完全誘拐マニュアル『アリス・クリードの失踪』

一部で話題の『アリス・クリードの失踪』を観ましたよ。劇場も席は選び放題だけどそこそこ入ってました。タイトルもそそるし(原題に忠実)、結構期待して参りました。『127時間』の後ハシゴして観た映画でしたが、これまた『127時間』と同じようにシチュエーション物っていえばそうとも言えるかな(明らかに予算規模は『127時間』に比べて小さいけど)。一人の女性を誘拐してきた2人組の犯人が彼女を部屋に閉じ込めるところから始まるストーリーで、ほぼその監禁部屋で展開していきます。登場人物も3人のみ。これから観ようという人は、予備知識を入れずに観るべき種類の映画だと思う。
まず面白かったのは、誘拐マニュアルみたいな冒頭のくだり。部屋を監禁用にカスタマイズしていく様子や車の準備etcをテンポよくみせる。誘拐してきてからも暴れるアリスをベッドに縛り付け、裸にして脅迫用の写真を撮るんですが、この写真をいかに効果的に撮るかの工夫が見られましたね。事前に入念なシミュレーションをしてたんだろうな。裸に剥いたあと、両足の縄をほどいて下着とズボンを履かせたりして服を着せる一連をちゃんと全部見せる。また、気になるトイレ問題もきっちり描く*1 。こういうディテールが丹念に描かれているのがおもしろいし興味深かったな。
これらのアリスにかけて手間暇のくだりを観てると、人間が生きるのって手間かかるなぁって思う。一定時間ごとに食事もしなきゃいけないし、食事したら排泄もあるし、質量的にも重いし、痛覚があるから痛がるし、感情があるから泣くし、意思があるから暴れるし…そんな厄介な存在だからこそドラマが起こるわけだけど。というわけで、この映画の中でもドラマの展開に大きくかかわるのは、“トイレタイム”と“恋の感情”なんですね。これらがなければ、すんなりこの犯罪は収束したはずだけど、そうはいかなかったわけです。
トイレタイムを利用しての、形勢転換からの発砲、薬莢のくだりはよかった。ひとつひとつの伏線や小物を粗末にしてない。そういった伏線+3人の感情の変化による関係性の不安定さがストーリーのキモでした。3人の関係性は次々と変わっていき、この人の立場は?アレアレアレ?と展開していく。キーとなるのは、この恋のベクトルは誰に向かってるの?この恋は本物で、本当に相手を信じていいの*2?ってところ。そのベクトルの向きが最初思っていたのと違う向きかもしれないことが判明する度に、それまでの3人の関係の見え方や設定がガラっと変わる。一番の転換ポイントは誘拐犯人2人(ダニー:若者、ヴィック:おじさん)おじさんの恋のベクトルがお互いに向いとったんかい!という瞬間。結構びっくりした、けどまだまだお話は展開する。恋の感情は目に見えないから一度不信のタネが生じるとアタマの中で思考がぐるぐるし始める、それがドラマをつくる。人間である限り計算通りいかなかったり予想できない脱線や裏返っていく展開がある。シンプルな設定と最小限のキャストで下手に飾りすぎずに作り込んでいるので、大変おもしろかったですよ。
ただ、街にも道にもアパートにも人っ子一人いないのがなぁ。低予算ゆえだろうけど、他者の目があることによって生じる緊張感というのも大きいと思うから。まぁ、閉ざされたシチュエーション故の、閉塞感の中で緊張感が高まっていく効果はあったかもしれないけれど。あと、ハニートラップにかかった男の真っ裸の寄る辺ないたたずまいほど情けないもんは無いな、ということも改めて確認したんでした。

アリス・クリードの失踪 (2009/イギリス) 監督:J・ブレイクソン 出演:ジェマ・アータートン、エディ・マーサン、マーティン・コムストン
http://www.alice-sissou.jp/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18311/

※しかしイギリスってほんと曇天だな。劇中も終始曇天。
※アリスのふっくら肉感がなんとも…よかったですよ。

*1:本当はトイレ問題については後一つ、こういう場合どうなんだろ、という長年疑問に思ってることがあるのですが、それはあまりに生々しくて映画で扱うレベルじゃないかもな…

*2:あいのりとかドリカム風に記載してみた