CDが売れなくても音楽産業は活況、ってそれ10年ももたないんじゃ?
■ CDが売れない、でも音楽産業は「活況」の理由 「レコード」よ、今までどうもありがとう - JBpress
どうも違和感を感じる記事。「レコード産業=音楽産業」ではないのは同感なのだけれども、そう言っても音楽産業の中核をなしていたレコード産業がうまくいっていない中で「音楽産業は活発」とまでは言い切れないんじゃないのかな。「レコード産業⊂音楽産業」である以上、音楽産業から除外して考えるわけにもいかないと思うのだが。
もちろん、CDが不調な一方で、別の分野が好調だというのは間違いないのかもしれないけれど、この状況が将来的にどのような影響をもたらすのかを考えると、あまり楽観視することもできないかなぁと思ったりもする。
著作権使用料徴収額の推移から
オーディオディスクが不調な一方で、インタラクティブ配信、ビデオグラムが伸びてきている。着メロに始まり、着うた、着うたフル、PC向け音楽配信、ビデオ共有サイト等でのストリーミング配信など、インタラクティブ配信はおおむね好調といえそうではある*1。ビデオグラムでは、音楽DVD、パチンコ、ゲームなどで楽曲使用が盛んになっている。コンサートでも、野外フェスブームは収まりつつあるように思えるが、成長を遂げ定着した感がある。いずれもここ十年で急成長した分野、音楽の使用が活性化した分野である。
1998年と2008年を比べてみよう(インタラクティブ配信のみ99年から)。
「オーディオディスク」 396億1000万円 → 205億1351万円
「インタラクティブ配信」 3億3000万円 → 88億9105万円
「ビデオグラム」 76億7849万円 → 174億8166万円
CDが売れない、でも音楽産業は「活況」の理由 「レコード」よ、今までどうもありがとう - JBpress
とはいえ、この3種目の著作権使用料だけで見ても、「オーディオディスクの減少>インタラクティブ配信+ビデオグラムの増加」で、控えめに言っても横ばい。
※JASRAC 2010年度定例記者記者会見資料 p.3ページより抜粋JASRACが公表しているデータを見ると*2、インタラクティブ配信、ビデオグラム以外にも、ここ10年では放送等の徴収額が増加しており、割合で見ても、2002年度の17.0%から、2009年度の24.8%へと大幅増。ただ、JASRACの徴収額全体としては横ばいといったところだろうか。また、近年テレビ局やラジオ局などの放送事業者が収益を減らしつつあることを考えると、先行きはそこまで明るくないかなと。
オーディオ(CD+レコード盤)・音楽ビデオ・音楽配信の生産/売上金額の合計を見ると、大幅に縮小しており、いわゆる歌唱印税、実演家印税等も減少しているのだろう(音楽ビデオは2002年〜、音楽配信は2005年〜2009年)。コンサート市場の盛り上がりから
「ぴあ総研」の調査では、「音楽公演」の市場規模は1225億円(2000年)から1503億円(2008年)へと増えている。2007年には前年割れして「やはり、お前も息切れか」と危惧したのだが、また盛り返した。
CDが売れない、でも音楽産業は「活況」の理由 「レコード」よ、今までどうもありがとう JBpress
ぴあ総研の調査というと、たぶんこれなのかな。「市場規模(=チケット販売市場)」とあるので、グッズ等の物販は含まれていないとすると、もう少し大きな市場なのかもしれない。ただ、同調査の動員数の推移を見てみると、2003年度から2008年度にかけて、2千3百〜2千4百万人台で推移しており、野外フェスブームが一段落し、安定してきたのかなと。
コンサート市場が順調とはいえ、それによってミュージシャンが潤っているかどうかとは別問題。ジャーナリストの津田大介さんはこのように語る
米国ではライブビジネスがものすごく伸びている。アーティストがライブで食べていける時代、逆に言えばレコードビジネスではなくライブでしか食べていけない時代になっているとも言える。でも、日本にこの流れが来るかというとそれは無理。たとえば渋谷の1000人収容できるライブハウスを満杯にしても、1回のライブでバンドには純粋な上がりとしては10万円くらいしか入らない。
「ライブで食っていこうって言ったってムリなんです」 ≪ クーリエ・ジャポンの現場から
(中略)
最近フェスもすごく盛り上がっていますが、こういうフェスでも、日本人アーティストは一部を除いて出演料がものすごく安い。そういうことも含めて日本ではライブで儲からない構造になっている。
背景に日本のライブハウス事情があるとはいえ、1000人規模のライブでもライブ単体では厳しく、フェスも人気を確立したミュージシャン以外にはかなり厳しそうな状況。
過去の貯金
CDが売れなくなった一方で、別の分野が順調に伸びてはいる、または変わっていない、だから困っているのはレコード産業だけで他は今まで通り、もしくはむしろ潤っているんだよ、といっても、新人、中堅あたりのミュージシャンにとっては厳しくなってきているんじゃないのかなと。
ある程度確立した人気を獲得したミュージシャンというのは、ほとんどの場合、レコード(CD)の成功を足がかりにキャリアを積み重ねてきた。レコードがすべてというわけではないが、これまでそれはエンジンであったり、強力なブースターであったのは間違いない。
今うまくいっている人たちがいるとしても、その成功に先だってレコード会社による投資があったことは否定できない。音楽産業全体として俯瞰すると、過去の貯金を今食い潰している状況にも思える。レコード産業が成功に大きく寄与したミュージシャンたちが好調であっても、レコード産業が新人を育てることができなくなってしまえば、5年後、10年後も同じような状況が続くわけもない。
冒頭で「音楽産業の中核をなしていたレコード産業」と書いたけれども、これは単に市場規模の話だけではなく*3、音楽産業全体において担っていた役割(新人育成、大規模プロモーション、音源制作、スタジオ・ミュージシャンやプロデューサー、ディレクター、エンジニア等の仕事創出...etc)の話でもある*4。たとえ音楽産業全体でみたらトントンですよ、上向いてますよ、といっても役割まで他の分野に移行しているとも思いがたい。そして、そんな役割はもういらないよと言えるほど、それぞれの分野が独立しているわけでもない。
とはいえ・・・
もちろん、「レコード会社がなんとしてもその役割を堅持すべきだ」とも思ってはいなくて。状況として無理が出てきたところもあるし、無理をして続けてもミュージシャンにまでしわ寄せがいく。
レコード会社は制作の部分をどんどん切っていってしまった。いわゆるプロパーのプロデューサーはもう辞めてしまったり、フリーになったりしてる人が多いです。どんどん効率化重視になって、制作の部分をおろそかにしてしまった。だからある意味、レコード会社のほうでも、そこまで面倒を見る力を持てていないという部分がある。
これからはミュージシャンにもITの知識が必要? ≪ クーリエ・ジャポンの現場から(編集部ブログ)
ミュージシャン、プロデューサーで、Scudelia audio terminalというレーベルも立ち上げている石田ショーキチは、メジャーでリリースするバンドについてこのように話している。
たとえば、バンドがCDを出してメジャーメーカーと契約して、音楽だけで生活していこうとなると、普通に考えて、アルバム2万枚くらい、毎年1枚必ず作って売っていくということが、ずっとできていかないとメンバー全員食えていけないじゃん。今のご時世、CDの売り上げみるとさ、ずいぶん悲惨なことになってて、2万枚をコンスタントに売るってのはだいぶ大変なことだよね。
そういう世の中で、音楽を職業音楽家としてバンドをやっていくっていうのは、もの凄くわかりやすくいうと、だいぶ不可能、に近いと思うんだよね。若い子らがやろうと思っても。実際ここ数年プロデュースしてきた若いメジャーのバンドの子らでも、メーカーと契約があっても、どうしてもアルバイトしなきゃいけないとかね。僕らの若い頃とだいぶ境遇が違うんだよね。
それでもメジャーと契約できる人っていうのは一握りなわけで、その一握りの人をメーカーはゲットして、宣伝費をかけ、制作費をかけ、ってやっていくなかで、なかなか売り上げは伸びないから利益を出すのは難しい。そういう風になってくると、何のためにビジネスをやっているのか、意味がわからなくなってくるんだよね。
黒沢健一さんと石田ショーキチさんの音楽未来像 (4/4)OffStageTalk
うん、私は自分が好きになるであろうバンドやミュージシャンの曲が自分の耳に届いてほしい、好きになったバンドやミュージシャンに曲を作り続けてほしい、活動の幅を広げてほしい、こんなバンドやミュージシャンがいるんだってことをたくさんの人に知ってほしい、割と自分本位な考え方だけど、ビジネスとしてうまくいってほしいと願うのはそういう理由から。
制作、価格設定、流通、プロモーションとレコードを取り巻く環境は変化を続ける中で、レコード会社はかつての優位性を失ってきている。CDが売れなくなり余力がなくなっている今となっては、時間とお金をかけて育てることも難しく、即戦力に期待するようにもなる。
ならば、「数打ちゃ当たる」方式のメジャーにあえてトライしてカツカツな思いをして十中八九「使い捨て」られるよりも、インディとして*5キャリアを積み重ねていく方がよほど良いのではないかなと。いずれにしても「成功の確率」は低いんだろうけれども、「成功の基準」はそれぞれに異なるよね。メジャーが求める「成功の基準」からすれば「成功の確率」は低いと言うだけで。
とはいえ、そんな状況から「メジャーが求める成功の基準」を満たす人たちがどんどん出てくればいいんじゃないかなって思ったりもする。その中からメジャーと契約する人が出てきてもいいだろうとも。「身銭切って育ててやる」「育ててください」という関係ではなく、より対等なパートナーとしての関係が築いていけたらいいんじゃないのかな。
それが唯一の正解だとは思わないけれども、自分たちが変わることでなしえる1つのかたちだと思う。誰かに変わってもらうことを期待するよりも、よほど前向きだ。ミュージシャンの中でも「レコード会社ありき」という考え方は次第に薄らいでいっているように思えるし、既に行動を移している人もいる。だから、リスナーもそれにあわせて変わっていかなきゃいけないんだろうなぁと思う。
冒頭の記事のはてブにて、id:y_arim(@y_arim)さんがこんなコメントを残していた。
y_arim コメントしている人ら、「自分じゃない誰かが金を落としてくれているさ」と思っていやしないか。
余談
エントリ中で紹介した石田ショーキチの発言は、どうやったらビジネスにつなげていけるか、というような文脈での発言ではないのでご注意をば。彼のレーベルのスタンスとして、ビジネスとしての成功が見込めなければ続けられない環境で生きるよりも、ビジネスから離れたところでミュージシャンとして楽しんでいけばいいじゃない、ミュージシャンは職業の名前でもあるけれど、生き方の問題でもあるんだよ、と言う。
私自身は、ビジネスやらお金やらは必須ではないにしても、それが潤滑油としてうまく機能してくれれば、音楽周りが活性化してリスナーとしてありがたいというスタンス。
*1:着うたフルは頭打ち、PC向け音楽配信はまだ普及しだしてすらいないが
*2:2001年より著作権等管理事業法が施行され、JASRAC以外の著作権管理事業者も誕生しており、JASRACのデータだけでは徴収額全体を考えるには不十分かもしれない。
*3:市場規模だけでいったらカラオケの方がでかい。カラオケ市場もここ10年くらいで大きく縮小しているが、今でもレコード市場よりも大きい。
*4:レコード産業が低迷しているが、規模でいったら20年前と同じくらいだから、揺れ戻しがきた程度のことだよ、なんて言われたりもするけれども、メディア環境の変化等を考えても、単に市場規模だけでは語れない部分もある。
*5:インディ or インディペンデント