遊びのとっても豊かなルール

ここ最近は『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』を読んでいました。
あらゆる意味で、裾野が広い本なので、どこから紹介したらいいか迷いますが、ここはxenothの日記ということで、TRPGプレイヤーからの視点で紹介させていただきます。


あ、訳者あとがきで、大変にわかりやすく納得できる、本の紹介があるので、どうかそちらもご参照ください*1

目的と具体例

さて、この日記では何度か、抽象的な議論の難しさ、ともすれば、それが発想を飛躍させるのではなく、限定し、偏見を正当化してしまう場合があることについて、ずっと書いてきました。
会話型RPGの面白さを理論的に分析する時に文句を言われないようにする方法 - xenothの日記
抽象的な議論をする際に私が重要だと考えるのは、上記でも書きましたが
1.目的を明確にする
2.具体例に落としこむ
の2点です。


ルールズ・オブ・プレイ』は、「ゲームってなんだろう?」という抽象的な問題を深く突き詰めた一冊です。そこにはゲームの定義も含まれます。
では、その定義の目的は何でしょうか?
それは副題「ゲームデザインの基礎」とある通りです。
つまり、「どうやったらより面白い、素晴らしいゲームをデザインできるか?」というのが目的です。


この線に沿って、『ルールズ・オブ・プレイ』は、様々な既存の定義、哲学者や社会学者のどちらかといえば抽象的なものから、ゲームデザイナーの実際的な定義まで、様々な定義を調べ、それを「ゲームデザイン」の観点から分析し、考えてゆきます。


抽象的な定義は難解になりやすいものですが、そこは心配する必要はありません。
著者たちは、登場する一つずつの定義や用語それぞれ全部(!)に合わせて、具体例として様々なゲームを挙げています。
その具体例は、コンピュータゲームもあり、ボードゲームもあり、TRPGもあり、パーティゲームもあり、鬼ごっこや隠れんぼのようなものまで、広い見地で取り上げてゆきます。


そうやって鬼ごっこから、パックマンから、ドラクエから、D&Dまで横断しながら、それら全部を、うまく評価できる枠組みを一つ一つ組み上げてゆきます。


熟読するほどに、バラバラだった様々なものが、「ルールズ・オブ・プレイ」「遊びのルール」という概念を通じてつながってゆきます。
それと同時に、自分が作っていた小さな枠が、どかーんと吹っ飛ばされて、えらいことになります。
だって俺の頭の中では、「鬼ごっこ」と「ドラクエ」は、確かに両方共ゲームではありますが、頭の中では、全然違うところに分類されてたんです。
それが、「そうでもないよ。こういう見方で見てごらん」と言われて、びっくりする。
そりゃ脳みそも爆発するというものです。


一回読み終わったばかりで、まだまだ整理がついておらず、爆発した脳みそを拾い集めてるような状態ですが、頭を使って考えるというのは、こういうことだなと思う次第です。

定義と境界

さて、ゲームのような広いものを理解する時、いくら広いからって「何でもあり」では考えるとっかかりにならないので、ひとまずは「定義」が必要です。
一方で、一度定義してしまうと、どうしても、その定義では、うまく説明できないような様々な事例が現れます。


ルールズ・オブ・プレイ』では、そういう時、どうしているでしょうか?
その答えは、以下の一節にあります。

 ときに、あるゲームがゲームか否かという問いに対する答えは、見る人次第だ。ゲームと同様に複雑な現象の定義は、その定義の適用が曖昧になってしまうような例に出会うものだ。そんなとき、だからその定義は駄目だと見るよりは、むしろそんな折りにこそ、ゲームを全体として理解するための得難いチャンスだと見なそう。いっそう厳密な定義の境界周辺は、洞察と探求のための豊かな土台となる。こうした遊びの余地があって境界のはっきりしない場でこそ、仮定が試され、発想(アイディア)が展開し、定義が変わってゆくのだ。こうした種類の変化させる遊びこそが、私たちが考えるゲームデザインのモデルの中心にあるのである。
p165 第七章 ゲームを定義する

私は、この考えに深く共感するものです。


そうなんですよね。「よりよいゲームデザインをするためにどうするか?」という視点に立つなら、あるゲームの厳密な線引きにこだわる必要はあまりない。
たとえば、ある定義において、勝利条件のない「ライフゲーム」がゲームかどうかが微妙、としたとしても、「ライフゲーム」を研究することは、ゲームデザインにとって有益なわけです。
本書では、そうした観点から、様々なゲームや、ゲーム的なあれこれを色々取り上げてゆきます。

ルールを作ってルールを破る

定義の境界を探ってゆこうとする態度は、上記の一節だけではなく、本書の全体に広がっています。
本書は、様々な定義を行いながら、常に、その定義の限界や裏、現実と合わない部分を模索し続けます。


たとえばルールの章には、「ルールを破るということ」という項目があり、プレイヤーがルールを破る様々な事例を取り上げて、そこから考えを進めてゆきます。
そこには、人がどんな時、何のためにルールを破るのか、といった話から、「破られることを前提とするルール」、さらには「ルールの改変を通じたゲームデザイン」というところへ広がってゆきます*2


こんな風に、この本は、無数の様々な観点から、「ゲームってなんだろう?」というのを考え、具体例を使って考えながら、ルールを見出し、そうしながら、そのルールの限界や問題も、丁寧に考察してゆきます。
そこから生まれる、とりあえずの結論を、鵜呑みにする必要はありません。
むしろ、読者一人一人が、それに追いつき、土台として、さらに先に進むことを前提としている本です。

三つの図式

そういう本なので、本の結論だけ述べても味気ないのですが、それはそれとして、結論というか、著者たちがゲームを捉える大きな枠組も、大変に刺激的です。


著者たちは、まず魔法円(マジックサークル)という概念を提唱します。
魔法円は、プレイヤーとゲームが集まった時に生まれる、聖域、空間、「よし、これからゲームしようぜ!」というアレです。卓上ゲーマーが言う「卓」ですね。もちろん物理的なテーブルや空間に限られません。


次に、ゲームを三つの図式で捉えます。
・ルール
・遊び
・文化
です。


「ルール」は、特定のルールがどのように運用されるか、という見方です。
ドラクエなら、こういうアイテムや職業や魔法があって、こういうモンスターがいて、戦闘で経験値を貯めてレベルアップしながら、こういうクエストをクリアする、というレベルのデザインですね。ルールは、それ単体では、一個の閉じたシステムとみなせます。


「遊び」は、そうしたルールを通じた、プレイヤーの体験です。プレイヤーが遊んで、どう感じるか。それは、半分閉じて、半分開いたシステムです。
プレイヤーがゲームと向い合って遊ぶという意味では、魔法円の中に閉じていますが、プレイヤーのゲーム体験は、外の世界の様々なものに左右されます。たとえば、一緒にドラクエを遊んでいる友達がいるか、どうかですね。


「文化」は、ゲームを中心として広がる文化そのものです。「ドラクエ」を中心に様々な文化ができあがり、社会の中で様々に変化してゆきます。同人誌が作られたりするのも、その一つに数えられるでしょう。


著者達は、この3つに分けて、ゲームを分析してゆきます。


xenothも、ゲームの面白さの観点から、自己表現、自己実現と共有をキーワードに、プレイヤーや社会との影響を、ぼんやりと考えていたのですが(以下の記事参照)
ゲームの面白さの一考察 - xenothの日記
ゲーム性と自由度 - xenothの日記
著者たちが、ゲームの影響をルールに収まらない広がりを備えたものと理解していることに力づけられると共に、より良い土台、枠組みをいただいて、色々と腑に落ちることがありました。


今回訳された上巻は、「全体説明」+「ルール」までで、「遊び」「文化」は下巻なので、そちらも本当に待ち遠しいです。
著者たちは、比較的閉じたシステムである「ルール」に関する部分においても、先ほどから書いているように、様々な広がり、発展性、それから穴や裏、問題や限界点まで、一つ一つ拾いながら、ゲームデザインについて語っています。

読み方と翻訳について

ルールズ・オブ・プレイ』は、大部の著ではありますが、その文章の一つ一つは、大変に平易でわかりやすく書かれています。
その上で、その一文、一文が、深く深く考えを突き詰め、大きく大きく積み重なってゆく、大変に食べ応えのある一冊になっています。


一度に全部食べようとすると、消化不良を起こすので、自分にあったペースで、ゆっくり読んでゆくのがいいと思います*3


さて、原書が平易でわかりやすい文章だからといって、それを、平易でわかりやすい日本語に置き換えるのは、これは大変な仕事です。TRPGの翻訳も含み、世の中、翻訳でわかりにくくなってしまっているものは沢山あります。
実のところ用語の一貫性を維持しつつ、違う言語における、単語の意味空間と論理体系を、自然な日本語に置き換えるというのは、大変に創造的な行為で、訳者の真価が問われる行為なのです。
ルールズ・オブ・プレイ』に関しては、本当に訳がいい仕事をしており、「ここ怪しいな。原書はなんて書いてあるの?」的なストレスを全然感じませんでした。


翻訳は創造的な行為ですが、同時に裏方でもあります。
裏方の苦労を感じさせずに、本の内容に相対することができる読書体験は幸せなものです。
そうした観点からも、『ルールズ・オブ・プレイ』、お薦めです。

ルールズ・オブ・プレイ(上) ゲームデザインの基礎

ルールズ・オブ・プレイ(上) ゲームデザインの基礎

*1:正直、全部引用して紹介したいくらいです。あれ読むと、xenothの紹介とかいらない気がしますが、そこはそれということで。

*2:このあたり、プレイヤーレベルで、毎回小規模のゲームデザイン(シナリオ作成)を行い、小規模のデータ作成、ルール改変(オリジナルモンスターとか特技とか)を日常的に行うTRPGプレイヤーとして、色々参考になる箇所でした。

*3:脳みそ爆発xenothも絶賛、消化中です。