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震災と「遅い」インターネット

 今日であの震災から8年に、なる。この8年間を振り返って、僕がどうしても考えてしまうのはやはりこの国のインターネットのことだ。誤解しないでほしい、僕は8年経ってもまだ避難生活を強いられているたくさんの人たちのことや、原子力発電所の事故のことをどうだっていいと考えているわけじゃない。むしろ逆で、こういったことを忘れたふりをすることは絶対に間違っていると考えている。そう確信するからこそ、インターネットのことが重要だと思うのだ。

 震災の直後、この国のインターネットが不安を背景にTwitterを中心に沸騰して、ひとつの「ムラ」になった。そこではあたらしい支え合いのかたちが生まれたその一方で、無数のデマと陰謀論が拡散していった。
 その頃に僕は新聞社の取材に答えて、これはあたらしい「世間」のようなものだと答えた。良くも悪くもばらばらになっていった当時のこの国の社会が、あの震災をきっかけにインターネットの力で良くも悪くも一つになってしまった。そう強く感じた。もちろん、そこには無数の対立が生まれていた。けれど、これらの対立は基本的にTwitterというひとつのゲームボードの上で行われるようになった。もちろんインターネットのユーザーなんて社会の構成員の一部に過ぎない。しかし、より積極的に情報を収集し、発信したがる人々が一つのムラの住人になってしまったことは、とても大きな変化だったと思う。

 そしてあれから8年経って、この「良くも悪くも」の変化は「悪くも」の方に傾いてしまったとつくづく思う。あの震災から、この国の人々は「〜である」ではなく「〜ではない」という言葉で、目立ちすぎた人や失敗した人をあげつらうことでインスタントに「つながる」ようになってしまった。そうることで自分は「まとも」な側だと安心するようになってしまった。自分で手を動かして価値を作り出そうとする人たちよりも、そんな人たちを妬んで足を引っ張って、引きずり落とそうとする人たちの声が大きくなってしまった。そして、メディアや言論人たちも、そんな卑しい人々の言動を換金するためにこの状況を煽ることしかしなくなってしまった。
 いまのインターネットは、たぶん言葉の最悪な意味で「速すぎる」。ある情報を受け取ったとき、多くの人たちが気にしているのは周囲の人がそれを誰かを攻撃して良いサインだと解釈しているかどうか、だけだ。そして内容を吟味することもなければ、関連情報を調べることもなく、「みんな」と同じように石を投げ、フェイクニュースを拡散する。
 もちろん僕自身も、この貧しく不毛なインターネットの変化を止められなかった人間の一人だ。

 だから僕は、今あたらしいインターネットのメディアを立ち上げようとしている。Twitterという「ムラ」の空気を無視して好きなことを、ただし5年、10年と読みづづけられるような記事を発信していこうと思っている。そして、脊髄反射的にリツイートしたり、周囲の顔色を伺って適当にコメントして自分を賢くみせようなんて簡単には思えないような「じっくり読む」記事を揃えたいと思っている。
「遅いインターネット」計画と名付けているそれは、「〜である」という言葉をもう一度取り戻すための運動であり、そして「ムラ」の「空気」を読んでうまく株を上げたやつが「いいね」や「フォロアー」の数を換金できるゲームから離脱するための運動だ。
 これを読んでいるあなたが、もしTwitterのムラの「空気」を背景に誰かに石を投げてスッキリしたり、自分を賢く見せたいと思っているのなら、僕はあなたのことを心から軽蔑する。もし、そんなインターネットが嫌だ、そうじゃないインターネットをほんの少しでも見てみたい、と思う人がいたら僕のつくるあたらしいメディアに触れてほしい。
 最近常に言い続けていることだけれど、3月11日だからこそ、もう一度繰り返したい。いま必要なのは、もっと「遅い」インターネットなのだ。

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震災の頃のことは、この『リトル・ピープルの時代』という本に詳しく書いています。余震が断続的に続き、原発事故処理の行方を緊張感をもって見守っていたあの頃。否応なく回復してしまった日常の中に、地震の記憶=非日常が散発的に侵入してくるあの感覚に、この国の人たちは耐えられなかったのだと、8年経ったいま、改めて痛感しています。

「遅いインターネット」計画についてはこのページとこの本(PLANETS vol.10)に詳しく載っています。もし、この計画に積極的に賛同してくれる人がいたらぜひ、僕のオンラインサロンPLANETSCLUBに加入してサポートしてください。


僕と僕のメディア「PLANETS」は読者のみなさんの直接的なサポートで支えられています。このノートもそのうちの一つです。面白かったなと思ってくれた分だけサポートしてもらえるとより長く、続けられるしそれ以上にちゃんと読者に届いているんだなと思えて、なんというかやる気がでます。