めぐる時代と「自分の感覚」

最近、私の長年の友人でモバイル業界の著名コンサルタントだったJane Zweigさんが、商売をたたんだ。90年代には、私は彼女のレポートをクライアントとして読み、ここ数年は女性同士の同業者としておつきあいしていた。年齢的には私より少々上だし、仕事のパートナーが2年ほど前に亡くなったこともあり、状況は私とは少々違うのだが、なんだか感慨がある。

プライベートな事情はともかくとして、ここしばらくは、彼女のいる世界と現実のモバイル業界の趨勢が、だんだんと乖離してきているのが感じられたのである。

ジェーンはボルティモアを本拠として、「キャリア」と「機器/端末メーカー」に関するアナリストであったわけだが、まさに90年代半ばぐらいまでは、「アメリカ」の「キャリア・メーカー」が携帯電話の世界の中心地であり、さらにその中でも、AT&Tの発祥の地ニュージャージー/ニューヨークと、規制当局や軍関係施設の集まるワシントンDCの間の「回廊」(ボルティモア含む)が「メッカ」であった。数多かったキャリアがM&Aを繰り返したためにウォール・ストリートのいいお客さんでもあり、またハードを中心とする技術もアメリカ発のものをアメリカで使えばよかった。ジェーンはその頃の枠組みの中で成功し、人脈も考え方も、その枠組をベースに作り上げてきた。

いまだにその世界は存在してしっかり商売しているのだが、今や新しいものが生まれる最先端の「木の芽」の部分はすっかりシリコンバレーに移ってしまい、一方、世界では中国やインドなどの新興国が「機器商売」の「コメのメシ」となり、アメリカは「その他大勢」に転落した。現在、ハードウェアでは圧倒的な数量を持つ「新興国市場」が裾野、その技術標準を握る「欧州」がトップに位置するハードウェアの体制を、好むと好まざるとにかかわらず現実として受け入れ、この世界標準とアメリカ市場のユーザー嗜好との間で折り合いをつけながらやっていくしかない。そして、アップルやグーグルのようなシリコンバレーのプレイヤーが、上位レイヤーにおいて、ソフトウェアとネット技術の強みを活かして、新しいものを生み出していくフェーズへと移っている。

私は90年代をニュージャージーで過ごして、1999年にシリコンバレーに移り、両方の世界を目の当たりにしているから余計に、「90年代体制」からの時代の変化が身にしみて感じられている。そして、日々シリコンバレーの人とつきあい、生活の中でも「デジタル・ネイティブ」である子供たちの行動と向きあうことで、幸いにもなんとか新しい動きにある程度ついていけていると思う。しかし、東海岸に住み、小さい子供もいないジェーンは、住み慣れた世界からなかなか出られなかったような気がする。体にしみついた概念、習性、人脈、考え方というのは、本当に抜きがたいものだとつくづく思う。彼女だって、メディアを通じて何が起こっているかはわかっていたはずなのだが、「体感」として今ひとつ受け入れられなかったように思う。そして、過去の体制の中で成功していたから余計に、その自分の感覚を正当化してしまったように思う。

このところ、同年代の友人たちと話していると、「忙しくてTwitterなんぞやってる暇がない、あんたはよくやってる」「Facebookなぞ何の役にたつのか理解できん」「iPadなんて流行に乗っちゃって、そんなの無駄だよ」などと言われちゃったりする。皆、なんらかの形でIT産業に関わっている人々であるにもかかわらず、である。どうも、そういう年代にさしかかってきたのだ、と痛感する。そう発言する人たちの気持ちもわかるようになってきた。

ジェーンも私もこの友人たちも、「多少人と違った自分の感覚」を大切にし、批判を覚悟で発言することが、いわば商売のネタだ。あえて流行に乗らない「逆バリ」も、その一つの形である。人と同じことを言っていてはアナリストやコンサルタントアントレプレナーはつとまらない。だから私も、あえてブラックベリーを使ったりしている。決して、彼らだって、怠惰なのではないし、悪気もない。通りいっぺんの、「トシをとったら怠惰になり、時流に遅れてしまう」というだけの話では済まない、もう一つ深い問題がここにある、と感じる。

私は、オープンマインドで新しいものを受け入れる努力をしつつ、自分の古い感覚となんとか折り合いをつけてやってきたが、果たして本当に大丈夫なんだろうか、自分の感覚は正しいんだろうか、と、ときどき自問する。「次は私だ」とふと思ってしまう。

モバイルに関しては、こうした「90年代体制」と「2010年代体制」の変遷をふまえて、ここしばらくのWirelessWire Newsの連載にも盛り込んでいるので、こちらも参照してほしい。先週の「スマートフォンの系譜」に続き、今週木曜日には「ネットワークの仕組み」の話を掲載予定である。

http://wirelesswire.jp/Global_Trendline/201006031300.html