妄想×リアリティで垣間見た妄想と現実の境界


8月29日に工学ナビの橋本先生([twitter:@kougaku])、明治大学の福地先生([twitter:@kentarofukuchi])のお二人を司会として、AR勉強会である妄想×リアリティが開催された。ARの第一線の開発者、功労者等が妄想全開で語る研究会は、大盛り上がりで幕を下ろした。本エントリではその一部を紹介したい。

非日常に覆われた会場

会場はお台場のTOKYO CULTURE CULTUREだったわけだが、そこはすでに妄想という名の非日常に覆われていたと言っても過言ではない。




なぜか水着姿の女性が溢れかえっている会場周辺。一体何事かと参加者からも戸惑いのTWがポストされる。

ネタを明かせば、会場の階下であるZepp TokyoGACKTツアーが開催されており、ファイナルの当日は、「水着着用限定で、水着はビキニでヘソ出し、お腹出しマスト!!」というドレスコードが設けられたため、会場には2500人におよぶ水着姿のファンが集まったということらしい。研究会は階下から響くGACKTサウンドの振動の中、波乱の幕開けを迎えたのだった。

AR関係者トークショウ

第一部はAR関係者トークショウが開催された。登壇者は、ARを活用したパフォーマンスで知られるAR三兄弟、ARの代表的なライブラリであるARToolKitの開発者である奈良先端加藤博一教授、派生ライブラリであるNyARToolkit開発者nyatla氏([twitter:@nyatla_st2])、FLARToolKit開発者Saqoosha氏([twitter:@saqoosha])、そして工学ナビの橋本先生と錚々たる顔ぶれだ。司会は福地先生。

トピックスを抜き出すと次のとおりだ。

  • AR三兄弟、漢字マーカーを用いたカンジブルコンピューティング*1を披露するも、続く加藤教授の講演で、加藤教授が10年前に同様のコンセプトを実現していたことが判明。
  • ARToolKit開発の思い出話を語る加藤教授だったが、ARToolKitをブレイクさせるきっかけとなった初音ミク動画*2は講義にも利用しており感謝しているとのこと。
  • さらに、加藤教授も「実は僕も初音ミク大好き」と告白。「ミクちゃんと呼びかけるとコンピュータとのやりとりをにやってくれるARコンシェルジェになって欲しい」と、ミクを使った妄想を披露。家でもモニタにミクを出しているが、嫁さんと子供には内緒にしているらしい。このエントリがご家族の目に触れないことを願っております。
  • ARの神様のような人が「ミクちゃーん、と呼ぶとミクが手のひらにでてくるの」とかミクちゃん連呼する様子を見て、ショックを受ける橋本先生。
  • 橋本先生はそろそろ視覚は良いので「触りたい、ぷにぷにしたい」と告白。一体何を触りたいのか、と食い下がる福地先生*3。結局押し切られ、「いや……その……胸とか……」と告白する橋本先生。「あずにゃんをぺろぺろしたい」とかそういうリビドーで技術は進化するのだとまとめる司会二人。議論はどんどんやばい方向へ。
  • nyatla氏はRealityOSという資料を用意されていたようだが、時間の都合上紹介されず。もったいない。

楽屋ネタ

日本のARは、間違いなく彼らの手によって支えられているのです。

デモセッション

今回のAR研究会の目玉として、実際に複数のデモを体験できる機会が設けられた点が挙げられる。

人間椅子

江戸川乱歩の『人間椅子』に着想を得、椅子の中に人間が隠れその上に座る人の感触を楽しむことを目的として制作された椅子。潜伏椅子と安座椅子の2つの椅子がネットワークで接続されており、潜伏椅子に座った被験者は、安座椅子に人が座った感覚を、まるで自分の太ももの上に座られたかのような感覚を力覚フィードバックにより体験できる。なぜそのような体験をしたいのかは個人的にはよく分からない。

Meta Cookie

プレーンなクッキーに、ARでチョコレートなどのテクスチャを重畳、同時に被験者がかぶるデバイスからチョコレートの香りを出すことで、あたかもチョコレートクッキーを食べているような錯覚を生む味覚拡張。人間の味覚は結構いい加減で、視覚と嗅覚を制御することで認識を変化させることができる。デモではレモン味やピーナッツ味など様々な種類への変化を実現していた。ちなみにクッキーは森永製菓提供とのこと。




ARカプセル

頭につけたピコプロジェクタから再帰性反射材で作られた筒状の物体に、リアルタイムでキャラクタを投射することによって、裸眼で見ることができるキャラクタを実現したもの。こっち向いてというとこっちを向いてくれる。



Twinkle

懐中電灯のようなプロジェクタで物体を照らすと、カメラに追ってその物体の色や形状を認識し、それにあわせて、仮想的なキャラクタ(こと細かなプロフィールが設定された妖精)をリアルタイムに重畳表示するシステム。ユーザはプロジェクタを操作して、ホワイトボード上の絵の上を歩かせたり、手で遮ったりすることができる。キャラクタに様々な動きを付けるために200枚以上のアニメーションを描いたそうだ。



妄想具現化大喜利

最後は@nifty:デイリーポータルZから林雄司氏([twitter:@yaginome])、そしてべつやくれい氏([twitter:@betsuyaku])を迎え(以下デイリー組とする)、橋本先生と福地先生(以下研究者組とする)の4人で、参加者から「中2」「誰得」「超能力」「コミュニケーション」というキーワードで寄せられた様々な妄想を、如何にして実現するかという議論が交わされた。研究者組の2人はどうやって技術的に解決するのか光学的アプローチで攻めるのに対し、デイリー組の2人はそれとは異なるアプローチを取る。例えば林氏はコンピュータを使わないARを実現することで有名とのことで、いくつかその実例が紹介された。

研究者がバグと戦って実装に四苦八苦しているのを尻目に、研究者が普段囚われている既成概念から解き放たれた方法で、現実を拡張する林氏。べつやく氏も他を圧倒する行動力を有しており、デイリー組は妄想の具現化において、研究者を凌駕する実力を有している。

お題その1:「出会い頭の衝突をナビゲートしてくれる食パン」

少女漫画でお約束とされる、パンを加えながら走ったらカッコいい男の子と衝突して、後に恋に落ちるシーン、これを実現するパンが欲しいという話。研究者組はいかにして好みの相手にナビゲートさせるかに頭を悩ませる。基本はラブゲッティのようにマッチングさせ、GPSかなにかで誘導するのだろうが、人を誘導するのには、『人間を意のままにコントロールする人間リモコン』で取り上げたGVSを利用すればよいのだろうか……

一方のデイリー組。林氏が用意した回答は、口にくわえたパンをおかんが持って意中の人に引っ張っていくというものだった。おかん公認の人ターゲットロックオン。さらに光学迷彩で透明化すれば完璧だと(光学迷彩用のプロジェクタはおとんが持って走る)。べつやく氏の回答は中に人が入った巨大な食パンがやはり意中の相手を襲うというもので、最初から圧倒的な戦力差を見せつけられた思いだった。

お題その2:「女子更衣室のロッカーに隠れている感覚を味わいたい」

バッチリ見えるのではなく、見えそうで見えないような、もしかしたらバレるようなそんな感覚を味わいたいらしい。研究者組はデモにあった人間椅子のように、ロッカーの中の閉塞感を再現するテレイグジスタンス(Telexistence)的な解決策を模索した。

続いてデイリー組。林氏が用意した回答は、再度おかん登場で、ロッカーの中が普通の家になっていて、家族ごと住んでいるというもの。仮に見つかったとしても、開けたほうがスミマセンと謝るようなそんな超絶ソリューションを提示した。べつやく氏は、お気に入りのDVDを映すモニタの前面に、ロッカーの扉の窓部分を貼り合わせるというさらにシンプルな回答を提示。DVDさえ入れ替えれば、様々なシチュエーションが再現可能とした。

さて、こんな話をマイクを使ってガンガン話している最中に、外ではGACKTライブが終了したようで、再度水着の女性が溢れる状況になっていた。窓側に向かった多面スクリーンには煌々とエロ妄想のお題が大写しになって、外から丸見えの状況で一線を踏み越えるトークを続行。彼女たちの目には一体どのように写ったのか、大変興味深い。




お題その3:「エライ人が分かるオーラ」

懇親会とかで知らない人に会って、あとからエライ人だったとわかって慌てるミス*4を防ぐために、エライ人にはオーラが出るようにして欲しいというアイデアだ。エライ人が目に見えるオーラーを出して近づいてきたら、いろいろ対処の仕様もあるというものだ。

コミュニケーション支援関係の研究は結構あって、研究分野では、懇親会等で相手の所属や自分との共通の知人などを重畳表示するようなシステムなどが提案されている。研究者組はどうやってエライ人を判別するか、どんな人がエライのか?というところで、胸の張り具合や顎の上がり具合を計測するとか、会場内の個々の挨拶を監視してソーシャルグラフを作るとか、様々なアイデアが検討された。

さて、デイリー組。林氏のアイデアは、この人はエライと思ったら、相手の胸ポケットあたりの余白に正の字を一本付け足すというもので、みんながエライと思うと正の字が増えていくのでエライと分かるというものだった。べつやく氏は、可視化の例としてエライ人ほどヒゲが伸びるというアイデアを披露、ちなみにエロイ人は鼻血が伸びるらしい。

お題その4:「攻めて欲しいところの予測支援AR」

Googleの乗換案内のようにターゲットを決めて、入力するとナビゲーションしてくれるというもの(「もしかして太もも」とか)。この辺りの議論、関係者の名誉のために割愛。結論的には、Googleが個々人の私生活を監視して事細かにDB化、Google Body検索サービスとして提供するというものだった。

お題その5:「歩くところを日陰にしてくれるサービス」

暑いので直射日光の下に出たくない。影をコントロールできたら、それで絵をかくこともできるだろうし、面白いだろうというアイデア。途中、横断歩道の白い部分からはみ出たら死ぬという遊び(マグマを避けて外出しよう参照。)との関連性も指摘され、研究者組はAR的に影を重畳表示してしまえばいいんじゃない?(当初の目的を忘れている)という方向となったが、デイリー林氏の出した答えは、「メガネを黒く塗る」だった(やっぱり忘れている)。

こんな風に終始研究者側が圧倒される結果となった大喜利。ちょっと視線を変えてみると、新たな突破口が見えてくるかも知れない。そんな印象を持った議論だった。

まとめ

最後は、筆者と発起人の橋本先生との対話で締めたい。

掛け値なしに面白いイベントだった。運営に携われた方々には、こうした機会を設けていただいて感謝している。このような取り組みを通してARが発展し、日常生活においてなくてはならないようなサービスに進歩することを期待したい。

関連書籍

AR三兄弟の企画書

AR三兄弟の企画書

AR〈拡張現実〉入門 (アスキー新書)

AR〈拡張現実〉入門 (アスキー新書)

*1:もちろん、MIT石井先生([twitter:@ishii_mit])のtangible bitsからの命名

*2:ARToolKitを用いた初音ミクの実装はシリーズ化されており、集大成となる最新版ARToolKitで初音ミク Act2-8:星間飛行には着実な進化が見て取れる。

*3:福地先生は、去年の第二回AR研究会でπR: 盛り上がるディスプレイ PhotoelasticTouchを発表したことで、それから1年間さんざんネタにされ、未だ傷が癒えないと言う。πRとは女体を象った透明なゲル状物質を液晶ディスプレイに貼ることで、実際に触れるディスプレイである。「変態に技術を与えた結果がこれだよ!」タグが付くのも致し方ない。

*4:林氏は常務に向かって「お名前は?」と尋ねたことがあるらしい。