読了:モンテ・クリスト伯(アレクサンドル・デュマ)

モンテ・クリスト伯〈1〉 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯〈1〉 (岩波文庫)

モンテ・クリスト伯〈2〉 (岩波文庫) モンテ・クリスト伯〈3〉 (岩波文庫) モンテ・クリスト伯〈4〉 (岩波文庫) モンテ・クリスト伯〈5〉 (岩波文庫) モンテ・クリスト伯〈6〉 (岩波文庫) モンテ・クリスト伯〈7〉 (岩波文庫)
小学生の頃、青い鳥文庫で児童書用に短く編集された『岩窟王』は読んだような気がするのだが、実は内容をよく覚えていなかったのだった。完訳版をいつか読もう読もうと思っていたものの、古典的名作ではあるし文庫だと7冊もあるので二の足を踏んでいた。しかしとにかく面白い、無人島に持っていくならこの一冊(7冊だが)などという大絶賛の評判をみるにつけ、ようやく踏ん切りがついて読み始めたのだった。
これが読んでみると滅法読みやすい。当時、新聞連載のハシリだったらしく、デュマ自身が劇作家だったこともあってか、場面ごとの見せ場が派手でどんどん話が進んでいくのでぐいぐい読まされる。7冊なんてあっという間のエンターテイメント小説であった。どんどん進むのに何故こんなに長いのかといえば、ひとつひとつの逸話がそれぞれ魅力をもつように丁寧に作りこまれているからだ。
あらすじはだいたいご存知であろうから説明は端折る。主要な登場人物はさほど多くはないのに、主人公のエドモン・ダンテスが投獄されている間にみな男爵やら公爵やらに出世し言葉遣いも変わってしまい、場合によっては名乗る名前も違うものになっているので、誰がどうなっているのか初めは少し混乱してしまった。しかし読んでいるうちに判ってきたので問題ない。
金にあかせた復讐劇というのは、一度はやってみたいと子どもが夢見るような痛快さがある。金さえあればちやほやされるし、世間体も常識も無視して行動できそうな気がする。それが浅はかな貧乏人の憧憬だということは重々承知していても、金のパワーというのは単純に心に訴えてくるものがある。もちろん因果応報とはいえいざ血も涙もなく人を陥れるとなると事はそう晴朗明快ではないわけで、モンテ・クリスト伯も氷のような酷薄さと強い自制心と人並み外れた知識や武術の心得を身につけたことになっているところは抜かりない。また、復讐の鬼となったさしものモンテ・クリスト伯さえ己のやっていることに疑問を抱くようなシリアスにおどろおどろしい血生臭い場面があるかと思えば、破産してスタコラ逃げ出した銀行家を捕まえて洞窟に監禁し、ボッタクリバーのような手法で有り金を巻き上げるくだりではコミカルな風刺のようになっていたりと、バランスがよい。このへんは連載しながら読者の反応を見て変えていった部分なのかもしれないと想像するのも楽しい。なかでも勝気で自信家で自由なユージェニー嬢の造形がなかなか乙であった。
時は1815年、エルバ島に流されていたナポレオンが流刑地を抜け出してブルボン王朝に迫り、王位を奪還したもののたった3ヶ月余りでまた失脚したいわゆる百日天下の年である。フランス国内で王党派とジャコバン党がしのぎを削っていた折に、ダンテスはジャコバン党の政治犯に仕立て上げられて投獄されるのである。脱獄を果たした14年後というと1829年、エデの出身地であるギリシャオスマン帝国の支配から独立した年であり、フェルナンが参加したという戦いはこのあたりのいざこざであったのだろう。さらに8年後の1838年にダンテスが「モンテ・クリスト伯」を名乗って復讐に乗り出した頃は、既にフランス国内は1830年の7月革命によってルイ・フィリップ立憲君主制となっている。めまぐるしく体制が入れ替わる激動の近代である。
この本はこうした歴史的背景に沿うように話が進んでいく一大絵巻となっている。書かれたのは1844〜46年ということなので、こうした歴史もまだまだ人々には生々しい記憶として残っていたことだろう。物語仕立てで『あの頃の空気』を描いたものなのか、濃密な時代のにおいのようなものが漂っていたのが面白かった。