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「損している若い人たちを救えない政治」 どう変えていくのか?

衆院選の投開票日が迫ってきた。世論調査を見ていると若い人ほど安倍政権の評価が高い。これは若者の保守化なのか、別の願いのあらわれなのか?キーワードは雇用と景気だ。

就職氷河期、そしてリーマンショック……

それはリーマンショックが起きた直後、2008年秋のことだった。

当時、毎日新聞の岡山支局に勤めていた私は、雇用を打ち切られる「派遣切り」の取材をしていた。

夜、コンビニの前を歩いていると電話が鳴った。画面には「公衆電話」と表示されていた。

「もしもし。×××なんだけど、覚えてる?」

随分と久しぶりに聞いた、同級生の名前だった。ある大手製造業の名前をあげ、その工場に勤めているのだ、と彼は言う。

「でもさ、契約切られちゃった。携帯も切られちゃって、もうどうしていいかわかんないよ。お前、新聞記者なんだろ。どうしたらいいか教えてくれよ。どうしていいか、わからな…………」

そこで電話は切れた。

唯一わかっていた連絡先の携帯電話に、時間を置いて何度かかけたがつながることはなく、その後、彼から電話がかかってくることもなかった。

政治は混迷を極め、熱狂とともに誕生した民主党政権でも、雇用状況は劇的な改善は見せなかった。


若い世代の安倍政権支持は当然

《若い世代ほど安倍政権を評価するのは当然のことです。理由は明快で、要するに就職が安定しているからです。

もうリーマンショックの後のような思いはしたくないでしょう。

彼らが重視しているのは、やはり雇用、景気の問題です。少なくとも就職市場は数値的には安定しています。

政権が変わっても状況はどうなるかわからない。だったら、今の政権が続いてほしいというのは理解できます。

保守化している、と若者を批判するのは的外れだと思うんです。》

こう語るのは立命館大の松尾匡教授(理論経済学)だ。

松尾さん自身の立場は「立場の弱い民衆のための経済政策が必要」というもの。

直近でも、若い世代ほど安倍政権の評価は高い、という調査結果が出ている。

例えば朝日新聞が10月12日に発表した調査では、全体では43%が安倍政権を評価。18~29歳で53%、30代では49%に達しており、若い年代ほど「評価する」が多い。

そして昨年の参院選、18歳、19歳が投票の際に重視したのは雇用・景気対策という調査結果もある。

2つの結果から「景気と雇用こそ、若年層の安倍政権支持の大きな要因だと考えられる」と松尾さんは語る。

しかし、と続ける。

《私からみると、雇用はいつ不安定になってもおかしくはないし、このままいくと、若い世代を中心にますます貧しくなっていく未来が見えています。

本当に若い人たちのことを考えているのでしょうか。

安倍政権も、野党もリーマンショック前から続いている長期不況をまた再来させたいのか、と問いたいです。私は強い危機感を持っています。》

どういうことか。

雇用は回復しているのか?

松尾さんの分析では、安倍政権下になってから、雇用は絶対数として増加に転じている。非正規の雇用だけでなく、正規の雇用も増加に転じている。

アベノミクスはアクセルとブレーキを同時に踏んでいる

民主党政権でも続いていた不況で、高かった失業率も低下に転じ、逆に新卒の就職率は上がった。売り手市場が続く、と言われている。

これは社会的にもいい影響が出ている。例えば、歩調をあわせるように自殺者も減少傾向にある。

アベノミクス効果で万々歳ではないか。

《はい。効果があったのは事実です。

就職市場は団塊の世代の退職などの影響もあるとは思いますが、民主党政権と比較して好転したのは間違いない。

しかし、私が問題だと思っているのは、本当はもっと好景気になるはずだったのに、安倍さんはそれを実現していないということです。

いまのアベノミクスはアクセルとブレーキを同時に踏むようなことをしている。矛盾した政策を続けているんです。》

アベノミクスが掲げたはずの政策は、デフレ不況を脱するために、異次元の金融緩和で日銀がお金を市場に流し、政府がお金を出して公共事業で雇用を生み出すというもの。

この政策は「イギリス労働党など欧州ではリベラル派、左派が掲げる常識的な政策」(松尾さん)だ。

《大切なのは、金融緩和でただ市場にお金を流すだけじゃなくて、政府が財政出動を通じて「デフレを脱却するまで、お金を出し惜しみしない」というメッセージを発信し続けることです。

安倍さんは最初の1年足らずはこれをやったけど、あとは中途半端で、メッセージとして弱いんです。

安倍さんはメディアで報じられているほど、積極財政ではなく、私からみると政府支出を抑えめで緊縮財政に舵を切っていた。

結果、何が起きているかというと、市場に回ったお金が銀行に残っているだけで、みんなは消費につかっていない。お金は出回っても、使われないんですよね。》

そして、貯蓄が増えている

《消費に回っていかないから、おカネが循環しない。おカネが循環しないから、経済成長は弱い。成長しないから、不況から完全に脱したとはいえない。

アベノミクスの恩恵がないという人たちが出てくるのも、彼らが置き去りにされるのも当然のことです。

だから、雇用の数値は良くなったのに、格差是正の動きも弱ければ、貧困率の改善の動きも弱いんです。

そして、決定打が消費増税ですよ。》

国の財政が本当に心配なら、好景気が必要です。

松尾さんは増税を論理で考えてみればいい、という。

《財政再建のために消費増税が必要だという主張があります。

しかし、それって「未来の国民のため」と称して、いま生きている国民は悪い景気で我慢してくれって言ってるようなものです。

増税というのは、物価の上昇を抑制してほしいときにするものなんです。

消費税なら、物の価格が上がり続けているときに、人々に物を買うのを抑えてくださいね、というメッセージを発するものなんです。

それで物が売れなくなって価格の上昇が抑えられる。

でも、いまの状況はどうですか?

消費が必要な局面なのに、それを喚起するような政策をとらずに、抑制しろという。みんなでまだ貧しくなろう、というメッセージになりかねない。

不況は確実に損を呼びます。特に小泉政権以降、立場が不安定になった若年層ほど不況のダメージが大きい。

いまの状況で、消費増税したらまた不況がやってくるでしょう。

お金持ちはいいですよ。ちょっとした増税では不安にはならないでしょう。

しかし、不況が直撃するのも、増税のダメージが直撃するのも中間層、弱い立場の人たちなんですよ。

若い人はお金もないし、不景気になった瞬間に仕事がなくなる。

国の財政が本当に心配なら、好景気が必要です。

こういう層に、いっぱい税金を払えるような納税者になってもらって、国の税収を上げていくことの方が大事ですから。

それが、未来の日本社会のために重要なんです。財政再建よりも先に議論すべきことがあるんですよ。》

とはいえ、1000兆円超の「借金」は?

議論されるのは1000兆円超といわれる「国の借金」ばかりだ。

《私は、政府の借金は一般に思われているよりはずっと少ないと言っています。

借金というのは本当に返さないといけないお金のことです。

量的金融緩和でお金を出すときに日銀が買った国債は、全部が返済する必要があるわけではありません。

日銀が買ったまま、金庫に入れっぱなしする国債があります。

日銀が持っている国債は、満期がきたら借り換えができますので、本当に返済が必要な「借金」と呼ぶのは適切ではありません。

本当に返す必要があるのは、民間にある国債、日銀が一部売りに出す国債ですね。

返済のための財源というのは、将来的には必要でしょう。

そのために増税をするなら消費税ではなく、完全雇用が実現して、インフレ気味になってきたときに富裕層や大企業を中心に課税が強化される仕組みにすべきだと考えます。

景気が過熱気味のときに、インフレを抑制するために増税をするというのは理にかなっています。

そこで税金をしっかりとって、賄えばいいのです。

いずれにせよ、もう少し先の課題です。いま、財政再建よりも先に議論すべき課題があるんです。》

損をするのは若者

このまま行けば、雇用の安定を求める若者が損をしてしまう。

松尾さんは与野党双方に不満を隠さない。

《消費税の議論も賛否止まりで、大事な「なぜ?」がない。リベラル派も経済政策には弱いと思います。金融緩和に批判的な議員も多いですね。》

不況は確実に損を呼びます

「少子高齢化で経済成長はもうできないんだから、小さな日本でいいじゃない」「消費、消費といっても物がなくても生きている」という声は、リベラル派と呼ばれる人たちからもあがる。

《それなりに住む場所に困らず、貯金もあってというような資産がある人は物がなくていいって言えると思います。

でも、世の中は買いたい物があって、普通の生活がしたいのにできないという人もいるんです。

あと「経済成長」というのものちょっと誤解されているんですよね。》

誤解?

《経済成長には2種類あるんです。わかりやすく例えます。器とその中に入っている水を思い浮かべてください。》

経済成長不要論は正しいのか?

《一つ目の経済成長は労働人口が増える、あるいは労働生産性を上げていくという意味での成長。これを長期の成長と呼びます。器そのものを大きくしていきましょうという成長です。

もう一つの成長は短期の成長、つまり需要=物を買う力を拡大していきましょうというもの。

消費や設備投資など、物を買う力を拡大することで、それに応じて生産も雇用も増やしましょうというものです。とりわけて消費が必要だという話です。

これは器のなかの水を増やしていこうという話なんですね。》

《少子高齢化の影響がでるのは、長期なんです。

私がさっきから主張しているのは、短期のほうの話です。

企業なら設備投資、人材の雇用、個人なら何かを買い替えたり、欲しかったものを買ったり、出かけたり……。

お金をつかいやすい状況をつくって、循環させて、短期の成長を実現していく。

金融緩和も、財政出動もそのために必要な手段なんですね。

短期の成長もいらない、というならみんなで不景気になって、格差も貧困も放置して、自殺者が増えても問題ないと言っているのと同じことです。》

反緊縮、積極財政のコービン路線を見習え

では、松尾さんだったら若者に向けて、どんな経済政策を打ち出すか。

《例えば、いまのイギリスの労働党、コービンの反緊縮、積極財政路線を支持しています。

20代で安倍政権の支持が高い、と言われているのと同じように、イギリスでも若い人ほどコービンを支持しているんですね。

安倍さんが強固な保守、コービンがガチ左翼という政治的な立場に注目すると、イギリスの若者は左翼だ、日本の若者は保守化しているという議論になると思うんですけど、私は関係ないと思っているんです。

政治的な右派、左派を超えて、良い景気にしてほしい、良い就職をしたいという願いだと思うんです。

私なら、アベノミクスの金融緩和をもっと拡大して、タダみたいな資金で政府支出もガンガン増やして人に投資をするー具体的には、介護や看護といった職種に投資—といった政策をとります。

もちろん消費増税は凍結、あるいは消費「減税」も大いにありだと思います。

そして、もう不況を繰り返さない、就職できない若者を減らし、もっと豊かになろうと訴えるのが大事だと思います。》

イギリスで指摘される不平等の正当化

日本ではアベノミクスは道半ば、批判する野党の中でも、イギリスなら労働党が打ち出すような「不況の時こそ、積極財政」という声はまだ弱い。

20代の著者オーウェン・ジョーンズが分断されるイギリス社会を描き、エコノミスト誌やニューヨーク・タイムズの書評で高評価を得たベストセラー『チャヴ 弱者を敵視する社会』(海と月社)のなかに、こんな一節がある。

最下層の人々を劣等視することは、いつの時代でも、不平等社会を正当化する便利な手段だった。論理的に考えれば、偶然の生まれで社会の頂点に立ったり、底辺から抜け出せなかったりする人がいるのはおかしい。

だが、頂点に立つべき資質があるからこそ、そこにいるのだとしたら?技術や才能、決意が足りないから底辺にとどまっているのだとしたら? これが不平等の正当化だ。

貧困や格差の底辺を蔑視し、ヘイトが蔓延していく社会——これはイギリスだけの出来事か?

思えば、リーマンショックのときだって、努力幻想はあった。

いわく「努力すれば就職はできる。それなのに、派遣を選んだのだから自己責任だろう」「どんな時代でも努力すれば食ってはいける」——そんな声も取材していると聞こえてきた。

好景気なら問題なくあったはずの椅子が、不景気で消えたというのが現実なのに、だ。

彼らにあるはずの職を用意できなかったのは、やはり政治の責任だろう。

松尾さんは、若い人が損をしない社会になるために、議論はまだまだ必要だという。

《不況を繰り返さず、いま生きている人たちがもっといい思いができる社会になってほしいんです。与党も野党もその発信が足りません。》