コラム

スカイツリーは東京衰退のシンボルだ

2010年12月20日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 パリにモンパルナス・タワーが完成したのは1972年。フランスで一番高い超高層ビルとして、街の中心部に誕生した。この建物は当時、現代化への道をひた走る「新生フランス」をリードする「新生パリ」のエスプリのシンボルして期待された。それは「ほかの先進工業諸国に遅れを取るものか」という意思表示だった。

 だがその外観はといえば、六本木ヒルズよりはややマシという程度の醜悪さ。時とともに、モンパルナス・タワーは大きな過ちだったことが明らかになってきた。パリの景観を壊しているのだ。

 パリは歴史的に「平ら」な都市だ。太陽の光はまっすぐ地面に届き、木々はすくすくと育つ。たちの悪い旅行会社にそそのかされでもしない限り、モンパルナス・タワーを訪れる日本人観光客などいないだろう。パリにはこんなジョークもあるくらいだ。「パリで最も美しい景色は、モンパルナス・タワーからの眺め。なぜかって? モンパルナス・タワーが見えない唯一の場所だから!」。

 だからといって、どうすることもできない。タワーを解体するとしたら、その費用は推定10億ドルに上る。パリ市に負担できる額ではない。

 どの国が世界で一番高いビルを建てられるか――モンパルナス・タワーは、国と国とが何世紀にも渡って繰り広げてきた、そんな子供じみた競争の一例だ。

 ただし最近では、この競争に参加するのはもっぱら途上国ばかりになった。途上国はとかく裕福になると、タガが外れたようにド派手な高層ビルを建てまくる。それはたいてい独裁者の虚栄心の現れであり、恵まれない人々をないがしろにする行為だ。カネの使い方にまるで想像力がないことも露呈する。中国は現在、世界のどの国よりもバカバカしく高い超高層ビルを次々建てているが、これは自らの見栄っ張り度を世界に宣伝しているようなものだ。

 そんなわけで、私はここ数ヶ月間日本をにぎわせている「東京スカイツリー万歳」の大合唱に参加できない。完成すれば、東京スカイツリーは中国・広東州や台北のライバルをしのぎ、ドバイのブルジュ・ハリファに次いで世界で2番目に高い人工建造物となる。大したものだと言いたいところだが、「高い建物を建てること=進歩」という考え方は時代遅れだし、今となっては途上国の専売特許だ。私には、東京スカイツリーが日本の進歩どころか衰退のシンボルに思えてならない。

■こんな高さがどうして必要?

 自分が少数派なのはわかっている。インターネット上でさえも、東京スカイツリーに否定的な意見は見つからない。聞こえてくるのは、クリスマスツリーみたいだなどと絶賛する声ばかりだ。

「世界一高い電波塔」という肩書きに、大抵の日本人は誇りを感じているようだ。新聞各紙は建設の進み具合――東京タワーを越えた、など――を逐一報道し、テレビでは子供が「きれいだね」と喜ぶ姿が映し出される。建設地付近の下町の住民も、晴れがましそうだ。赤坂や銀座に比べて目立たないこのエリアにとって、タワーは願ってもない「贈り物」だ。

 だがスカイツリーのような建造物は東京にはふさわしくないし、とりわけ下町には似合わない。歴史的に見て、東京はパリと同じように平らな都市だ。地震のリスクを考えてあまり高層ビルを建てられなかったおかげで、ほかのアジア地域には見られないようなこじんまりとした「村」の雰囲気を維持してきた。香港やシンガポールなどの都市に比べると、東京には超高層ビルが少ない。

 下町には特に、趣のある古い建物が多い。うまく修復して宣伝すれば、素晴らしい観光スポットになるだろう。汐留シオサイトや表参道ヒルズのように超人工的エリアでは失われてしまった街の命が、下町には今も息づいている。

 東京の人々は気付いていなかったかもしれないが、この都市が世界に遅れをとるどころかアジアのリーダーになれたのは、その小型サイズゆえ。規模が小さいからこそ、東京は持続可能で人間にやさしい、現代的なライフスタイルを示すことができた。

 だが耐震技術が劇的に改善した今、もはや東京を守ってくれるものは何もない。デベロッパーは建物を作りたいだけで、東京を美しくしたいわけではない。スカイツリーが美しい青空の景観を壊そうが、そんなことはどうでもいい。浅草寺を眺める人の目に嫌でもスカイツリーが飛び込んでくるとしても、彼らにとっては関係のない話だ。

 建設する側に言わせれば、スカイツリーは「必要不可欠」。東京にはデジタル放送用の新しい超高層のアンテナが要る。だから、スカイツリーを建てる以外に選択肢はない――。東京にはこの高層タワーが必要だと誰もが言うが、だからといってここまで高い必要があるのだろうか?

「テレビ電波は障害物に遮られてしまうため、新たなアンテナは街の最高層部につけなければならないというのが現実だ。だからパリのテレビアンテナは、エッフェル塔に取り付けられている」と、通信会社の社員は私に説明してくれた。

■東京が開発業者に食い尽くされる

 とはいえこれまで、東京で最も高い建物は東京タワーだった。333メートルの東京タワーは、2位のミッドタウン・タワーよりもすでに85メートル高い。スカイツリーが完成すれば、634メートルになる。(もはや使い道はないはずだから)東京タワーが解体されるとすれば、スカイツリーは2番目に高い建物より386メートルも高くなるのだ!

「スカイツリーを作らず、東京タワーに新しいアンテナを取り付けるという手もあった」と、上海在住で、東京に暮らした経験のあるフランス人通信アナリストは言う。「複数の高層ビルの屋上を使い、アンテナ群を設置してもよかった。スカイツリーの建設プロジェクトは、公式には電波塔利用が目的だとされているが、それだけではないと思う。イメージの問題だろう。オリンピック招致のようなものだ」

 私にはスカイツリーが、58年に完成した東京タワーのように不朽の業績になるとは思えない。東京タワーは、日本が好景気に沸き、人口が上り調子だった時代に建設された。対する東京スカイツリーは、発展のシンボルというより衰退のシンボルだ。

 東京は、発展がいつも建設を意味するわけではないということをアジアに示すことだってできたはずだ。この教訓は、パリやニューヨークなど、先進国のあらゆる都市で採用されている。

 下町を東京のサンジェルマン・デ・プレに変身させることもできただろう。最先端のトイレや現代的な高級マンションにあるような細々した機能を備えているからではなく、古い町並みが保存されているからこそ価値が増す、そんな地域にすることが。

 その代わりに東京は、広東やドバイといった三流都市をまねる道を選んだ。いずれ東京は、開発業者に食い尽くされるだろう。東京はこれまで、幸運にも一流の都市でいられた。長い目で見れば、東京スカイツリーという木には、苦い果実が実ることになるかもしれない。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB当局者、6月利下げを明確に支持 その後の見解

ビジネス

米住宅ローン金利7%超え、昨年6月以来最大の上昇=

ビジネス

米ブラックストーン、1─3月期は1%増益 利益が予

ビジネス

インフレに忍耐強く対応、年末まで利下げない可能性=
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story