a2_Q8C0266

佐藤ビンゴ|BINGO SATO
「Vice Media Japan」代表取締役。1995年に「54-71」を同級生らと結成。バンド活動を続けると同時に、2007年に音楽レーベル&プロモーター事業を行う「contrarede」を設立。音楽だけでなく雑誌「Libertin DUNE」の刊行やバンドの海外ツアーを通じて「Vice US」との交流を深め、2012年にはグローバルメディアViceの日本支社「Vice Media Japan」を設立。同社代表取締役に就任。

「VICE Media Japan」代表の佐藤ビンゴは、ジャーナリズムとストリートカルチャーをごちゃ混ぜにした独特の“クールさ”を持つ「VICE」という特異なメディアを日本向けにローカライズさせた立役者だ。

紙、ウェブ、映像配信とコンテンツのプラットフォームが広がるなか、佐藤率いるジャパンチームは、初となる完全日本オリジナルの「VICE Magazine」や「i-D Japan」といった紙媒体の発刊。サイバーエージェント「AbemaTV」と提携、専用チャンネルを開設するなど、日本発のオリジナルコンテンツ制作にも意欲的に取り組んでいる。

1994年にカナダで創刊され、いまや世界37カ国を拠点に持ち、10以上の関連媒体を抱える新興メディア企業へと急成長を遂げた「VICE」。奇抜と捉えられがちなスタイルを持つメディアを運営する上で、佐藤はどんなチーム体制を心がけているのか。言論統制や報道の自由への意識が高まりつつあるなか、佐藤ビンゴにチームの在り方を問う。

a_Q8C0276

──なぜビンゴさんが「VICE Japan」を始めることになったのですか?

音楽活動と並行しながらプロモーター事業を行う「contrarede」を設立したんですが、プロモーターや音楽レーベルだけでは儲からなくて。ライヴをやっても赤字になる。ビジネス的に音楽以外の可能性を探っていたころ、スパイク・ジョーンズの「I’m Here」という短編映画のライセンス依頼を出しました。この映画は、当時、商業映画の制作スタンスに疲弊していたスパイクが10人ほどの小さなチームをつくり、自分たちでカメラを担いで完成させたんです。彼はライセンス依頼がよほどうれしかったのか、「こんなマニアックな映画を欲しがるのは君だけだ」みたいなメールを送ってきて、ニューヨークの自宅にぼくを招待してくれました。

スパイク・ジョーンズは、VICEにクリエイティヴ・ディレクターとしても深く関わっていて、彼がきっかけでVICEは映像制作に足を踏み入れることになります。世界中の映画祭に出展した戦時中のバグダッドを取材した「ヘヴィーメタル・イン・バクダッド」は、彼のアドヴァイスによって制作されたものですしね。

ニューヨークの自宅では彼といろいろな話をしたのですが、ぼくが「音楽事業以外に、何か面白いことはない?」と聞いたときに「VICEが面白いから紹介するよ」という話になり、それがきっかけでVICEに関わっていくようになります。

──そのあと日本で「VICE Media Japan」を設立したわけですね。

そうですね。彼に会ったのが2011年ぐらいで、2012年にはVICEとYouTubeが大規模なパートナーシップを組むわけですが、日本での展開はそのYouTubeプロジェクトに合わせる形でウェブサイトが立ち上がり、スタッフを少しずつ集めながら日本でのオリジナルコンテンツの制作を始めたという感じです。

──今年4月に日本完全オリジナルの『VICE Magazine』を配布し、5月にはユース世代に特化した『i-D Japan』も創刊しました。いま、VICE Japanが“紙媒体”に注力する理由とは?

VICEはコンテンツこそ命みたいなチームなので、プラットフォームへのこだわりは特にありません。いいコンテンツさえ制作できれば、YouTubeで配信されようが、紙で配布されようが、表現媒体はどれでもいいと考えています。

そもそもネットの世界だっていずれは変容するだろうし、衰退する可能性だってある。紙媒体が残るかもしれないし、絶滅するかもしれない。そこは誰にも分かりません。いくつもの媒体で展開していた方が企業としての生存確率は高まる、といった考えもないわけではないですが。

a_Q8C0219

──そうした話を考慮しても、雑誌の費用対効果はあまり高いとは言えませんよね。

戦略的な話をすれば、現在のウェブにおけるエディトリアル性やクリエイティヴ性は、どちらかといえばヘッドライン的な要素が強いと思っています。瞬発力やスピード感が重要であり、質より量が求められている。しかし、雑誌や書籍はそういう類のものではないと思っています。もっとロングタームで人々へ働きかけるものだし、そういう雑誌的なエディトリアル性をウェブにも展開させたい。そういうものを目指すのなら、やはり紙媒体と関わっていないと、それを実現させるためのクリエイターを集めることはできないのではないか。

紙媒体にはウェブにはない能力やノウハウが必要で、紙だからこそ活躍できる人もいる。メジャーになる前のライアン・マッギンレーやテリー・リチャードソンがVICEに参加していたように、多くのクリエイターがVICEをクールだと感じる理由のひとつは、雑誌的な文化が根強く残っているからだと思います。

──VICE Japan独自の展開として、今年4月にサイバーエージェントの「AbemaTV」と提携し、専用チャンネルを開設しましたね。

テレビは衰退していくと言われたりもしますが、とんでもなく優れた媒体だと思います。テレビというプラットフォームに関しては、アメリカのVICEが先行して開拓しているところがあり、HBOでVICEのドキュメンタリーを毎週放送していたり、衛星ケーブルチャンネル「VICELAND」では24時間放送を開始したりと、テレビ放送の可能性を次々と切り開いている。わたしたちとしては、それをどう日本に紹介していくかが課題であり、「AbemaTV」とのプロジェクトもその事業の一環です。これからテレビ放送や、マスに近い場所でどのようにVICEのコンテンツを配信していくか、そういうところを開拓していきたいと思っています。

a_Q8C0194

──VICEの過激コンテンツは、日本の若者にも受け入れられると思いますか?

海外のVICEは若者向けのメディアという打ち出し方をしていて、実際にそういう層から支持を得ています。しかし、日本でのターゲット層は35歳あたりを中心にしながら、下の世代に広げていくようなイメージです。日本の人口分布や社会情勢などを考えると、VICEの報道系コンテンツはより幅広い層に観てほしいものが多い。マーケティング的に難しい側面もありますが、我々としては「知る機会を提供する」という意識もあります。コンテンツを中心に考えるなら、若者というターゲットを無理に意識しなくてもいいかと思います。

VICEのコンテンツと聞くと、「ヤバいところに潜入取材する」というイメージがいまだに先行していますが、本当はグローバルのチーム含め「公益性」を視野に入れて制作しています。米国の「VICELAND」ではエンタメも放送していますが、そのなかにもソーシャル・イシューを含ませたりしてコンテンツを制作しています。日本でも、何かしらの知識が得られる教育的なものであったり、何かしらの問題意識を受け取れるようなものであったり、視聴したときに何かを感じさせるコンテンツ、そういうものを積極的に制作していきたいですね。

──2014年には報道部門とドキュメンタリー部門でエミー賞を受賞しましたが、VICEと報道機関(マスメディア)との違いはどこにあると思いますか?

我々の場合は、少人数のミニマルなチームで取材に入ります。気になる場所にとりあえず行き、そこで見えてくる“人間像”のようなものを持ち帰る。既存のニュースが伝えるようなトピックではなく、より人にフォーカスします。

イスラミック・フロントの統一軍隊指揮官から「俺らはニコール・キッドマンが大好きなんだ」といった言葉を聞き出し、ストーリーに盛り込む。そういう話は一般の報道機関では、ほぼ扱いません。人間像のようなものに焦点を絞りながら、ほかとは違う角度や見方を使ってトピックに入っていく。それがVICEらしいニュースなのではないかと考えています。

a_Q8C0236

ヘッドラインにはヘッドラインの役割があります。VICEは、それよりも「ニコール・キッドマンが好きなんだ」という事実の方を興味深く感じ、それを伝えるようにする。実際に「VICE News」はそのやり方で成功しているし、どんなに大きなトピックでもニッチに攻めていくところはマスメディアと大きく異なるところではないでしょうか。

──取材のときはVICEとしての主観や見解は入れたりするのですか?

プロデューサーによっても変わりますが、方針としてはあまり考えていません。ただ、VICEのチームは音楽やストリート系の人間が集まって構成されることが多いので、どうしてもそういう視点からのコンテンツは多くなります。フリーマガジンのときのイメージが共通認識として存在しているので、それに重ね合わせるような空気感もありますし。そういった点も既存のジャーナリズムとは違うところですね。彼らのようにスクープ映像ばかり追い求めるのではなく、「もっとクールな映像を撮ろうぜ」みたいなことを勝手に考えていますから。

a_Q8C0205

──代表のビンゴさんも含め、VICEには尖った人たちが集まるように感じます。ほかにはないチームを形成できる理由はどこにあると思いますか?

外から見れば変なメディアに見えるから、変な人が集まりやすいですよね(笑)。ぼく自身の話をすれば、音楽活動をしていたときから「突破力」や「パンチ力」というものを深く考えざるを得ない機会が多かった。どうすれば人が驚くのか、何を感じてもらえるのか、人とは違うパンチの出し方や視点の持ち方など。そういう価値基準や考え方は、バンド時代を共にしたヘッドオブコンテンツの川口賢太郎とは多くを共有しているし、いまのスタッフもある程度その価値観を基にして集まってほしい。

数年前に『ホドロフスキーのDUNE』というドキュメンタリー映画がありましたが、当時の「DUNE」には超一流のメンバーばかり参加していたんですよ。映画の中でも「なぜこんなにも豪華なメンバーが集まるのか」と聞かれたホドロフスキーが、「俺はウォーリアー(戦士)を求めている」みたいなことを語るわけです。何かを突破するときのパワーというのは、そういうチームから生まれるんだと思います。我々もウォーリアーを集めて、そういうチームをつくっていきたいですね。