• medicaljp badge

昔はたばこを吸わない人のほうが肩身が狭かった。禁煙が「標準」に変わるとき

マジョリティーには「盲点」がある。マイノリティーになって初めて見える景色とは。

タクシーに乗り込むと、シートに染み付いた煙の匂いにむせそうになった。

客が車内でたばこを吸える「喫煙車」に偶然、当たってしまった。運転しているのは、60代の男性ドライバー。自らも40年来の愛煙家だ。「喫煙車は東京都内では珍しいけど、個人タクシーだから続けられるんだよね」と言う。そういえば、タクシーでたばこ臭いと感じたのは久しぶりだ。

「朝、駅の車止めにつけると『待ってました』とばかりに、いつも同じ大企業の役員が乗ってくるんだよね。メーター料金1000円未満の間に2本は吸うよ」

「路上喫煙はダメだし、会社でも吸える場所が決まってるからね。会社で肩身狭くセコセコ吸ってる姿なんて、部下に見せたくないだろうしね」

ひと昔前は「たばこ部屋で人事が決まる」と言われていたくらい、特権領域だった会社の喫煙室。それがいまや「サボり部屋」と後ろ指をさされる存在だ。

いや、喫煙室だって実は新しいのだ。喫煙室ができる前は、普通に席でたばこを吸う上司がいて、吸わない部下は煙を我慢しながら仕事をしていた。2000年に新聞社に入社した私も、地方支局でその経験をした。

すべてのタクシーでたばこを吸えた

男性ドライバーは続ける。

「20年くらい前まで、サラリーマンにとって、たばこ、酒、先輩との付き合いはステータスだったからね。あの頃は、ほら、粋がるっていうの? テレビでも、たばこを吸って酒を飲んでるかっこいいコマーシャルがいっぱい流れてたんだよ」

「当時は、タクシーの所轄は運輸省で、車内でたばこを吸わせるのはサービスの意味もあった。運転手が吸ってもよかったしね。受動喫煙という言葉が生まれて、環境省やら厚生省やらいろいろ絡んできて、ころっと変わった。それで禁煙車っつうのが出てきてね」

厚生省(当時)は1995年、「たばこ行動計画検討会」の報告書をまとめ、受動喫煙対策を積極的に推進する方針を発表した。

東京都内ではじめて「禁煙タクシー」を走らせたタクシー会社は、大森交通だという。公式サイトによると、1987年まではすべてのタクシー車内で、乗客や運転手の喫煙は自由だった。受動喫煙もたばこの残臭も当たり前だった。

WHO(世界保健機関)の第1回世界禁煙デー(1988年)を前に、禁煙タクシー第1号の個人タクシーが登場。大森交通は2000年に禁煙タクシーを導入した。

表示がなくても禁煙車が当たり前に

当初は、禁煙車であることを運転手が伝えても、無視してわざとたばこを吸ったり、灰を車内にまき散らしたりする乗客がいたという。

運輸省(当時)が2000年に出した禁煙タクシーに関する通知は、ルールに従わず喫煙しようとする客を降ろすことができる、としている。喫煙者と運転手のトラブルを想定していたことがうかがえる。

運輸省は、禁煙車であることを「客に見やすく表示する」ことも通知していたが、2007年の改定で、相当の割合で禁煙タクシーが導入される場合、禁煙車の表示を省略してもよい、と緩和した。禁煙車が周知されてきたのだろう。

この頃、航空機やJRも相次いで全面禁煙になった。そして2008年1月、東京乗用旅客自動車協会と東京都個人タクシー協会に所属する約5万2000台がすべて禁煙に。これは都内のタクシーの約95%にあたる。他の道府県でも、2011年までにタクシーをほぼ全面禁煙化した。

それでなのか、今ではたばこを吸えることを売りにする協会非加盟のタクシー会社が出てきたほどだ。

「愛煙家の皆様に朗報!」「希少!喫煙タクシー」「有ります!喫煙タクシー」

ここ20〜30年で、交通機関での喫煙をめぐる「当たり前」は、まったく逆になったことになる。

少数派になるということ

筒井康隆さんが1987年に発表した『最後の喫煙者』という短編小説がある。主人公はヘビー・スモーカー。次第に嫌煙権運動が盛り上がり、喫煙者への弾圧が強まる中で、主人公はたばこを吸い続ける。

公園は「犬と喫煙者立ち入るべからず」の場所になり、煙草屋は村八分にされて廃業。自宅の塀に「ニコ中死ね」とスプレーで落書きされ、自衛隊から催涙弾攻撃を受けて仲間を失い、ついに地上最後のスモーカーとなるーー。

たばこを吸う集団にとって都合よくつくられていた社会システム。吸わない集団の声が大きくなり、システムが変わっていく。

ここ数年、レストランやホテルを予約しようとすると、禁煙席や禁煙室は満杯なのに、喫煙席や喫煙室のほうはガラガラだったりする。建物内の全面禁煙を目指す動きもある。

「最後の喫煙者」はたばこを吸い続けた。喫煙タクシーの男性ドライバーも、「たばこはやめない」と断言する。

「1箱300円から410円になったとき(2010年)、本数を減らしてやめようと思ったんだよね。でも、やめられなかった。今も変わらず、1日30本は吸う。財布には痛いけど、気分転換につい手が伸びちゃうよね」

マジョリティーがマイノリティーに変わるとき、抑圧していた側がされる側に回るとき、どんな気持ちの揺れが起きるのか。

特権をもつ人の「抵抗」

マジョリティーの特権について研究している上智大学准教授の出口真紀子さん(文化心理学)は、「自分たちが抑圧される側になると思うと、変化を恐れ、抵抗しようとします」と指摘する。

2016年11月のアメリカ大統領選でトランプ支持が広がったのも、白人男性が特権を手放す恐怖心や「抵抗」が背景にあったからだ、と出口さんは指摘する。

「抵抗」を喫煙者の心理にあてはめると、このようになる。

  1. 自分の信念を変える=たばこをやめよう
  2. 矛盾を縮める情報を探す=がんにならない喫煙者もいるんだから
  3. 問題の矮小化=たばこくらいで文句を言うなんて
  4. 回避、逃避=引きこもって吸うしかない

抑圧する側とされる側の立場が逆転するほどの変化でもなく、格差がわずかに是正される程度であっても「抵抗」は大きいという。なぜか。

「マジョリティーはもともと、自分たちの特権について無自覚だからです」と出口さん。

抑圧や差別について議論するとき、焦点があたりがちなのはマイノリティーの側だ。人種では黒人、性別では女性、社会的階層では貧困層、性的指向ではLGBTなど、抑圧されている側に目を向け、その不利益をどう解消するかが課題になる。

「それは裏返すと、マジョリティーのほうが普通だ、というメッセージになります。”普通”である強者のほうに寄せるように、弱者を変えようとする。強者の特権については不問のままです」

「弱者は、強者のことを熟知しないと生き延びることができません。しかし、強者は弱者のことを知らなくても困りません。世の中の見えている範囲でいうと、強者には『盲点』があるのです」

強者には見えない景色がある

出口さんは担当する授業「立場の心理学」で、強者の盲点を「球投げ」に例えて説明している。

例えば、「社会的地位向上」というゴールに向かって、3人が縦に並んで球を投げるとする。最前列の人はゴールに近いため、球を入れやすい。最後列の人は球を入れづらい。みんなが努力をしても、置かれた立場による不平等がある。

最後列の人は、前に並んでいる人たちの動きを見ることができる。ここから投げても入りづらいとわかっているし、それゆえ投げることを諦めるかもしれない。前の人の頭に当たることが怖くて、投げないかもしれない。

一方、最前列の人には、目の前のゴールしか見えていない。後ろの人が考えていることもわからないし、そもそも後ろに人がいることも知らない。自分が一番前で有利な立場にいることに気づいていないのだ。

これが強者の「盲点」。弱者に対して「差別なんかしていない」と思い込んでしまう背景だ。

「強者が自らの特権を自覚し、弱者に対して想像力を働かせること。そしていずれは特権を手放すことが、社会的公正につながると考えます」

人種や性別は、もともと生まれ持ち、変えることができない「特権」だが、いずれは誰もが高齢者という「弱者」になる。そうなって初めて、街中のバリアフリーに不備があることに気づいたり、思うように働けない人のつらさを知ったりする。

喫煙か非喫煙かのように、自ら選びとることができる立場もある。たばこをやめて初めて受動喫煙の怖さを知るなど、立場が変わることによって見えてくるものもある。

時代の流れで...

車内にこもったたばこ臭に耐えられなくなり、少し窓を開けた。喫煙車を続けることは営業に響かないのか、男性ドライバーに聞いてみた。

「喫煙車を敬遠する客もたまにいるよ。いったん乗りかけて『たばこ臭いので降ります』って」

「そういう神経質な人には乗ってもらわなくていいよ。たばこの煙くらいで気になるっていうなら、外国になんて行けないよ。外国人の体臭に耐えられないでしょ。世の中っていうのはね、なんでもやりすぎるとね、わがままな人が出てくるよね。まあしょうがないけどね、時代の流れで」

前日にあった東京都議会議員選挙の話を持ちかけると、男性ドライバーは「投票には行かなかった」と言った。

「どの党も、禁煙だ禁煙だって、なんだかバカバカしくなっちゃってね」

結果は、都議会で第1党だった自民党が、歴史的な敗北を喫した。127議席のうち59議席だったのが、23議席になる。自民党は、議会棟の最も広い議員控室から、手狭な部屋に引っ越すことになるという。