NTT対ソフトバンク論争

池田 信夫

NTT-DPJ2

これまでソフトバンクが一方的に攻めていた「光の道」をめぐる論争に、ようやくNTTが応戦しました。鵜浦副社長が、民主党の情報通信議員連盟のヒアリングで、ソフトバンクの案を「ガラパゴス」と批判したのです。上の図はそのプレゼンテーションに使われたものですが、明らかにソフトバンクの全面広告に対抗したものです。

「グローバルスタンダードかガラパゴスか」というのは、この場合はあまり大きな問題ではないと思いますが、多様なインフラが競争する中からユーザーが選ぶことが望ましいというのは市場経済の常識です。これが総務省のタスクフォースの報告書の基調でもあります。これで議論は決着したと思いますが、松本さんはご不満のようなので、少しコメントしておきます。


まず基本的な論点は、総務省のタスクフォースが設備競争がベストだとしている点です。松本さんは、それを「水道管を二本並べて敷く」ようなもので無駄だとおっしゃいますが、違います。NTTと電力系が同じ家にアクセス系を2本引くことはありえない。中継系では2本どことろか無数の光ファイバーが競合しているので、設備競争(プラットフォーム競争)はまったく無駄ではありません。

今週のEconomist誌の記事も間違えていますが、NTTのアクセス系の光ファイバーの卸し売り料金は世界一安く、むしろそれが電力系や独立系の業者とのプラットフォーム競争を阻害しています。USENも撤退し、東電の通信子会社もKDDIに買収されました。それでもFTTHの30%近くを競合他社が占めているのは、世界にも例をみないプラットフォーム競争であり、これを大事にする必要があります。

くわしいことはASCII.jpにも書いたので繰り返しませんが、一つの企業のインフラを共有する形の競争は、強い規制なしでは維持できないので、規制に依存しないプラットフォーム競争がベストだというのが競争政策の常識です。「構造分離」は、通信業界の奇形的な構造を固定し、永遠に規制なしでビジネスが成り立たなくする危険な政策です。ソフトバンクはこれを取り違えており、競争政策の基本的な知識が欠けているといわざるをえない。

電力線のように物理的に設備競争が困難なインフラもありますが、通信の場合には十分可能です。それは高速無線という新たなプラットフォームが登場したからです。「無線は信頼できない」とか「速度が十分出ない」というのは、かつてソフトバンクのADSLに対してNTTの技術陣が言っていたことです。ユーザーは信頼性や速度より安くて手軽なADSLを選んだのです。このように「安くて悪い」技術が「高くて良い」技術を倒す現象を、クリステンセンは破壊的イノベーションと呼びました。

そして今、高速無線がFTTHに対する破壊的イノベーションとなっています。それが「100Mbpsを保証できない」などということは問題ではない。ユーザーにとっての通信の価値は「速度×自由度」で決まるので、いくら速度でまさっても自由度ゼロのFTTHは高速無線に勝てない。世界的にみても、FTTHに力を入れているキャリアはほとんどなく、収益の柱は無線に移行しています。どのインフラがベストかを決めるのはソフトバンクではなく、ユーザーです。

それでもソフトバンクが「全世帯にFTTHを引きたい」というのであれば、自社のリスクでやってください。それは誰も止める筋合いはありません。NTT法を廃止して、ソフトバンクがそれを買収できるようにする規制改革には、私も賛成です。国策会社案には総務省もNTTも反対なので、いくら全面広告を出しても無駄です。「1社でもやる」というなら、国に頼らずに資本の論理でNTTと闘ってください。応援します。

コメント

  1. はんてふ より:

    >ユーザーにとっての通信の価値は「速度×自由度」で
    決まるので、いくら速度でまさっても自由度ゼロの
    FTTHは高速無線に勝てない。

    寝たきりの父が居ます。
    彼は、家で、光回線で運び込まれる、YouTube動画を
    見て喜ぶでしょうか?家族で映画館に行きたいとは
    思うかも知れません。しかし彼は、目が悪いので、
    映画館の明るさすらままならない。
    たかがネット動画の狂騒は、寝たきりの彼には、
    ほんの数分間、死を眼くらましされただけでした。
    家族の買ってあげた簡単ケータイは、彼の車椅子の
    ポケットに何時も鎮座しています。

    過疎地に住む老夫婦が居ます。
    彼らは、老老介護で、買い物すらままなりません。
    SBが引いてくれた光回線があります。
    ですが遠隔医療が通じるような話ではありません。
    連日の老老介護。呆けとの相手、おむつ換えの毎日。
    介護保険の範囲でデイ・ケアを頼みますが、
    お爺ちゃんはデイ・ケアを嫌がる。寂しがる。
    ネットの使い方を教えてくれる息子は、
    たかが光回線のあるだけの田舎には帰ってきません。

    とまあ、扇情的に反論を書く事は如何ようにも可能なんです。
    得体の知れない家族劇場より、こちらの方が
    リアリティがあると思いますけどね。
    私は仕事でPCの使い方を教えた後、罪悪感に
    苛まれるのですよ。そして夜自分はPCに向かう。

  2. hiratayukai より:

    損正義さんの「我田引水」論理は今に始まったことじゃないので驚きませんが、今回の新聞広告は多くの人が「???」「何のこと?」と思ったでしょう。
    ソフトバンクも携帯を安くして契約数を稼いでも、それが利益となって跳ね返ってこないことに焦りを感じているのかも知れません。
    だからといっていまさら「国策会社」というのはちょっと筋が違いますね。
    「巨人NTT」と戦うにはやはりNTT法の廃止を新聞広告で訴えたほうがいいでしょう。