NATROMのブログ

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「虚構体系」の効果

twitterにて、「針灸やホメオパシーは、先生の話や、そのよくできた虚構体系によって、治癒する可能性」があるのではないか*1という議論があった。yonemitsu(米光一成)さんの主張は、ホメオパシーそのものに効能がないことには同意しつつ、「おまじない」として効果があるのではないか、「おまじない」の効果を検出できない二重盲検法で「効かない」と判断するのはフェアではないのでは?、というものである。■Togetter - 「西洋医学VS虚構体系(←大雑把です)論議」でも議論は読めるが、yonemitsuさんのブログがまとまっているので引用する。


■こどものもうそうblog | 松永肇一「ホメオパシーと知恵の輪」を読んで考えた


で、ぼくは、ホメオパシーや鍼灸などの民間療法のキモは「長年かけて築いてきた虚構体系が効く」という点だと思う。
単純に言っちゃえば「おまじない」だ。でも、それが効くためには、おまじないを信じている必要がある。信じていない人には効かない。
おまじないの虚構体系を説明して「ほほー」と納得する必要がある。
たとえば、お年寄りがいる。腰が曲がって動くのがしんどい。でも、じっとしてると体に悪い。週に2回ぐらいは出歩いたほうがいい。
っていう状況で、週に2回、街にいる針灸の人のところに歩いていって、話して、笑って、健康の話を聞いて、ふむふむって帰る。
そのことが効く。
いや、じゃあ、「散歩が効くだけだから、散歩すればいいのだ」というのは理屈だ。散歩はめんどうなんである。続かない。
鍼灸という虚構体系があって、鍼灸の先生がニコニコいい話をしてくれて、そのために歩く。そういった全体として、民間療法が成り立つのだ。
じゃあ、「鍼灸じゃなくてもいいじゃないか」。その通り。それ以外でもっと有効な案があれば、それでいい。
たとえば、いろいろな人が気楽に参加できるコミュニティがあって、おばあちゃんがニコニコやってきてくれる場があれば、それでもいい。ぼくがやっている電書フリマも、大きく言えばそういうことのためにやっている。
こういう「効く」は個別の問題だから、上に書いてあるようなテストでは排除される。もちろん「西洋医療ルールで効く効かないを判定しました」というのなら、それでいい。
でも、民間療法チームからみれば「公平」じゃない。
しかも、“効くか効かないか、それだけだ”というなら、「効く」んだから。おばあちゃんは、鍼灸に行って、調子よくなっちゃうんだから。


私はこのエントリーに、「そんなにおかしなことは言ってない。ヨーロッパでホメオパシーが(あるいはもしかして日本で漢方・鍼灸が)残っている理由の一つ。二重盲検じゃなく単なるRCTがいい場合もありえる。」とブックマークコメントをつけた。補足が必要だが、ブックマークコメントやtwitterでは字数制限があるため、エントリーとして書く。まずは、単純で仮想的なモデルで考えるのがわかりやすいだろう。

軽症の腰痛の治療として、2通りの治療法しかないとする。一つは、通常の医療機関が提供する理学療法、もう一つが鍼灸院が提供する鍼治療。どちらも、実際のところ、あまり効能がはっきりしない。というか、鍼治療の方は、プラセボ鍼を対照とした二重盲検法で、対照と差がないと結果が出ていると仮定しよう。たぶん、「おまじない」と同じだ。じゃあ、有無を言わさず、理学療法を選択するべきなのか?鍼治療は効かないと、断言してしまっていいの?

私は、二重盲検法にこだわらず、RCT、つまり、無作為化比較試験をやってみたら面白いだろうと考える。重大な疾患を除外した軽症の腰痛患者を、ランダムに2群に分け、一方に理学療法を、もう一方に鍼治療を受けてもらう*2。もしかしたら、差が出るかもしれない。鍼治療が勝つかもしれないよ。被験者は、自分がどちらの治療を受けているのか知っているわけだから、盲検(ブラインド条件)ではない。なので、純粋な理学療法の効能と鍼治療の効能を比較しているわけではなく、「虚構体系」やら「散歩効果」やら「鍼灸の先生のニコニコいい話」やらを全部ひっくるめた効果を判定している。

「それでも、結局、その仮想的なモデル上では、鍼治療はおまじないじゃないか」という指摘があるだろう。その通り。でも、臨床の現場としては、おまじないだろうがなんだろうが、効けばいいのだ。理学療法と鍼治療で、コストやリスクが変わらないのであれば、別に「おまじない」であろうとも、鍼治療を選ぶのが合理的だってことはありうる。鍼治療が効くと信じられている故に鍼治療群の治療成績が良いという可能性は十分ある。患者背景が異なるなら、鍼治療ではなく、ホメオパシー群の成績が良いってこともありうる。

現実にはイロイロ問題があるから実行は困難だが、セルフケアについてのホメオパシーの効果を介入試験で調べてみたら面白いと思う。時間外に受診する目安、救急車を呼ぶ目安についてのパンフレットを2種類作成する。一方は、たとえば、「安静にして水分を摂取し、2時間経っても改善がなかったら救急外来を受診しましょう」と書き、もう一方では、「安静にして水分を摂取し、hogehogeのレメディを摂取して、2時間経っても改善がなかったら救急外来を受診しましょう」などと書いて砂糖玉を添付する。複数の地域を無作為に分けて、通常パンフレット群と、レメディパンフレット群を比較する。もしかしたら、レメディパンフレット群のほうが、適切な受診行動を誘導できるかもしれない。何もせずに2時間様子をみるのは不安だが、レメディの効果を評価する2時間はそうではないかもしれない*3

本来は、こういった研究は代替医療を推進したい人たちがやるべきだが(鍼治療についてはあったような気がする)、自分たちの行う治療が「おまじない」ではなく、実際に効能があると信じている人は、なかなか「おまじない」と割り切った上での効果を測定しようとしない。その点においては、『民間療法チームからみれば「公平」じゃない』とは言えない。民間療法チームの多くは、実際に効能があると主張しているのだ。二重盲検法で効く効かないを判定されても文句は言えない。

非盲検の無作為化比較試験で優位性が仮に証明されたとして、それだけで鍼治療やホメオパシーが医療の現場で勧められるべきではない。特に日本では、現代医学否定とホメオパシーは強く結びつけられているので、公的にホメオパシーを認めるのにはリスクがある。また、医療者が「おまじない」を患者に知らせず使うことは患者の自己決定権の侵害になりかねないし、そもそも誠実な医師患者関係に差し障る。かと言って患者に知らせると「おまじない」の効果が落ちる可能性があるというジレンマもある*4。ただし、yonemitsuさんは、別にホメオパシーや鍼治療を薦めているわけではなく、二重盲検法という「おまじない」の効果を除外した方法論だけで民間療法の効果を判定するのは公正なのか、と疑念を呈しているだけである。その疑念は正当であると私は考える


外部リンク

■パターナリズム方式医療制度改革案 - 地下生活者の手遊び
tikani_nemuru_Mさんによる、「あくまでネタ」ではあるが、呪術性を利用した医療を保険適応にしようとする提案。


■医療のアクセス制限と補完代替療法の普及。 - ホツマツ○ヱ。
hotsumaさん。追記の部分が今回のエントリーと関連する。『ホメオパシーの治療効果は精神療法的な過程によって生じているはずなので、ホメオパシー対「親身になってくれる人との面接」や、ホメオパシー対「治療開始をじっと待っている状況」で対決しないと意味のある研究にならない』。当然、盲検化は不可能である。

*1:URL:http://twitter.com/yonemitsu/status/22502485526

*2:さらに「無治療群」を含めた3群で比較してもいい

*3:レメディを与えて安心しきって、必要な受診が抑制されることもありうる。これはやってみないとわからない

*4:もしかしたら効果は落ちないかもしれない。あるいは、「いや、おまじないなんですけどね、非盲検の無作為化試験では効果があったんですよ〜」、と説明することで、効果を落とさず、患者に虚偽の情報を伝えることなく、「おまじない」の効果を発揮できるかもしれない