物事に大きな影響を与える前提なのに案外知られていない。その一つがコンピュータソフトウエア投資とソフト開発技術者の所属先に関する日米の差である。
日本企業は自社で利用するソフトのほとんどをIT(情報技術)企業に開発させているのに対し、米国企業はソフトを内製する比率が高い。
日本のソフト開発技術者の大半はIT企業に所属するが、米国のソフト開発技術者の大半はIT企業ではなく一般企業に所属している。
上記二つの文は同じことを言っている。日本企業は社内にソフト開発技術者をあまり抱えていないためIT企業に外注するが、米国企業は社内にソフト開発技術者がおり内製できる。
「ほとんど」「高い」「大半」では曖昧なので数字を補足する。米国商務省経済分析局の数字によると、2010年の米国民間企業におけるソフトウエア投資の内訳は、内製(自社開発)が37.3%、外注(他社委託)が34.2%、パッケージソフト購入が28.5%であった。3分の1ずつとも言えるが内製の比率が一番高い。
内製と外注をカスタム開発と呼ぶ。各企業の個別要求を盛り込んでソフトを開発するからだ。一方、パッケージソフト購入はIT企業が事前に開発しておいたソフトを買って利用するやり方である。
日本については内製の数字がなかなかつかめない。いささか古いが2000年に経済産業省が出した鉱工業生産活動分析に「情報化関連投資における内製ソフトの推計と日米比較」という章があり、それを見ると、日本のソフトウエア投資の内訳として、外注が7割前後、内製が2割弱、パッケージ購入が1割強と算出されている。先に記した「ほとんど」は「7割前後」ということになる。これから10年以上が経過しているが、筆者の感覚では内製が増えているという印象はない。高まっている気がするのはパッケージソフト購入の比率である。
米国のIT技術者はIT企業にあまりいない
技術者の所属先に関しては、IPA(情報処理推進機構)が2011年3月に出した『グローバル化を支えるIT人材確保・育成施策に関する調査』報告から引用する。
2009年のIT技術者数は日本が102万6000人、このうち25万5000人が一般企業に属し、77万1000人がIT企業に属している。これに対し米国のIT技術者数は330万3000人、このうち236万2000人が一般企業に属し、94万1000人がIT企業に属している。
つまり、日本の一般企業とIT企業のIT技術者人数比は25対75。米国の一般企業とIT企業のIT技術者人数比は72対28となる。
IT技術者のすべてがソフト開発技術者ではないが所属先の傾向は分かる。「日本のソフト開発技術者の大半はIT企業に所属するが、米国のソフト開発技術者の大半はIT企業ではなく一般企業に所属している」と書いたときの「大半」は「約7割」になる。
四半世紀の取材で聞いた逸話
「物事に大きな影響を与える前提なのに案外知られていない」と冒頭に書いたことに対し、「調査結果が公表されているではないか」と思われた読者がいるだろう。申し上げたかったことを説明する。
筆者は1985年からコンピュータ関連の記事を執筆しており、こうした日米の差について取材の際に時折聞くことがあった。印象に残った例を思い出して書いてみる。
米国の情報システム部門の人数は日本の10倍 日本IBMのSE(システムズエンジニア)を経て『SEを極める50の鉄則』という本を著した馬場史郎氏がよく言っていたことだ。初めて聞いたのは15、16年前だったと思う。日本の流通業や公益企業を担当していた馬場氏は、米IBMを通じ米国の流通業や公益企業の事情を知る機会があった。すると「同一業種で事業規模がほぼ同じ場合、米国企業の情報システム部門の人数は日本のざっと10倍」ということが分かった。「日本企業はこの差を認識した上で意志決定をする必要がある。米国企業は新しい技術を取り入れる場合、社内にその技術が分かるプロフェッショナルを用意する。プロがいない日本企業は慎重に取り組まないといけない」。
ユーザー会の質問内容が違いすぎる ある外資系パッケージソフト会社の幹部が20年ほど前につぶやいていたことだ。その会社の米国本社が開催するユーザー会(顧客を集めた会)にやってくる米国の顧客は皆技術に詳しく、ソフト会社の製品担当者をつかまえて納得するまで質問を続ける。しかも情報システム部門ではなく、事業部門の一般社員だということもある。つまり事業部門の現場が率先してパッケージソフトを使いこなそうとしている。これに対し、「日本のユーザー会に来る顧客は情報システム部門に所属していても技術にさほど詳しくないし、そもそもユーザー会で質問など滅多にしない。たまによく質問する人がいて珍しいと思って話しかけてみるとIT企業からの出向者だった」。
ライバルはIDGです 20年近く前、米国に出張したとき、あるパッケージソフト会社の経営者から聞いた発言である。その会社のパッケージについて説明を受けた際、見せられた資料のところどころに「IDG」という言葉が出てくる。文脈からして競合相手らしい。「ライバルなのか」と聞くと「そうだ」と答えた。「どういう製品を売っているのか」と聞くと相手は妙な顔をした。「製品は売っていない」。今度はこちらが妙な顔をした。「製品がないのになぜ競合するのか」。相手はこちらの勘違いを分かったとみえて説明してくれた。IDGはインターナルデベロップメントグループ、すなわち一般企業の中にいるソフト開発部門のことだった。
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