• 2012/01/24 掲載

アノニマスとハクティヴィズム――企業が直面する新しいネット社会:塚越健司氏論考

サイバー攻撃でソニーに大打撃を与えた集団「アノニマス」とは?

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近年、企業や政府などに対するサイバー犯罪が跡を絶たない。衆議院やソニーで被害が出た件などは大きく報道された。増加するこれらの事件や犯罪の背景にはどのような潮流があるのだろうか? ウィキリークスなどネットの新しい動向に詳しい塚越健司氏に論じていただいた。

アノニマスの登場

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西田亮介・塚越健司編著『「統治」を創造する 新しい公共/オープンガバメント/リーク社会』

 米国の著名なジャーナリストであるジョセフ・メンの著書『サイバークライム』(講談社)によれば、近年のサイバー犯罪市場は麻薬市場を凌駕するほどまでに成長しているという。企業・政府の情報漏えい事件は跡を絶たないが、その背後には、金銭目的の犯罪集団や、各国の情報工作の影が見え隠れしている。しかしそれらとは別に、自らの社会正義や大義といった思想・信条に従うことでサイバー犯罪にまで至る組織も存在する。国連機関への攻撃で話題となった「TeaMp0isoN」といったいくつかの組織の中でも、2011年、ソニーの運営するプレイステーションネットワーク(PSN)に対するサイバー攻撃により、一躍有名となったネット上の抗議集団・アノニマスが世界中から注目を集めている。彼らの行為は金銭目的ではないが故に、その対処にあたっては通常のサイバー犯罪対策とは異なる原理に基づかなければならない。

 簡単にアノニマスの説明をしよう。「アノニマス」とは英語で「匿名(Anonymous)」を意味し、日本の画像掲示板「ふたば☆ちゃんねる」を模したアメリカの画像掲示板「4chan」が2003年に誕生した際、投稿の名前欄のデフォルト設定がアノニマスであった。4chanに集う人々は日本の「2ちゃんねる」と同様、多様な職種と年齢層から構成され、人の出入りは激しく、他愛もないコミュニケーションを行う。この4chan住民の一部が「情報の自由を守る」という「大義」の名の下に、多くの組織に抗議活動をはじめたのが2006年頃のことだ。彼らは自らをアノニマスと名乗り、4chanを離れ、抗議作戦ごとにメンバーがIRCというチャットシステムを用いて議論し、具体的な抗議方法を検討する。明確なリーダーは存在せず、抗議内容ごとに参加するメンバーもまちまちと、組織としては非常に緩く流動的である。

仮面と大義

 アノニマスは2008年、アメリカの新興宗教団体サイエントロジーに抗議デモを実践したことで一躍注目を浴びる。その際彼らは、サイエントロジー側にメンバーの顔が判別されないようにと、17世紀のイギリスに実在した体制への反逆者ガイ・フォークスを模した仮面を被った。この仮面は自由の抑制に対する抵抗を象徴するものとして、以降アノニマスを表す象徴的な役割を果たす。

 彼らはチュニジアやエジプトの革命時に民衆をサポートしているが、他方でその後も企業や政府に対する抗議を継続してきた。それら抗議はデモという合法活動を超え、DDoS(Distributed Denial of Serviceの略称。分散型サービス拒否攻撃)と呼ばれる、いわゆる違法なサイバー攻撃を実践する機会が増していく。アノニマス内部でも、法的に違法な手段を使用することには賛否あり、現在ではアノニマス内部に派閥が形成され、それぞれが合法・違法等に別れて抗議している。しかし彼らには一定のまとまりを示すものがある。それがガイ・フォークスの「仮面」と、「情報の自由」を守るという「大義」である。

 彼らはその特徴的な仮面を被って抗議することにより、マスメディアや一般大衆に、組織としてのアピールを容易にする。また彼らの内部に多様な意見があれども、情報の自由という大義が、緩やかではありながらもメンバー間に組織として一定の連帯感を提供する。

アノニマス VS ソニー

 2011年4月、ソニーの個人情報漏えい事件から、アノニマスは日本でも注目されはじめる。事件は、ジョージ・ホッツという当時21歳の若手ハッカーがプレイステーション3(以下、PS3)本体のハッキングに成功し、PS3の改造方法等を公開したことに端を発する。ソニーはすぐさまホッツを提訴したが、加えて米連邦裁判所にホッツのTwitterアカウント情報や、彼のHPに訪れたユーザーのIPアドレスの公開を求め、許可された。それは、それは、ホッツと付き合いのあるユーザーだけでなく、まったく関係ないユーザーの個人情報をも開示することであり、これに対して多くのユーザーから批判が生じた。アノニマスはすぐさまソニーに対し、これらの処遇の不正を主張。ソニーに対する攻撃を宣言し、実際にDDoS攻撃を仕掛けた。その後も不正アクセスが続き、結果的に1億件以上の個人情報流出という大規模な情報流出事件へと発展した。

 ただし、アノニマスはDDoS攻撃に関しては認めたものの、その後も続けられた不正アクセスと個人情報流出に関しては関与を否定している。個人情報の不正取得は、大儀に反するとアノニマスは主張する。これは著者の個人的な推測に過ぎないが、おそらく個人情報の不正取得はアノニマスの行為ではない。またアノニマスが関与していたとしても一部のメンバーや、もしくはアノニマスの攻撃以後に便乗した金銭目的のハッカー集団の仕業ではないだろうか。しかしいずれにせよ、アノニマスの攻撃によってその他の犯罪者による攻撃を容易にした事は否めない。ちなみに、一連の事件に関するソニーの被害総額は、数百億円を超えるものと予測する声も聞かれる。正確な数字はわからないものの、相当の打撃を与えるものであることは間違いない。

ハクティヴィズムとは何か

 アノニマス(の一部)は、情報の自由を守るという「大義」のためであれば、犯罪行為としてのDDoS攻撃も辞さない。合法・違法にかかわらず、彼らはその情報技術の力を用いて、大衆をネットに集結させ、自らの信念に従って抗議を実践する。問題は、合法・違法、正義・不正義といったことではなく、ネット上で行われる抗議行為が、従来のデモ等の抗議行為を遥かに凌駕する力を持つことにある。実際に、ソニーが被った被害は深刻である。

 アノニマスの活動は「ハクティヴィズム(Hacktivism)」という概念で説明できる。ハクティヴィズムとは、コンピュータ技術によって物事を改良するという意味の「ハック(Hack)」と、選挙やデモや言論によって社会の変革を目指す政治運動の「アクティヴィズム(Activism)」をかけ合わせた言葉である。つまり、コンピュータ技術を利用して、政治的目的を達成させようというのだ。同様に、情報の透明性を求めて積極的にリーク情報を公開するウィキリークスもまた、ハクティヴィズムの実践団体である。

 ホッツへの訴訟や他のユーザーに対するIPアドレスの開示要求は、それ自体としては法的に正当である。しかしソニーは、それが法的に正当であるという根拠のみで対処し、ユーザーの理解を得ることなく強硬手段ともとれる手段を採用した。他方でアノニマスは、法や規則に縛られることなく自らの大義に従い抗議を開始する。企業は今後、ネット上のユーザーの反応にますます注意しなければ、思いもよらない躓きを経験することになるかもしれない。

アノニマス以後の企業運営

 アノニマスやウィキリークスの登場以降、企業・政府は彼らの思想の分析とその対策なくしては成り立たなくなった。それを怠れば、ソニーのように企業は思わぬ損失を被ることになりかねない。アノニマスの抗議は何を契機に生じるかわからない。2011年夏以降断続的に行われている「反韓流フジテレビデモ」も、発端こそ芸能人によるフジテレビ批判であったが、激化する議論の舞台となったのは、2ちゃんねるをはじめとするネットであった。仮にデモに参加した人々が専用の「場」をつくり組織化し、抗議対象やその手段が多様化することがあれば、アノニマスに類似した組織が日本で誕生する可能性も十分考えられる。

 アノニマスやネット上で盛り上がった批判運動に対する根本的な回答は存在しない。法的に正当であるという理由だけでは、ハクティヴィストの怒りを買い、サイバー攻撃とその取り締まりという際限のない闘争が繰り広げられてしまうだろう。アノニマスの仮面は常に企業を監視している。だとすれば、まずは想定不可能性な事態が生じる可能性を認識するところからはじめよう。余裕を失わず、ユーザーの反応に対処するといった基本的な態度こそ、忘れてはならない。

●塚越健司(つかごし・けんじ)
1984年生まれ。専門は社会哲学。共著『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共編著『統治を創造する 新しい公共/オープンガバメント/ウィキリークス』(春秋社)が発売中。また、『週刊エコノミスト』や『週刊SPA!』などに論考を寄稿している。


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