、注目度はいやが上にも高まっているはずです。海外でも同様な反応なのではないかと思います。ただ、実を言うと、自分としてはこのクロエ・モレッツが、ミス・キャストに思えてしまったんです。一人の俳優としてクロエ・モレッツがこの映画に十分な演技と存在感でもって貢献していることは認めますが、彼女は「少女の姿のまま数百年を生きるヴァンパイア」というキャラクターではないと思うんですよ。クロエ・モレッツはとても愛らしい女優ではあるものの、その反面、死や頽廃、倦怠といったものを感じさせる女優ではありません。12歳にも見え、しかし幾多の歴史を乗り越えてきた老獪な存在にも見える、そういったヴァンパイア少女に見えないんですよ。そういった役を演じるには目つきの暗さやある種の狂気が必要です。それが残念ながらクロエ・モレッツにはなかったと思えるんです。

逆に、主人公少年オーウェンを演じたコディ・スミット=マクフィーが実に良かった。彼こそ、孤独と破滅の予感に満ちた暗い目を持った子供なんです。日陰に生きることに慣れ親しんでしまったような寂しげな表情を持っているんです。しかも彼は、とても女性的な顔つきをしているんですよね。この彼がヴァンパイア役やってもよかったと思ったぐらいです。この子は将来いろんな役が出来るんじゃないかな。クロエ・モレッツちゃんよりもコディ君のほうがちょっと気になった、そんな『モールス』でした。


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