Pro Toolsと食洗機と音楽配信〜デジタルはアナログの代替品にあらず

Pro Toolsは音が悪いのか

ちょうど21世紀が始まろうかという頃の話。音楽レコーディング業界に大きな変化の波が押し寄せました。それは「Pro Tools(プロ・ツールス)」の登場。

音楽レコーディング業界にとってPro Toolsの登場は、まさに黒船到来でした。Pro Tools 24|Mixという機種が市場に投入された頃を境に、それまで主流だった「マルチテープを回して、業務用アナログミキサーでMIXする」というレコーディングの手法が、「Pro Toolsで(なんでも)やる」という手法に置き換えられ、わずか数年でレコーディングスタジオの標準マルチトラック・レコーダであった「SONY PCM-3348(通称:ヨンパチ)」の息の根を止めてしまったのでした。

当時、プロのレコーディングエンジニア達の間で「Pro Toolsは音が悪い(から使えない)」「いや、使える」という激しい論争があったのですが、それもいまや昔。旧来のレコーディング手法に固執し、Pro Tools時代に順応できなかったエンジニアは、結果廃業に追いやられました。

私たちが学んだことは、「デジタルはアナログの代替品にあらず」ということ。問題は、「アナログとデジタルと、どっちが音が良いか?」ということではなく、「新しい(Pro Toolsという)ものをどう使いこなすのか、順応していくのか」という、“運用”の問題、つまり付き合い方の問題だったんですね。

食洗機は汚れ落ちが悪いのか

話はがらりと変わり、私が結婚した年の話。先輩夫婦より「共働き夫婦にとって、食器洗い乾燥機は“三種の神器”(のひとつ)よ」と言われ、我が家にも食器洗い乾燥機(以下:食洗機)が導入される運びとなりました。

食洗機のある家庭で育った妻と違い、食洗機のない家庭に育ち、食器を手洗いすることを何ら苦と思っていなかった私にとって、食洗機は必ずしも必要なものとは思えませんでしたが、かくして、我が家の狭い台所をさらに狭くする食洗機がやってきたのでした。

使用済の食器を食洗機に入れ、スイッチを押したとたん、私は愕然としました。その食洗機が奏でる下品な音は、洗濯機の音そのままだったからです。ゴロゴロと中で何かが回って水が流れる音がする。それは紛れもなく洗濯機のそれでした。食べ物を扱う神聖な台所という場所に、こともあろうか目線の高さに洗濯機があるなんて…。はぁ…。私は大いに落胆しました。しかし私の落胆はそれだけではなかったのです。

洗い終わった食器を見て、私は絶望にさらされました。食器がちっとも綺麗になっていなかったのです。私は「Pro Toolsは音が悪い」と言ったエンジニアと同じ気持ちで「食洗機は使えない」と思いました。いや怒りました。アメリカ人が「シット」と言い捨てるあの気持ちでした。

しかし、必要な下洗いをしたり、食器の入れ方を工夫したりすることで、満足のいく洗い上がりが得られることを知るのに、さして時間はかかりませんでした。食洗機に怒りを覚えたのも、今となっては懐かしい思い出。ここで、私が学んだのもまた「デジタルはアナログの代替品にあらず」でした。「手洗いと食洗機と、どっちが汚れが落ちるのか?」という問題ではなく、「食洗機をどう使いこなしていくか」という、付き合い方の問題だったんですね。

音楽配信はどうよ?

現在、私はまた大きな変革の前に身をさらされています。それは、音楽レコード業界における、「CDを売ってお金を儲ける」というビジネスモデルが、崩壊の危機に瀕しているという事態。CDに代わるコンテンツ販路として期待されたダウンロード配信(音楽配信事業)も、売上の落ち込みを補うレベルに達しておらず、業界全体として、出口を見いだせずにいることは、報道されているとおりです。

私は、日本のレコード会社が主導して推し進めてきた“日本の”音楽配信事業を、

「質が悪く、使い勝手の悪いものを、情報弱者に高額で売りつける、実に“シット”なビジネス」

だと基本的には思っています。しかし、そんな偏った考えの私でさえ、月日の流れと共に、少しずつ考えが軟化してきています。「音楽配信」、これもまた「付き合い方の問題」なのか…どうか…。

時が過ぎ、振り返ったとき、2010年、2011年は、音楽業界にとって、きっと忘れられない年となることでしょう。「未来の音楽業界はどうなっているのだろう?」「明日の空はどんなだろう?」と、音楽業界の片隅から思いを馳せた、そんな月曜日。

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追記

3348がデジタルな件はわかっております。そこのつじつまが合ってないことも…。「古いもの と 新しいもの」を(わかりやすく)言い表すの意図で、「アナログ と デジタル」という言葉を使いました。

レコーディングにお詳しい方は、「SSLミックス と PT内部ミックス」くらいに置き換えてお読みいただければ幸いです。