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【研究ノート】「ファイナルファンタジー」シリーズにおける魔法名の形態論的記述に向けて

0. はじめに

 本稿では「ファイナルファンタジー(以下「FF」と略記する)」シリーズにおける魔法名に対する形態論的な観点からの記述・分析、および他シリーズとの対照研究の準備として、いくつかの現象の整理を行う。研究の方向性や基本姿勢については下記拙論を参照されたい。

 当初はある程度の分析とともに公開する予定であったが、「ドラゴンクエスト(以下「DQ」)」シリーズの呪文名と違って音韻論的な議論を行う必要があり、筆者一人では分析に時間がかかると判断したため、ひとまず基本的な記述をまとめておくこととした。

1. 対象と方法

1.1. 記述対象

 FFシリーズ1-9の魔法名を対象とする。魔法(名)については下記のページを参考にした。

  1. ファイナルファンタジー 魔法一覧 - ClockRoom
  2. ファイナルファンタジーの魔法一覧とは (ファイナルファンタジーノマホウイチランとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

1-9までを対象とした理由は、筆者が8を除く1-7および9のプレイ経験があること、資料1が1-9までを対象としていることなど、便宜的なところが大きい。シリーズによってどの魔法が採用されているかについては違いがあるものの、形態法や接辞の種類にそれほど大きな変化がないことも幸いした。複数のシリーズを取り上げるが、現時点では基本的な記述が不足しているため、通時的な観点からの考察は極力行わないこととする。また、必要に応じて上記以外のシリーズに出てくる魔法名にも言及することがある。
1.2. 形態変化に関わる素性
 基本的には、DQシリーズで用いた以下のものを文法的素性として用いる(詳細については上記のエントリを参照)。

  1. 《対象》:値としては[+単体][+グループ][+全体]など
  2. 《威力》:値としては[+増][+減][+小][+中][+大][+最大]など

例:ファイラ《対象[未指定]》《威力[+中]》
 DQシリーズとの大きな違いは、FFシリーズにおいてはそれぞれの魔法の系列によって対象の値が指定されているということが少ない(対象の範囲を任意に変化させることができる)という点である。これをどのように捉えるかについてはいくつかの可能性があるが、ここでは簡便のため素性を[未指定]としている。
 FFシリーズにおいても、同系列にある呪文の形態変化は他の段階の形態変化を含まないことがほとんどである。たとえば、「ファイガ《威力[+大]》」は形態上は「ファイラ」を経ているわけではなく、基本形の「ファイア」に接尾辞「ガ」を付すことで直接得られる。

1.3. 語幹の範囲と表記

 語幹は上記拙論と同様「語形同士の差異から切り出すことのできる接辞類を除いた最大の部分」とする。なお便宜上、必要がある場合にのみローマ字表記を用い、それ以外は片仮名表記とする。語幹の認定についてはDQシリーズにはなかった問題があるが、それについては下記の接辞に関する議論において述べる。
 以下、形態の境界を表す際は「-」、音節の境界を表す際には「.」を用いるが、必要がない場合には表記しないこともあるので注意されたい。

2. 接辞と語幹

 FFシリーズの魔法名は、DQシリーズの呪文名に比べると、非常に生産的・規則的な接辞群を持つ。しかしそれゆえにDQシリーズには見られない興味深い振る舞いと問題が存在するようである。

2.1. 基本的な屈折接辞(inflectional affix):「-ラ」「-ダ」「-ガ」

  文法素性《威力》の値を変化させる場合は、多くがこれらの接辞によるものであり、ほとんどの場合接尾辞として現れる(具体例は2.2を参照されたい)。

  • 「-ラ」《威力[+中]》
  • 「-ダ」《威力[+大]》
  • 「-ガ」《威力[+最大]》

「ディア」に付く場合は

  • ディア、ア-ディア、ダ-ディア、ガ-ディア

といったように接頭辞として現れるが、 《威力[+中]》に対応する形態が「ア-」となっており、接尾辞のパターンと完全に対称的にはなっていない。ちなみにこの接頭辞「ア-」は

  • レイズ、ア-レイズ

のパターンにも現れるものとの関係性が興味深い。
 もう一つ異なる振る舞いをするのは「ヒール」系列で、

  • ヒール、ヒー-ラ、ラ-ヒー-ラ

という形態変化を見せる。 《威力[+中]》の形成では接尾辞付加、《威力[+(最)大]》の形成はそれにさらに接頭辞を付加したものとなっており、上述した数少ない一つ前の段階の語形を踏まえた形成になっている。
 また、これらの接辞には次のような階層があると考えられる。
(1) 《威力》接辞の階層:ガ≧ラ>ダ
これは、 《威力》に関する接辞の出現は、その値の強弱の順ではなくこの階層に従っているということである。たとえば、「ブレイク」の系列に一段階強力な屈折形が加わる場合は 《威力》の値が最も小さい「ラ」が付加され「ブレク-ラ」が形成されるのではなく、「ブレク-ガ」が現れるという現象が見られる。「ラ」も「ガ」より優先的に現れることがあるのでここでは「≧」を用いている。「ダ」は明らかに「ラ」「ガ」の次に使用される傾向があるようである。

2.2. 語幹の範囲と変化

 上記の接辞自体は非常に規則的に振る舞うのであるが、一方で語幹の振る舞いはそれに比べて複雑に見える。
 まず、基本的な規則として
(2) (接辞が付加した場合も含めて)語形全体の出力が4モーラを超えてはならない。
というものがあると推察される。
これは、

  • ブリザド、ブリザ-ラ、ブリザ-ガ
  • サンダー、サンダ-ラ、サンダ-ガ
  • グラビデ 、グラビ-ラ、グラビ-ガ
  • クエイク、クエイ-ラ、クエイ-ガ
  • ブレイク、ブレク-ガ

等に見られるように、語幹が4モーラの場合語幹末の1モーラが削除され接辞が付加されるという現象が広範に観察されることからわかる。現れなくなる語幹末音の種類に共通性は見受けられないため、語幹も複数の形態からなると考えるよりは、削除と考えた方が良いであろう。
 「ブレイク」→「ブレク-ガ」では二重母音の2モーラ目の削除が起きており、外来語の複合語短縮(例)サウンドトラック→サントラ)を思い起こさせる。もし両者に共通性があるのであれば、 《威力》による形態変化が「屈折」である可能性についても考え直す必要が出てくる可能性がある。
 さて、問題は、語幹が3モーラの場合である。これには2つのパターンがある。

  • 語幹にそのまま接辞が付加
    • ケアル、ケアル-ラ、ケアル-ダ、ケアル-ガ
    • エアロ、エアロ-ラ、エアロ-ガ

このパターンは(2)の制約に従っている。しかし、次のような例も見受けられる。

  • 語幹末音の削除や音韻変化が起こる
    • ファイア、ファイ-ラ、ファイ-ガ
    • ウォータ、ウォタ-ラ、ウォタ-ガ

これらの形成は接辞をそのまま付加しても「出力形が4モーラ以下」という制約には抵触しないにも関わらず、語幹末音の削除や語中の特殊拍の削除が起こっている。
 以上の2つのパターンをどのように捉えればよいのか現時点で良い分析法はないのであるが、たとえば「ファイア」系列では語幹末音と接辞の母音が同一である点など、個々の語幹の形態的、音韻的特徴を細かく見る必要があるのかもしれない。

2.3. 「サンガー」と「サンダガ」

 「サンダー」のガ形はシリーズ1では「サンガー」となっている。これもやはり(2)の制約に従った結果であると考えられるが、どのようにこの出力形になるのかということを考えるのは難しい。
 まず語形成の適用範囲については、「語幹末のモーラ」ではなく「語幹末の音節」であると考えれば「san.daa」の「daa」が対象になるので語幹「サンダー」にのみこのような変わった現象が見られることがある程度捉えられる。形態の対応だけを見ると「ダ」から「ガ」への音変化という可能性を思いつくが、「ガ」は全て接辞であるという共通性を保持するためには、「サンダガー」といった中間形を設定し、母音の共通性による縮約などを考えた方がよいのかもしれない*1。しかしこの場合も接中辞的な振る舞いを追加で想定せざるを得ない。

2.4. 派生接辞

 FFシリーズで興味深い特徴の1つに、規則的な派生接辞(derivational affix)が見られるという点が挙げられる。すなわち、接辞の付加によって文法素性が変化するのではなく語彙内容(≒魔法の効果)が変わるのである。代表的なものは以下の2つである。

  • バ-【+対抗】:バ-ファイ、バ-サンダ、バ-コルド、バ-ウォタ、バ-マジク、バ-オル
  • -ナ【+治癒】:(エス-ナ)、スト-ナ、ポイゾ-ナ、ブライ-ナ、バス-ナ

他にも「バリア、マ-バリア」や「アスピル、r-asupiru」のペアが候補として考えられる。また、シリーズ11 に登場する、【属性付与】の特徴を持つ「エン-」が気になるところである(例:エン-ブリザ)。

2.5. 屈折と派生の間

 屈折なのか派生なのか判断が難しいものとして「レイズ」系列が挙げられる。

  • レイズ、ア-レイズ、リ-レイズ

全体としてはパターンになっているように見受けられるが、「レイズ」→「ア-レイズ」は 《威力》の値の変化としても、「リ-レイズ」は派生として捉えた方が良さそうである。
 形態論においてはそもそも屈折と派生に明確な線が引けるかということ自体が大きな問題の1つであるが、FFシリーズの魔法名はその議論から見ても面白い。

3. 補充法

 FF シリーズの魔法名における形態的特徴としてもう一つ興味深いものが、補充法(suppletion)の存在である。 補充法とは “good-better-best"のように、形態変化の際に形態の一部(ここでは語幹部分)が基本的な形態とかなり異なるものに置き換わってしまう現象のことである。以下の2つが明確な例である。

  • ブリザド:バ-コルド(×バ-ブリザ)
  • ブレイク:スト-ナ(×ブレク-ナ)

特に「バ-コルド」はシリーズ11, 13では規則的な形成である「バ-ブリザ」が現れており、通時的に見ても面白い。
 語形全体による補充法の可能性があるものとして

  • ポイズン:バイオ
  • コメット:メテオ

のペアが考えられるが、それぞれ同系列なのか検討する必要がある。特に「バイオ」はシリーズによっては「バイオ-ラ」「バイオ-ガ」という規則的な形成を見せることもあるので注意が必要である。
 補充法に関しては専門的ではあるが下記のエントリも参照されたい。

4. おわりに

 以上、非常に簡単にではあるがFFシリーズの魔法名について、形態変化と接辞を中心に基本的な記述を試みた。取り上げることのできなかった魔法名も多く、記述面に限ってもまだ整理の余地が大いにある。また、言語研究の中でどのような問題を提起するのか、先行研究と絡めた形で示すこともできておらず、研究ノートとしても課題が残るところである。
 FFシリーズはDQシリーズと比較すると接辞の振る舞いなど規則的な面が多く見られるが、規則的だからこそ語幹の変化や補充法などの問題が浮き彫りになり、DQシリーズの呪文名と違った魅力がある。今後の研究の展開に期待したい。

追記(2015/09/30)

 はてブのコメントにお答えする形で少し補足を書きました。

*1:このように考えると、「ファイア」系列との共通性も見えてくる。