児玉演説があきらかにした「100mSv以下は大丈夫」の欺瞞

特にインターネット上で、東大アイソトープ総合センター長、児玉龍彦氏の参考人演説が大きな話題となっています。

動画や
http://www.youtube.com/watch?v=eubj2tmb86M
ノートテーク
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/8f7f0d5f9d925ebfe7c57aa544efd862

をご覧いただければその理由はすぐにお分かりのことでしょうが、ここで簡単に整理してみたいと思います。
科学者による被曝リスクに関するコメントは311以来多く発信されてきましたが、児玉演説においては、

1.内部被曝そのものを専門とする科学者による
2.低線量被曝リスクの重大性告発

として、大きな意義があるものと考えられます。
なぜか。
100mSv以下の低線量被曝のリスクをどう扱うかによって、除染や避難など、対策のスタンスが大きく変わってくるからです。

たとえば、児玉氏は「われわれが放射線障害をみるときには総量を見ます」と述べ、まず放射線(被曝)総量算定の必要性を強調しています。
これまで放射性物質や被曝の総量についてはほとんど問題にされていませんでしたが、ICPRのLNT(しきい値なし直線)仮説に従って考えれば、晩発性障害の総量は、被曝の総量に比例することは、すぐにわかります。
つまり低線量では個々人のリスクは下がってもゼロにはならず、「線量x人数」で得られる被曝総量が大きければ、全体としての被害は甚大なものになるということです。
たとえば「10mSvが1000万人」の場合と、「100mSvが100万人」では、被害総数は同じということになります。「濃く狭く」と、「薄く広く」では、同じ被害を生むのです。*1 *2
(国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告(Pub.103)
の国内制度等への取入れに係る審議状況について http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/sonota/__icsFiles/afieldfile/2010/02/16/1290219_001.pdf)
(「低線量被ばくによるがんリスク:私たちが確かにわかっていることは何かを評価する」PNAS(2003)
http://smc-japan.org/?p=2037
これはICPR勧告から直接に導き出される結論であり、それに基づくとする対策は本来、まさに児玉氏の主張するような火急の、大規模なものにならざるを得ません。

しかしながら、事故以来多くの機関やメディア、一部科学者は、「100mSv以下は大丈夫」のような発信をくりかえしてきました。*3 *4 *5 *6 *7 *8
福島県放射線健康リスク管理アドバイザー、山下俊一氏の5月3日発言「皆さんはここに住み続けなければならない」(http://www.youtube.com/watch?v=ZlypvPRl6AY)にみられるように、政府側の測定、除染、避難、補償に関するスタンスも、そういったリスクの過小評価に基づいているといえるでしょう。
今回、その欺瞞性がはっきりと示されたといえます。あるいは、なにか独自の基準があるのであれば、ICPRより優先するその基準について説明する責任があるでしょう。

また早稲田大学準教授、難波美帆氏が河北新報のコラムで指摘しているように、ICPRのいうところの緊急時、復興時の扱いにも疑問があります。日本学術会議会長談話では、年間20mSvは緊急時の最低基準であり、妥当である旨を述べていますが、ICPRのいう緊急時であるならば除染や避難といった対策が最優先のはずであり、除染も完了していない地域で児童が通学するような事態は考えられません。
放射線防護の対策を正しく理解するために http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-d11.pdf

すなわち、ICPR勧告に従うといいながら、これまでほとんどの対応は低線量被曝のリスクを過小評価し、緊急時や復興時といった状況認識を混同させています。
このように児玉氏の主張は、決してオーバーなものではなく、ICPR勧告を忠実に受け取った場合の認識と対応をあらわしている、と考えるべきでしょう。
もちろん、児玉氏が行っている除染活動の実践からの経験知は、他の誰にも得られない貴重な情報であり、この演説の説得力をいやましにしているものですが、被曝リスクあるいは慢性炎症の危険性など、専門知の多くは、科学コミュニティがあらかじめ持っていたはずのものです。

ではなぜ、34学会長声明や日本学術会議会長談話は、あるいはなんであれ科学コミュニティは、児玉氏個人がリスクを取って発言するまで、これらのことを公に主張できなかったのでしょうか。
311以後の日本の「学」や「知」を考える上で、この疑問を避けて通ることはできないでしょうし、ここを明らかにしなくては、今後「学」や「知」が国民の大きな信頼を得ることは難しいのではないでしょうか。

*1:ちなみに内部被曝と臓器に関するくだりは、確率的影響に関する説明です。粒子がどこにどう蓄積し細胞を傷害するかは確率的な問題なので、低線量でも閾値がない、ということです。

*2:もちろん、平時の低線量を極端な大人数に適用するのは不適当です。あくまで事故時における大まかな被害予測のモデルとして扱うべきでしょう。

*3:http://news.livedoor.com/article/detail/5651139/

*4:http://sankei.jp.msn.com/life/news/110608/bdy11060822250001-n2.htm

*5:http://togetter.com/li/150182

*6:http://www.foocom.net/column/editor/3827/

*7:http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/hotnews/int/201103/519126.html

*8:http://blog.blwisdom.com/shikano/201107/article_4.html