最新の研究によると、人間の潜在能力を引き出すカギは「強い自尊心」ではなく、「自分の失敗を受け入れる姿勢」だということがわかってきたそうです。今回は、米・コロンビア大学で「モチベーション」をテーマに研究する心理学者Heidi Grant Halvorson博士に、私たちにとって自分の失敗を受け入れる姿勢がなぜ重要なのかを教えてもらいましょう。

■自尊心は高ければ高いほどいいわけではない

Amazonで自己啓発のコーナーを見てみると、「自尊心(Self-esteem)」というリストの中に約5000冊もの本が紹介されているのに気づきます。それらの本のほとんどが「あなたの自尊心は低く、なんとかして高く保つようにするべき」と語りかけます。このような本がよく売れる理由は(特に欧米文化では)、「自尊心を持つことが成功の第一歩」と考えられているためです。このような本には「自分の能力が信じられなかったら、成功なんてできるわけがない」という、もっともらしい論理で著者の主張が書かれています。

もちろん、自分の能力を信じるためには常に能力を発揮していないといけません。しかし現実は、いつもミスを恐れて逃げるようになり、実際にミスをするとひどい気分になるでしょう。「完璧な自分」を維持するため、うまくやれることだけに集中するようになり、ミスをする可能性がある課題には近寄らなくなるのです。その場合、最も大事なのは、自分のエゴを守ることになってしまいます。

このように考えてみると、「自尊心は高ければ高いほどいい」とは言えなさそうです。実際、最新の研究によると「自尊心が高くてもそれが良い結果につながるわけではない」ということがわかりました。自尊心が高くても実力のあるリーダーになれるわけではないし、異性に魅力的と思われるわけでもありません。自尊心が高くても健康的な生活が送れるわけではないし、面接でいい印象が残せるわけでもありません。自尊心を高めても問題が解決しないなら、一体どうしたら良いのでしょうか? 

カリフォルニア大学のJuliana Breines氏とSerena Chen氏の研究によると、人間の潜在能力を引き出すカギは「自尊心」ではなく「自分の失敗を受け入れる姿勢」にあるそうです。

■「自分の失敗を受け入れる姿勢」とは

「自分の失敗を受け入れる姿勢」を持っていれば、何か困難なことが起きても自分を責めたり、無理に自分のエゴを守ったりしないでしょう。自分の短所やミスを受け入れると、精神を健康に保て、不安やうつ状態を改善できます。自分の人生をより楽観的な視点で見て、結果的に幸福感を増やすことにもなるでしょう。

しかし、良い結果は残せるのでしょうか? たしかに、自分の失敗を受け入れれば気分は良くなるかもしれませんが、良い結果が残せなければ自分を甘やかしているのと変わりません。それに、成功しそうなのは「自分に厳しく、常にベストを目指す人」のような気もします。

この疑問に答える前に、ある誤解を解いておく必要があります。「自分の失敗を受け入れる姿勢」を持つこととは、「がんばるのをやめる」や「高い目標を諦める」ことではありません。自分の短所を受け入れつつ、与えられた責任を果たし、高い目標に挑戦することは可能です。つまり、高い目標は変えず、達成するまでの過程を変えるのです。

■米カリフォルニア大学での研究結果

実際、カリフォルニア大学のJuliana Breines氏とSerena Chen氏の研究によれば、「自分の失敗を受け入れる姿勢」を持っている人のほうが目標を達成しやすいそうです。

Breines氏とChen氏の研究では、被験者を2つのグループに分け、片方のグループには高い自尊心を持って過去の失敗を振り返ってもらい、もう片方のグループには「自分の短所を受け入れる姿勢」を持って過去の失敗を振り返ってもらいました。例えば、被験者の短所について質問する時は、それぞれのグループに次のような質問をしました。

グループA:あなたが持っている潜在的な能力や資質について考えながら、あなたの短所について教えてください。

グループB:あなたがこれまで失敗した経験を心から受け入れて、あなたの短所について教えてください。

これまでの失敗を受け入れたグループには、自分の短所は変えられると考えた人がより多くいました。彼らは自分の悪いところを改善して、次に同じ間違いをしないように気をつける傾向が見られました。

さらに、このグループは通常よりパフォーマンスも上がっていることがわかりました。例えば、あるテストに受からなかった被験者に再テストを受けるチャンスを与えたところ、1回目のテストの失敗を受け入れた人は、受け入れなかった人に比べて25%も長く勉強し、テストの点数も上がっていました。

■自分の失敗を受け入れると良い結果が残せる理由

なぜこのような結果になったのでしょうか? それは、自分のエゴを守る必要がないからです。すでに失敗を受け入れてしまっているので、自分の能力や行動について客観的に考えて、「次にどうしたらもっとうまくやれるか」というように建設的な考え方ができるようになるのです

逆に「完璧な自分」とか「自信を持っている自分」といった自尊心が高い自己イメージを持っていると、どうしても自分のエゴを守る必要が生じて、客観的に自分を見るのが難しくなります。このような人は、何かを失敗しても次にどう改善するかを考えることすらありません。なぜなら、改善の必要性を認めれば自分の弱さや短所を認め、自尊心を傷つけることになるからです。

覚えておくべきなのは、あなたは必ず失敗するということです。実際、成功した人も含めて、みんな何度も何度も失敗します。わかりきったことかもしれませんが、成功の秘訣は失敗から学ぶこと、そして挑戦し続けることです。そのためには、まず失敗を受け入れることが大切なのです。

失敗を受け入れられなければ、失敗から学ぶことは絶対にできないのですから。

To Succeed, Forget Self-Esteem | Harvard Business Review

Heidi Grant Halvorson(原文/訳:大嶋拓人)

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