梶ピエールのブログ

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抵抗する中国のメディア

 先日の朝日新聞が報じたことで、すっかり有名になった『南方都市報』のこの写真。

 この写真について、イヴァン・ウィルさんが興味深いブログ記事を書かれていますので、以下、少し長いですが引用します。

 「南方都市報」の関係者が「深読みはしないで欲しい」と言っていますが、開会式のリハーサルの中の鶴の場面だけを1面に掲載する必然性はなく、「南方都市報」が劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を批判する党中央の方針を皮肉ったことは明らかでしょう。中国の新聞がこれほど直接的に党中央の意向に反する紙面を出すことは画期的だと思います。

 以前、私が北京駐在時代の2008年7月24日、北京の新聞「新京報」は、元AP通信記者の Liu Xiangcheng (劉香成)氏(中国生まれ:米国籍)のインタビュー記事を載せ、このカメラマンが過去に賞を獲った写真として「傷者」というタイトルの写真とソ連ゴルバチョフ氏がソ連解体の書類にサインする場面の写真とを掲載しました。「傷者」の写真は、紙面には説明書きはありませんでしたが、1989年6月の「第二次天安門事件」の時、怪我した学生を仲間が自転車三輪車の荷台に載せて大急ぎで運ぶ場面の写真で、当時の報道では有名な写真だったので、説明書きなしでも、当時を知る人には何の場面の写真かわかるものでした。1989年6月4日の「第二次事天安門事件六四天安門事件)」は、現在の中国では触れることすら「タブー」です。しかも、それを「ソ連解体の書類に署名するゴルバチョフ書記長」の写真と同じ紙面で掲載することは、見方によっては、中国共産党に対する強烈な批判を意味します。日本での報道によれば、この日の「新京報」は、発売後、直ちに回収措置が執られたとのことです。当時、北京に駐在していた私は「『新京報』の『擦辺球』(エッジ・ボール)」というタイトルで知人にこの件を知らせしたことを覚えています。

 「擦辺球」(エッジ・ボール)とは、卓球用語で、ボールがテーブルのエッジに当たって角度が変わるボールのことで、「違反ギリギリの行為」という意味で中国ではよく使われます。これに比べれば、今回の「南方都市報」の1面の写真は、劉暁波氏のノーベル平和賞を非難する党中央の方針に真っ向から反対を表明するもので、もはや「エッジ・ボール」ではなく、完全にラインの内側を意図的に狙った「ストレート・スマッシュ」だと思います。実際にこの写真が広州アジア大会パラリンピック開会式のリハーサルの写真であるならば、検閲を行う当局もこれを削除することは不可能であり、「南方都市報」の意図は完全に成功したものと思います。現にこの写真は紙面掲載1週間後の現在でも「南方都市報」のホームページにおいて閲覧可能であり、「『南方都市報』よくやった!」といった読者のコメントも見ることができます。

 実は今年、『南方都市報』に掲載された「絵」の隠された意味が話題となったのはこれが初めてではありません。たとえば、日本ではあまり話題にならなかったようですが、今年の六四(6月4日、天安門事件の日)の数日前の同紙には、こんな漫画が掲載されていました。

 一応「児童節(国際児童デー)」に合わせて、「童心あふれる」漫画を掲載する、という名目の紙面だったようですが、あの事件を知る者には上の漫画が何を意味しているのか、説明は不要ですよね。これなどももはや「エッジ・ボール」を超えた、「ストレート・スマッシュ」だった、といえるのではないでしょうか。『中国の血』などで知られるフランス人ジャーナリストピエール・アスキ氏のブログでも、この『南方都市報』の「ヤンチャ」ぶりについてエールが送られていました。この記事の後、『南方都市報』には何らかの「警告」が発せられた可能性は高いと思いますが、それをものともしない今回の「空の椅子と鶴」。思わずGJ!と声を上げたくなる気持ちもわかりますね。イヴァン・ウィルさんもおっしゃっている通り、こういった「不屈の精神」を持つ中国人ジャーナリスト、およびそれを支える市民たちの「声なき声」が中国社会を変えていく力になるという期待を、私も共有したいと思います。